私は私を大切にしてくれる人と一緒にいたいのです。

火野村志紀

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25.カロリーヌ④

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 子供は診療所ではなく、ソール邸の一室で出産した。
 本当は信頼できる先生にお任せしたかったのだけれど、元医者のお義父様が「私が孫を取り出す」と言って聞かなかった。

 いくらセレスタン様の父親でも、流石にそんなこと……。セレスタン様に相談しても「俺の父はお前を性的に見ているわけじゃないんだ」と、素っ気なく言われるだけだった。
 そんなことは私だって分かっている。だけどどうしても……と追い縋ろうとすると、

「カロリーヌ、お前が自意識過剰なだけじゃないのか? それとも父さんを一人の男性として見ているから……」
「そんなことありません! 私が愛しているのはセレスタン様だけです……!」
「だったら父さんの望みを叶えてやれ。孫を自分の手で取り上げるのが、長年の夢だとずっと言っていたんだ」
「…………」

 お義父様の夢。それを気持ち悪いというだけで壊そうとしている私は、酷い女のかもしれない。自分にそう思い込ませることにした。


 猛烈な苦痛と戦いながら、お腹の子を産んだ。
 室内に響き渡る産声を聞きながら、私は涙ぐんだ。色々悩みや問題を乗り越えて、無事に産むことができた。これもお義父様に任せたおかげかもしれない。
 私はお義父様に感謝の言葉を伝えようとしたけれど、

「妊婦の体もなかなかいいものだな。今度こっそりと……あ、ああ、いや! 何でもない!」

 私にじっと見られていることに気づくと、お義父様は取り繕うように慌ててそう言った。
 こんなに嬉しい瞬間なのに、嫌悪感が全身を支配する。この人はただ私の体をじっくり見て、触りたかっただけだったのだ。全てが終わってからようやく気づけた。
 こんなこと、セレスタン様に打ち明けたところで信じてもらえないだろう。ご両親を誰よりも信頼している人だから……。

 たとえ後からどんな裁きを受けることになっても、セレスタン様と幸せになれるのなら構わない。そう思っていた。だから私は違和感や嫌悪感から目を背けることにした。
 アンリエッタさんから奪い取った幸せを、今さら自分から手放すわけにいかない。



 生まれたのは男の子だった。名前は『ラウル』。名づけたのはお義母様。みんなで大事に育てて行こうと言っていたのだけれど……。

「お義母様、ラウルを知りませんか?」
「ラウルちゃんなら私の部屋でぐっすり寝ているわ。私が面倒を見ててあげるから、カロリーヌさんは庭園の掃除でもしてもらえる?」
「ま、待ってください。昨日も一昨日も……母乳を飲ませる時とおむつを変える時以外は、ずっとお義母様のところにいるじゃありませんか。もっと私との時間を……」
「だいじょーぶよ。育児経験豊富な私に任せなさい!」

 お義母様はそう言ってラウルを独占してばかり。夜になったら返してもらえると思っていると、今度は使用人に預けてしまう。
 私が廊下の隅で声を押し殺して泣いていると、セレスタン様は憂いの表情を浮かべながら私の目尻を撫でた。

「あまり泣くな。目が腫れてしまう」
「だって……だって産んだばかり息子と一緒に過ごすことが許されないんですよ!? それがどれだけ辛いことか……!」
「いや……母さんに育てられて優秀な息子になってくれたほうが、カロリーヌだって嬉しいだろう? そんなことよりも久しぶりに……」
「そんなことだなんて言わないで!」

 私を抱き締めようとするセレスタン様を思い切り突き飛ばした。

「私はあの子の母親です! あの子は私の宝物です……!」
「宝物……それは俺よりもか?」

 セレスタン様は不機嫌そうに私へ問いかけた。
 そんなの答える気にもなれなくて、私は自室へ逃げ込んだ。
 セレスタン様もラウルも愛している。二人を比べることなんてできない。それはセレスタン様も同じはずなのに……。

 その日から一週間、私はセレスタン様と顔を合わせることを避けるようになった。
 ラウルは相変わらずお義母様が独り占め。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう……。
 ぼんやりと窓の外を眺めながらそんなことを考えていると、怒りの形相をしたお義母様が部屋に入って来るなり私の頬を平手打ちした。

「ラウルちゃんをどこにやったの!? この馬鹿女!!」

 頭の中が真っ白になった。


  
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