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13.セレスタン④
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「どういうことだ?」
屋敷に帰った俺は早速ラナン家に正式な抗議をするために、両親に相談したのだが……。
「だからね? アンリエッタさんのことはもう……諦めたほうがいいんじゃないかしら」
「諦められるわけないだろう!」
あんなにアンリエッタを心配していた母さんが、そんなことを言うなんて信じられなかった。
すると父さんまでこんなことを言い出した。
「真偽はどうあれ、ラナン家がアンリエッタさんを保護しているというんだろう? であれば、彼女は無事なんだ。不要な騒ぎを起こすべきではないと思う」
「不要な騒ぎ? どこがだ!」
アンリエッタがシャーラに捕まり、奴隷のような扱いを受けていると判明したのだ。それにシャーラ本人が連れ去ったと自白しているのだから、いかに神官長であろうと罪に問うことができる。
なのにどうして及び腰になっているのかと、俺は苛立ちを発散させるようにテーブルを乱暴に叩いた。
そんな俺に母さんと父さんは顔を見合わせて、愛想笑いを浮かべて俺を説得しようと試みる。
「だってもしかしたら、アンリエッタさんにとってはそのほうが幸せかもしれないじゃない」
「幸せって……シャーラにこき使われている生活が? そこに俺はいないじゃないか」
「いいか、セレスタン。少し考えてみろ。シャーラ様は自分からアンリエッタさんを傍に置いていると明かしたんだ。つまりきっかけはどうあれ、アンリエッタさんは現状に満足していて、我が家に戻る意思を見せていないんじゃないのか?」
「そんなわけがあるわけない! アンリエッタの家族は俺たちなんだぞ!」
アンリエッタは子供を産めないことを、他の嵐の神の神官たちに認めてもらえないことを悩んでいた。
そんな彼女を優しく包み込む役目を持っているのは俺たちだけでいい。あんな女にアンリエッタを任せられない。
「……母さんたちはラナン家と揉めることを避けようとしているな? ソール家を守るために、アンリエッタを犠牲にしようと……」
「そ、そんなことはないわ! ただ下手に私たちが動くと、アンリエッタさんが向こうでどんな目に遭うか……」
「もういい!」
俺の両親がこんなに薄情だったなんて!
広間を出ると、俺は自分の部屋に引き籠もった。
ああ、アンリエッタ……。
彼女の着ていたドレスも、いつも読んでいた本もそのままにしてある。いつか彼女が戻って来た時のために。
ラナン家は自宅だけではなく、国内にいくつも別荘を構えているらしい。アンリエッタが捕まっているとしたらこの別荘のどこかだろうが、場所が特定できない。
火の神の神殿に行ってシャーラに会わせろと訴えたが、すぐに追い出されてしまった。
エレナの店にも来なくなったようで、シャーラに会う手段がない。
本当はこんなことをしている場合ではないのに、俺は嵐の神の神殿の床を箒で掃きながら溜め息をつく。
火の神の神殿から俺に対する苦情が来たようで、懲罰として床掃除をさせられていた。こんなこと、男がする仕事じゃないだろうに。
それに悪いのは明らかにシャーラだ。神官長だからといって好き勝手させていいのかと、この世の理不尽さを恨んでいると、
「セレスタン様……奥様にどうしても会いたいのですか?」
一人の女が俺に声をかけてきた。
見知らぬ金髪の若い女だ。俺が眉を顰めていると、女は恭しく頭を下げた。
「初めまして。私は雨の神の神官であるカロリーヌと申します」
「雨の……」
雨の神は水の神の配下であり、神格がそこそこ高い神だ。そして嵐の神との繋がりも深いとされる。なので嵐の神の神殿に出入りすることは、何もおかしくないが……。
「私、実は知っているんです」
「何をだ?」
「セレスタン様の奥様が今、どこにいるかをです」
「それなら俺も知っている。ラナン家の所有するどこかの別荘だと……」
「ですから、その別荘の場所を」
「!」
瞠目する俺に、カロリーヌはやや躊躇いがちに問いかけた。
「……奥様にお会いしたいですか?」
俺は無言で力強く頷いた。
屋敷に帰った俺は早速ラナン家に正式な抗議をするために、両親に相談したのだが……。
「だからね? アンリエッタさんのことはもう……諦めたほうがいいんじゃないかしら」
「諦められるわけないだろう!」
あんなにアンリエッタを心配していた母さんが、そんなことを言うなんて信じられなかった。
すると父さんまでこんなことを言い出した。
「真偽はどうあれ、ラナン家がアンリエッタさんを保護しているというんだろう? であれば、彼女は無事なんだ。不要な騒ぎを起こすべきではないと思う」
「不要な騒ぎ? どこがだ!」
アンリエッタがシャーラに捕まり、奴隷のような扱いを受けていると判明したのだ。それにシャーラ本人が連れ去ったと自白しているのだから、いかに神官長であろうと罪に問うことができる。
なのにどうして及び腰になっているのかと、俺は苛立ちを発散させるようにテーブルを乱暴に叩いた。
そんな俺に母さんと父さんは顔を見合わせて、愛想笑いを浮かべて俺を説得しようと試みる。
「だってもしかしたら、アンリエッタさんにとってはそのほうが幸せかもしれないじゃない」
「幸せって……シャーラにこき使われている生活が? そこに俺はいないじゃないか」
「いいか、セレスタン。少し考えてみろ。シャーラ様は自分からアンリエッタさんを傍に置いていると明かしたんだ。つまりきっかけはどうあれ、アンリエッタさんは現状に満足していて、我が家に戻る意思を見せていないんじゃないのか?」
「そんなわけがあるわけない! アンリエッタの家族は俺たちなんだぞ!」
アンリエッタは子供を産めないことを、他の嵐の神の神官たちに認めてもらえないことを悩んでいた。
そんな彼女を優しく包み込む役目を持っているのは俺たちだけでいい。あんな女にアンリエッタを任せられない。
「……母さんたちはラナン家と揉めることを避けようとしているな? ソール家を守るために、アンリエッタを犠牲にしようと……」
「そ、そんなことはないわ! ただ下手に私たちが動くと、アンリエッタさんが向こうでどんな目に遭うか……」
「もういい!」
俺の両親がこんなに薄情だったなんて!
広間を出ると、俺は自分の部屋に引き籠もった。
ああ、アンリエッタ……。
彼女の着ていたドレスも、いつも読んでいた本もそのままにしてある。いつか彼女が戻って来た時のために。
ラナン家は自宅だけではなく、国内にいくつも別荘を構えているらしい。アンリエッタが捕まっているとしたらこの別荘のどこかだろうが、場所が特定できない。
火の神の神殿に行ってシャーラに会わせろと訴えたが、すぐに追い出されてしまった。
エレナの店にも来なくなったようで、シャーラに会う手段がない。
本当はこんなことをしている場合ではないのに、俺は嵐の神の神殿の床を箒で掃きながら溜め息をつく。
火の神の神殿から俺に対する苦情が来たようで、懲罰として床掃除をさせられていた。こんなこと、男がする仕事じゃないだろうに。
それに悪いのは明らかにシャーラだ。神官長だからといって好き勝手させていいのかと、この世の理不尽さを恨んでいると、
「セレスタン様……奥様にどうしても会いたいのですか?」
一人の女が俺に声をかけてきた。
見知らぬ金髪の若い女だ。俺が眉を顰めていると、女は恭しく頭を下げた。
「初めまして。私は雨の神の神官であるカロリーヌと申します」
「雨の……」
雨の神は水の神の配下であり、神格がそこそこ高い神だ。そして嵐の神との繋がりも深いとされる。なので嵐の神の神殿に出入りすることは、何もおかしくないが……。
「私、実は知っているんです」
「何をだ?」
「セレスタン様の奥様が今、どこにいるかをです」
「それなら俺も知っている。ラナン家の所有するどこかの別荘だと……」
「ですから、その別荘の場所を」
「!」
瞠目する俺に、カロリーヌはやや躊躇いがちに問いかけた。
「……奥様にお会いしたいですか?」
俺は無言で力強く頷いた。
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