上 下
10 / 33

10.セレスタン①

しおりを挟む
 二週間続いた儀式も本日ようやく終わりを迎え、俺は直ぐ様神殿を出た。先程日付が変わったばかりで、街は酔っ払いどもの巣窟と化している。
 仲間からは今夜はもう寝て、明日の朝すぐに帰ればいいじゃないかと言われたが無視した。アンリエッタが待っているからだ。

 今年もアンリエッタを儀式に参加させることはできなかった。愛する人と一緒なら、こちらの活力も湧くのに花の神の神官というだけで……。

 アンリエッタには母さんと父さんがついているから寂しくなかっただろうが、俺は憂鬱な毎日を過ごしていた。
 一日に数回与えられる休憩時間。その時にアンリエッタがいてくれたらと何度思ったことか。俺が既婚者だと知っていながら群がって来る女どもをあしらうのにも神経をすり減らした。

 それに今年は、封印が解けかかるという事態にも見舞われた。
 引退した神官たちの助力も得て、どうにか鎮めることができたが、父さんの手を借りる形になってしまった。俺たちの力不足だと謝りたかったが、そんな余裕すらなかった。

 だがそんな日々からもようやく解放された。

 アンリエッタと再会したら、まずは彼女を朝まで抱きたい。少し無理をさせてしまうかもしれないが、優しい彼女なら慈愛の笑みを浮かべて受け入れてくれるだろう。
 そう考えると、鉛のように重かった足取りも軽快なものとなる。

「……ん?」

 正門の鍵を開けて屋敷に帰って来ると、広間の明かりがついていることに気づいた。
 母さんたちがまだ起きているのだろうか。だがまあ、起こしてしまうかもしれないと心配する必要もなくなった。
 ……と思いながら広間に向かうと、両親の会話が耳に入って来た。

「しかし困ったな。遅くても明日の昼には、セレスタンが帰って来る」
「もう。あなたがあそこでさっさと縛っておけば、逃がすこともなかったのに」
「私のせいにするな。もう少し早く薬を飲ませておかなかったお前にも責任があるんだぞ」
「まあ! 妻に責任を押し付けるなんて!」
「いや、元はと言えばお前があんなことをしようと言い出したのが……」
「あなただってあんなに楽しそうだったくせに! どうせ触るだけじゃ済ませなかったでしょう?」
「そんなの当たり前じゃないか。どれだけ貧相な体をしていても……お、おい」

 父さんが広間の前で立っていた俺に気づいて、言葉を止める。母さんもハッとした表情で俺を見ている。
 今の会話を俺に聞かれたらまずかったのだろうか。不穏な内容だったが……。

「ただいま、二人とも。何の話をしていたんだ?」
「お……おかえりなさい、セレスタン。あのね、あなたがいない間、庭園に野犬が迷い込んじゃって大変だったのよ。何とか捕まえようとしたんだけど、結局逃がしちゃって」
「大変って……楽しそうとか言ってなかったか?」
「やだわ。言ってないわよ、そんなこと! 疲れていて、聞き間違えたんじゃないの?」

 それはそうかもしれない。アンリエッタに会いたい一心で、疲弊した体に鞭を打って帰ってきたのだから。
 だが野犬か……。

「アンリエッタは噛まれなかったか?」
「えっ、ええ。あの子なら心配ないわよ。ねえ、あなた?」
「か、母さんの言う通りだ。はは……」

 ぎこちなく笑う両親を不思議に思いながら、俺は自分たちの寝室に向かった。
 目を覚ましたアンリエッタは俺の姿を見たら何と思うだろうか。寝惚けて夢の中で俺が会いに来てくれたと可愛い勘違いをするかもしれない。
 甘い幸福感に包まれながら、俺は部屋のドアを開けた。

「……アンリエッタ?」

 薄暗い室内を進んでベッドに近づくと、大きな膨らみがなく平らな状態になっていることに気づいた。
 明かりを点けてクローゼットを開けたり、ベッドの下を覗き込んだりしたが、アンリエッタの姿がどこにも見当たらない。

 ドクン、ドクン……と心臓が鼓動を速める。
 部屋の真ん中で呆然と立ち尽くしていると、

「セレスタン、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの……」

 今にも泣きそうな顔をした母さんが部屋の前に立っていた。
しおりを挟む
感想 181

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】私の婚約者は妹のおさがりです

葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」 サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。 ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。 そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……? 妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。 「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」 リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。 小説家になろう様でも別名義にて連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

婚約破棄のその後に

ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」 来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。 「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」 一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。 見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

恋は盲目とはよく言ったものです。

火野村志紀
恋愛
魔法と呼ばれる力が存在する世界。 水魔法の名家であるロイジェ公爵子息クリストフには、かつて愛していた婚約者がいた。 男爵令嬢アンリ。彼女は希少な光魔法の使い手で、それ故にクリストフの婚約者となれた。 一生守るつもりだったのだ。 『彼女』が現れる、あの時までは。

処理中です...