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6.逃亡
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「何かしら? 今ちょっと忙しいのだけれど!」
お義母様がドアに向かって苛立った物言いをする。私は助けを呼ぼうと大声を叫ぼうとしたのだけれど、お義父様に手で口を塞がれていた。
「も、申し訳ありません、火急の用でして……」
ドアの向こうにいるメイドは謝りながらも、引き下がろうとしない。
思わぬ邪魔が入り、お義母様が不快そうに顔を歪める。
「もう、これから楽しい時間の始まりだったのに」
薬の小瓶をドレスのポケットにしまい、お義母様はドアをほんの少しだけ開けた。
「一体何の用かしら? 手早く済ませたいのだけれど?」
「それが嵐の神の封印が解けかかっているようでして……」
「何ですって!?」
お義母様の様子が一変する。お義父様も私から離れて、ドアのほうへ慌ただしく向かう。
「それはどういうことだ! 平時ならともかく、今は神官たちが祈りを捧げている最中だぞ!? そんなこと、あってはならない……!」
「私にも分かりません!」
お義父様に怒鳴られ、メイドも声を荒らげた。そして青ざめた表情で言葉を続ける。
「ただ先程、御神体の一部が欠けたそうです。現在神官の方々が法力を大量に注ぎ込み、これ以上の封印の綻びを防いでいるとのことですが、引退された神官のお力も借りたいと……」
「わ、私も神殿に行けと? いや、こういうことは若い者たちに任せたほうが……」
お義父様の声が動揺で震える。
嵐の神の封印が解けてしまえば最後、神殿にいる神官たちに危険が及ぶかもしれない。だからお義父様が行きたがらない気持ちは分かる。
「何を言ってるの、あなた! セレスタンが命懸けで嵐の神を止めようとしているのよ!? 早く行ってあげてちょうだい!!」
「うむ……」
お義母様に急かされても、お義父様は決断しかねていた。
その様子を眺めながら、私はゆっくりと立ち上がった。
セレスタンを信じていないわけじゃない。だけど彼が戻って来るのを待っていたら、どんな目に遭うのか分からない。
私が馬鹿だったんだと思う。ずっと自分が悪いのだと思い続けて、セレスタンに嫌な思いをさせたくなくて、我慢し続けて、お義母様の好きなようにさせてしまった。
だから今ここで、動き出さなくちゃ。
嵐の神の封印が解けるかもしれないのに、セレスタンに危険が迫っているのに、私は私のことしか考えられなくなっていた。
ここは一階。お義母様が庭にすぐ出られるようにって、二階の部屋を嫌がったんだってセレスタンが言っていた。
私は側にあった壺を掴むと、掃き出し窓へと思い切り投げつけた。
ガシャン! と大きな音を立てて硝子が砕け散る。普通に開けることも出来たけれど、今まで受けた仕打ちを思い返すと無性に腹が立ってしまって。
「ちょ……何をしているの、あんたって女は!」
音に気づいたお義母様が、悪魔のような形相で私を捕まえようとする。
ダメ、立ち止まらないで。自分にそう言い聞かせて風通しのよくなった窓を抜けて、そのまま走り出した。何度も手入れをさせられたおかげで、庭園の構造はしっかり覚えていた。
どこをどう走れば外に出られるか、一番早い道順を選んでひたすら走る、走る。
「待ちなさい、アンリエッタ! こんなことをして許されると思っているの!?」
遠くからお義母様の叫び声が聞こえる。
ああ、私とても悪いことをしてしまっている。心臓がドクン、ドクンとうるさくて、一瞬でも立ち止まったら全身が震えて動けなくなりそう。
なのに心のどこかで、この状況にほんの少しだけワクワクしている自分がいた。
お義母様がドアに向かって苛立った物言いをする。私は助けを呼ぼうと大声を叫ぼうとしたのだけれど、お義父様に手で口を塞がれていた。
「も、申し訳ありません、火急の用でして……」
ドアの向こうにいるメイドは謝りながらも、引き下がろうとしない。
思わぬ邪魔が入り、お義母様が不快そうに顔を歪める。
「もう、これから楽しい時間の始まりだったのに」
薬の小瓶をドレスのポケットにしまい、お義母様はドアをほんの少しだけ開けた。
「一体何の用かしら? 手早く済ませたいのだけれど?」
「それが嵐の神の封印が解けかかっているようでして……」
「何ですって!?」
お義母様の様子が一変する。お義父様も私から離れて、ドアのほうへ慌ただしく向かう。
「それはどういうことだ! 平時ならともかく、今は神官たちが祈りを捧げている最中だぞ!? そんなこと、あってはならない……!」
「私にも分かりません!」
お義父様に怒鳴られ、メイドも声を荒らげた。そして青ざめた表情で言葉を続ける。
「ただ先程、御神体の一部が欠けたそうです。現在神官の方々が法力を大量に注ぎ込み、これ以上の封印の綻びを防いでいるとのことですが、引退された神官のお力も借りたいと……」
「わ、私も神殿に行けと? いや、こういうことは若い者たちに任せたほうが……」
お義父様の声が動揺で震える。
嵐の神の封印が解けてしまえば最後、神殿にいる神官たちに危険が及ぶかもしれない。だからお義父様が行きたがらない気持ちは分かる。
「何を言ってるの、あなた! セレスタンが命懸けで嵐の神を止めようとしているのよ!? 早く行ってあげてちょうだい!!」
「うむ……」
お義母様に急かされても、お義父様は決断しかねていた。
その様子を眺めながら、私はゆっくりと立ち上がった。
セレスタンを信じていないわけじゃない。だけど彼が戻って来るのを待っていたら、どんな目に遭うのか分からない。
私が馬鹿だったんだと思う。ずっと自分が悪いのだと思い続けて、セレスタンに嫌な思いをさせたくなくて、我慢し続けて、お義母様の好きなようにさせてしまった。
だから今ここで、動き出さなくちゃ。
嵐の神の封印が解けるかもしれないのに、セレスタンに危険が迫っているのに、私は私のことしか考えられなくなっていた。
ここは一階。お義母様が庭にすぐ出られるようにって、二階の部屋を嫌がったんだってセレスタンが言っていた。
私は側にあった壺を掴むと、掃き出し窓へと思い切り投げつけた。
ガシャン! と大きな音を立てて硝子が砕け散る。普通に開けることも出来たけれど、今まで受けた仕打ちを思い返すと無性に腹が立ってしまって。
「ちょ……何をしているの、あんたって女は!」
音に気づいたお義母様が、悪魔のような形相で私を捕まえようとする。
ダメ、立ち止まらないで。自分にそう言い聞かせて風通しのよくなった窓を抜けて、そのまま走り出した。何度も手入れをさせられたおかげで、庭園の構造はしっかり覚えていた。
どこをどう走れば外に出られるか、一番早い道順を選んでひたすら走る、走る。
「待ちなさい、アンリエッタ! こんなことをして許されると思っているの!?」
遠くからお義母様の叫び声が聞こえる。
ああ、私とても悪いことをしてしまっている。心臓がドクン、ドクンとうるさくて、一瞬でも立ち止まったら全身が震えて動けなくなりそう。
なのに心のどこかで、この状況にほんの少しだけワクワクしている自分がいた。
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