25 / 33
25.カロリーヌ④
しおりを挟む
子供は診療所ではなく、ソール邸の一室で出産した。
本当は信頼できる先生にお任せしたかったのだけれど、元医者のお義父様が「私が孫を取り出す」と言って聞かなかった。
いくらセレスタン様の父親でも、流石にそんなこと……。セレスタン様に相談しても「俺の父はお前を性的に見ているわけじゃないんだ」と、素っ気なく言われるだけだった。
そんなことは私だって分かっている。だけどどうしても……と追い縋ろうとすると、
「カロリーヌ、お前が自意識過剰なだけじゃないのか? それとも父さんを一人の男性として見ているから……」
「そんなことありません! 私が愛しているのはセレスタン様だけです……!」
「だったら父さんの望みを叶えてやれ。孫を自分の手で取り上げるのが、長年の夢だとずっと言っていたんだ」
「…………」
お義父様の夢。それを気持ち悪いというだけで壊そうとしている私は、酷い女のかもしれない。自分にそう思い込ませることにした。
猛烈な苦痛と戦いながら、お腹の子を産んだ。
室内に響き渡る産声を聞きながら、私は涙ぐんだ。色々悩みや問題を乗り越えて、無事に産むことができた。これもお義父様に任せたおかげかもしれない。
私はお義父様に感謝の言葉を伝えようとしたけれど、
「妊婦の体もなかなかいいものだな。今度こっそりと……あ、ああ、いや! 何でもない!」
私にじっと見られていることに気づくと、お義父様は取り繕うように慌ててそう言った。
こんなに嬉しい瞬間なのに、嫌悪感が全身を支配する。この人はただ私の体をじっくり見て、触りたかっただけだったのだ。全てが終わってからようやく気づけた。
こんなこと、セレスタン様に打ち明けたところで信じてもらえないだろう。ご両親を誰よりも信頼している人だから……。
たとえ後からどんな裁きを受けることになっても、セレスタン様と幸せになれるのなら構わない。そう思っていた。だから私は違和感や嫌悪感から目を背けることにした。
アンリエッタさんから奪い取った幸せを、今さら自分から手放すわけにいかない。
生まれたのは男の子だった。名前は『ラウル』。名づけたのはお義母様。みんなで大事に育てて行こうと言っていたのだけれど……。
「お義母様、ラウルを知りませんか?」
「ラウルちゃんなら私の部屋でぐっすり寝ているわ。私が面倒を見ててあげるから、カロリーヌさんは庭園の掃除でもしてもらえる?」
「ま、待ってください。昨日も一昨日も……母乳を飲ませる時とおむつを変える時以外は、ずっとお義母様のところにいるじゃありませんか。もっと私との時間を……」
「だいじょーぶよ。育児経験豊富な私に任せなさい!」
お義母様はそう言ってラウルを独占してばかり。夜になったら返してもらえると思っていると、今度は使用人に預けてしまう。
私が廊下の隅で声を押し殺して泣いていると、セレスタン様は憂いの表情を浮かべながら私の目尻を撫でた。
「あまり泣くな。目が腫れてしまう」
「だって……だって産んだばかり息子と一緒に過ごすことが許されないんですよ!? それがどれだけ辛いことか……!」
「いや……母さんに育てられて優秀な息子になってくれたほうが、カロリーヌだって嬉しいだろう? そんなことよりも久しぶりに……」
「そんなことだなんて言わないで!」
私を抱き締めようとするセレスタン様を思い切り突き飛ばした。
「私はあの子の母親です! あの子は私の宝物です……!」
「宝物……それは俺よりもか?」
セレスタン様は不機嫌そうに私へ問いかけた。
そんなの答える気にもなれなくて、私は自室へ逃げ込んだ。
セレスタン様もラウルも愛している。二人を比べることなんてできない。それはセレスタン様も同じはずなのに……。
その日から一週間、私はセレスタン様と顔を合わせることを避けるようになった。
ラウルは相変わらずお義母様が独り占め。
どうしてこんなことになってしまったのだろう……。
ぼんやりと窓の外を眺めながらそんなことを考えていると、怒りの形相をしたお義母様が部屋に入って来るなり私の頬を平手打ちした。
「ラウルちゃんをどこにやったの!? この馬鹿女!!」
頭の中が真っ白になった。
本当は信頼できる先生にお任せしたかったのだけれど、元医者のお義父様が「私が孫を取り出す」と言って聞かなかった。
いくらセレスタン様の父親でも、流石にそんなこと……。セレスタン様に相談しても「俺の父はお前を性的に見ているわけじゃないんだ」と、素っ気なく言われるだけだった。
そんなことは私だって分かっている。だけどどうしても……と追い縋ろうとすると、
「カロリーヌ、お前が自意識過剰なだけじゃないのか? それとも父さんを一人の男性として見ているから……」
「そんなことありません! 私が愛しているのはセレスタン様だけです……!」
「だったら父さんの望みを叶えてやれ。孫を自分の手で取り上げるのが、長年の夢だとずっと言っていたんだ」
「…………」
お義父様の夢。それを気持ち悪いというだけで壊そうとしている私は、酷い女のかもしれない。自分にそう思い込ませることにした。
猛烈な苦痛と戦いながら、お腹の子を産んだ。
室内に響き渡る産声を聞きながら、私は涙ぐんだ。色々悩みや問題を乗り越えて、無事に産むことができた。これもお義父様に任せたおかげかもしれない。
私はお義父様に感謝の言葉を伝えようとしたけれど、
「妊婦の体もなかなかいいものだな。今度こっそりと……あ、ああ、いや! 何でもない!」
私にじっと見られていることに気づくと、お義父様は取り繕うように慌ててそう言った。
こんなに嬉しい瞬間なのに、嫌悪感が全身を支配する。この人はただ私の体をじっくり見て、触りたかっただけだったのだ。全てが終わってからようやく気づけた。
こんなこと、セレスタン様に打ち明けたところで信じてもらえないだろう。ご両親を誰よりも信頼している人だから……。
たとえ後からどんな裁きを受けることになっても、セレスタン様と幸せになれるのなら構わない。そう思っていた。だから私は違和感や嫌悪感から目を背けることにした。
アンリエッタさんから奪い取った幸せを、今さら自分から手放すわけにいかない。
生まれたのは男の子だった。名前は『ラウル』。名づけたのはお義母様。みんなで大事に育てて行こうと言っていたのだけれど……。
「お義母様、ラウルを知りませんか?」
「ラウルちゃんなら私の部屋でぐっすり寝ているわ。私が面倒を見ててあげるから、カロリーヌさんは庭園の掃除でもしてもらえる?」
「ま、待ってください。昨日も一昨日も……母乳を飲ませる時とおむつを変える時以外は、ずっとお義母様のところにいるじゃありませんか。もっと私との時間を……」
「だいじょーぶよ。育児経験豊富な私に任せなさい!」
お義母様はそう言ってラウルを独占してばかり。夜になったら返してもらえると思っていると、今度は使用人に預けてしまう。
私が廊下の隅で声を押し殺して泣いていると、セレスタン様は憂いの表情を浮かべながら私の目尻を撫でた。
「あまり泣くな。目が腫れてしまう」
「だって……だって産んだばかり息子と一緒に過ごすことが許されないんですよ!? それがどれだけ辛いことか……!」
「いや……母さんに育てられて優秀な息子になってくれたほうが、カロリーヌだって嬉しいだろう? そんなことよりも久しぶりに……」
「そんなことだなんて言わないで!」
私を抱き締めようとするセレスタン様を思い切り突き飛ばした。
「私はあの子の母親です! あの子は私の宝物です……!」
「宝物……それは俺よりもか?」
セレスタン様は不機嫌そうに私へ問いかけた。
そんなの答える気にもなれなくて、私は自室へ逃げ込んだ。
セレスタン様もラウルも愛している。二人を比べることなんてできない。それはセレスタン様も同じはずなのに……。
その日から一週間、私はセレスタン様と顔を合わせることを避けるようになった。
ラウルは相変わらずお義母様が独り占め。
どうしてこんなことになってしまったのだろう……。
ぼんやりと窓の外を眺めながらそんなことを考えていると、怒りの形相をしたお義母様が部屋に入って来るなり私の頬を平手打ちした。
「ラウルちゃんをどこにやったの!? この馬鹿女!!」
頭の中が真っ白になった。
56
お気に入りに追加
3,055
あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。

魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?
よどら文鳥
恋愛
デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。
予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。
「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」
「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」
シェリルは何も事情を聞かされていなかった。
「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」
どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。
「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」
「はーい」
同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。
シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。
だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

愛は全てを解決しない
火野村志紀
恋愛
デセルバート男爵セザールは当主として重圧から逃れるために、愛する女性の手を取った。妻子や多くの使用人を残して。
それから十年後、セザールは自国に戻ってきた。高い地位に就いた彼は罪滅ぼしのため、妻子たちを援助しようと思ったのだ。
しかしデセルバート家は既に没落していた。
※なろう様にも投稿中。

どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる