上 下
30 / 33

30.ソール家②

しおりを挟む
 セレスタンが儀式に参加するために、二週間家を空ける。
 毎年のことながら寂しさはあるけれど、思う存分アンリエッタを虐められるチャンスだと私はほくそ笑んだ。

 そして元神官であり医者でもある夫も嫁いびりさせることを思いついた。
 だから出発前のセレスタンにアンリエッタの触診を提案すれば、可愛くて素直な息子は快く了承してくれた。
 これで何をされても、どんな目に遭わされてもアンリエッタはきっと文句を言えない……。



 誤算はアンリエッタが屋敷から逃げ出したこと。
 あんな時に、嵐の神の封印が解けそうになるなんて……。
 アンリエッタの体には虐待の痕が今も残っているはず。
 それが世間に知られたら、私たちの立場は非常に危ういものとなる。一刻も早く連れ戻しかった。

 よりにもよって火の神の神官長に拾われたと知った時は、目の前が暗くなった。

 
 けれど幸いなことにシャーラ神官長はアンリエッタを気に入っていた。あの娘を手元に置けるのなら、特に揉め事を起こすつもりはないらしい。
 それを知った私と夫は引き下がろうとしていたのに、セレスタンが言うことを聞いてくれなかった。
 何としてでも囚われの身であるアンリエッタを取り戻すと、鼻息を荒くする息子に頭を抱えた。
 どうすればあの子を諦めさせよう。そう悩んでいると、一つの情報が入ってきた。

 アンリエッタは、郊外にあるシャーラ神官長の別荘で楽しく過ごしているらしい。
 そんな妻の姿を見たらセレスタンもショックを受けて、アンリエッタへの想いが薄れるかもしれないと閃いた。
 早速そのことを夫に話すと、彼も「それは名案だ」と賛同してくれたのだけれど。

「どうせならそれを上手く利用しないか?」
「どういうこと?」
「カロリーヌにセレスタンを別荘まで案内させるんだ。あの娘がアンリエッタの居場所を突き止めたことにしてな」

 カロリーヌ。
 雨の神の神官で、密かにセレスタンに想いを寄せていると噂されていた娘。本人は隠しているようだったけれど。
 アンリエッタに似て温厚な性格らしいので、セレスタンも彼女となら再婚を考えるかもしれない。息子が確実にカロリーヌを気に入るよう講じた策は、見事成功した。

 二人は結婚して、可愛い孫も産まれた。
 私が名づけた『ラウル』は、嵐の神の最初の神官とされる人の名前。
 カロリーヌよりも育児経験のある私が面倒を見たほうが、ラウルちゃんがまともに育つはず。
 それに成長したラウルちゃんが私を母親だと認識してくれれば……とさえ思っていた。

 けれどセレスタンがラウルちゃんを捨てたせいで、そんな望みも消えたけれど。
 ラウルちゃんが見つからなかった時のために、二人目を作るように提案した。なのにセレスタンはそれを拒否して、カロリーヌを屋敷から追い出してしまった。
 しかもラウルちゃんの捜索まで打ち切らせて……。

 だったら早くまた再婚を……と焦る私と夫を他所に、セレスタンは酒に逃げるようになった。
 あんなにアンリエッタに執着していた息子だ。
 すぐにシャーラ神官長の別荘へ乗り込もうとして──死にそうな顔で帰ってきた。

 別荘は取り壊されて更地になっていた。
 老朽化が原因らしい。なので火の神の神殿に向かえば、そこでアンリエッタは既に使用人を辞めて、この国を去ったと告げられた。
 現在どうしているかまでは教えてもらえなかったらしい。

 以来、セレスタンは酒以外に何の興味も示さなくなった。
 私たちに対しても暴言を吐き、時には暴力を振るうこともある。酒を無理矢理没収しようとした夫は殴られて、鼻の骨を折った。

 こんなよどんだ日々、いつまで続くのだろう。
 絶望しながらセレスタンの部屋を出て、気晴らしに庭園でも散歩しようとしていた時だった。
 メイドが慌てた様子で私に話しかけた。

「お、奥様、警察の方がいらっしゃいました」
「警察ですって?」

 もしかしたらラウルちゃんが見つかった? 捜索は打ち切られたけれど、何かあればうちに報告が来るはず。
 私はすぐさま玄関に向かった。するとそこには数人の警官。みんな険しい顔つきをしていて、嫌な予感がした。

「あの、今日はどのようなご用件でしょうか? もしかしたら私の孫が……」
「いいえ、あなたの息子さんのことで来ました」
「え?」
「嵐の神の神官セレスタン。彼に逮捕状が出ています」

 警官はそう言って、私に令状を見せつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

遊び人の婚約者に愛想が尽きたので別れ話を切り出したら焦り始めました。

水垣するめ
恋愛
男爵令嬢のリーン・マルグルは男爵家の息子のクリス・シムズと婚約していた。 一年遅れて学園に入学すると、クリスは何人もの恋人を作って浮気していた。 すぐさまクリスの実家へ抗議の手紙を送ったが、全く相手にされなかった。 これに怒ったリーンは、婚約破棄をクリスへと切り出す。 最初は余裕だったクリスは、出した条件を聞くと突然慌てて始める……。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

【完結】おまえを愛することはない、そう言う夫ですが私もあなたを、全くホントにこれっぽっちも愛せません。

やまぐちこはる
恋愛
エリーシャは夫となったアレンソアにおまえを愛することはないと言われた。 こどもの頃から婚約していたが、嫌いな相手だったのだ。お互いに。 3万文字ほどの作品です。 よろしくお願いします。

処理中です...