上 下
28 / 33

28.カロリーヌ⑦

しおりを挟む
「何を言って……アンリエッタがあの男と浮気していると言ったのはお前じゃないか、カロリーヌ」
「嘘よ。アンリエッタさんへの未練を、無理矢理にでも断ち切るための嘘」
「ど、どうしてそう言い切れる? お前が気づいていないだけで、あの二人は……」
「アンリエッタさん、赤い花冠をつけていたでしょう?」
「それがどうした! あの男が贈った忌々しいものだぞ」

 焦った様子で言葉を返すセレスタン様の無知ぶりに、私は落胆に近い感情を抱いた。

「赤い花冠には夫婦仲を修復するって言い伝えがあるのを知らないの? きっと彼がアンリエッタさんのために作ったんだわ。だからアンリエッタさんも、あんなに嬉しそうにしていたのよ」
「…………でたらめだ」
「だったら、花の神の神官にでも聞いてみるといいわ」

 突き放すように言うと、セレスタン様は絶句していた。
 人の話を素直に聞き入れてくれるところは、あの時と何も変わっていない。そのせいで大切な奥様を手放してしまったわけだけれど。

「ア、アンリエッタ……! 俺は、俺は……っ!」

 その場に座り込み、啜り泣くセレスタン様に、胸が苦しくなった。
 これでもう後戻りはできない……。
 そう自嘲していると、急に立ち上がったセレスタン様が私へ手を伸ばした。

「俺たちの愛の証を返せ!」
「キャッ!」

 セレスタン様に貰ったネックレスを引きちぎられてしまう。
 その拍子に尻餅をついた私を、セレスタン様は怒りの形相で見下ろした。

「お前が俺たちを引き裂いたんだ! そして俺を騙して子供まで身籠って……」
「何言ってるのよ。あなたたちが別れることを望んだのは私だけじゃないわ。ねえ、お義母様?」

 お義母様は私に名前を呼ばれて、「ヒグッ」と変な声を出した。
 いつ自分の名前を呼ばれるのか、ずっと不安だったのかも。

「お義母様はね、アンリエッタさんの居場所を知っていたの。私はそれを聞いて、あなたを連れて行っただけ」
「な……母さんが? 何故俺にすぐ知らせてくれなかったんだ!?」

 息子に睨まれ、お義母様の肩がビクッと跳ねる。

「それはその……あなたがカロリーヌさんを信頼するように仕向けたくて」
「カロリーヌの点数稼ぎに利用したということか……!?」
「で、でもね! アンリエッタさんがシャーラ様のところで楽しそうにしているのは、本当だったみたいなの! あなたの妻でいるよりも……」
「黙れ! だったら、どうして赤い花冠を貰って喜んでいたんだ!!」

 セレスタン様の怒号が広間に響き渡る。
 馬鹿なおとこ。赤い花冠の逸話を知っていれば、ううん。アンリエッタさんの愛を信じていれば、私と結婚することもなかったのに……。



 それからすぐに私は離婚されて屋敷も追い出された。
 雨の神の神官の資格も剥奪されてしまい、ただの庶民になった。私が悪いから全て、全て受け入れた。
 ラウルの捜索はすぐに打ち切られた。
 ご両親の意見を無視して、セレスタン様が「あんな女の血を引いた子供なんていらない」と言い張ったせいで。

 私もあの子のことはもう忘れてしまって、一からやり直したほうがいいと考えるようになった。
 それでも赤ん坊が私を向かって泣き続ける夢を、毎日のように見続けている。
 私の罪と罰は一生消えない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完結】おまえを愛することはない、そう言う夫ですが私もあなたを、全くホントにこれっぽっちも愛せません。

やまぐちこはる
恋愛
エリーシャは夫となったアレンソアにおまえを愛することはないと言われた。 こどもの頃から婚約していたが、嫌いな相手だったのだ。お互いに。 3万文字ほどの作品です。 よろしくお願いします。

遊び人の婚約者に愛想が尽きたので別れ話を切り出したら焦り始めました。

水垣するめ
恋愛
男爵令嬢のリーン・マルグルは男爵家の息子のクリス・シムズと婚約していた。 一年遅れて学園に入学すると、クリスは何人もの恋人を作って浮気していた。 すぐさまクリスの実家へ抗議の手紙を送ったが、全く相手にされなかった。 これに怒ったリーンは、婚約破棄をクリスへと切り出す。 最初は余裕だったクリスは、出した条件を聞くと突然慌てて始める……。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

あなたが私を捨てた夏

豆狸
恋愛
私は、ニコライ陛下が好きでした。彼に恋していました。 幼いころから、それこそ初めて会った瞬間から心を寄せていました。誕生と同時に母君を失った彼を癒すのは私の役目だと自惚れていました。 ずっと彼を見ていた私だから、わかりました。わかってしまったのです。 ──彼は今、恋に落ちたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

処理中です...