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5.危機

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 セレスタンの見送りには、私と彼のご両親だけじゃなくて使用人たちの姿もある。毎年のことだけれど、大変なお仕事だから。

 大好きな旦那様と二週間も会えない……。一年の中で一番辛い時期だ。今年で三度目なのに全然慣れない。
 唯一の支えはセレスタンから貰った、彼の愛情がこもったネックレス。お義母様に見付かったら没収されてしまいそうだから、普段は服の下に隠してある。

「でも妻なのに可哀想ねぇ、アンリエッタさん。あなたが花の神の神官じゃなかったら神殿に入れたのに」
「……いえ、向こうの神官の方々が決めたことですので」

 お義母様に嫌みを言われても、私はそう答えた。
 花の神の神官は私だけじゃない。国が動いてくれない以上、私が事を荒立てれば彼らの肩身も狭くなる。嵐の神の神官の取り決めに従うしかなかった。

「ふん、随分と聞き分けがいいのね。そうでなくちゃ困るのだけれど……ああ、そうそう。今晩、私の部屋に来なさい。大事な話があるから」
「? 分かりました……」

 お義母様の部屋に入るなんて初めてだ。屋敷中の掃除を命じられても、そこだけは入らないようときつく言い付けられているのに。
 私が返事をすると、お義母様は口角を妖しげに吊り上げながらその場から立ち去った。何だか嫌な予感がして身震いする。
 と、使用人たちが私を凝視していることに気づく。どうしたのか聞こうとすると、気まずそうに逸らされたけれど。



 夜になり、私は言い付け通りお義母様の部屋を訪れた。一日中働きっぱなしで体は疲れていて、今すぐ眠ってしまいたい衝動を抑えながら。

「お義母様、アンリエッタです」

 ドアを二回ノックしてから名乗ると、「どうぞ、お入りなさいな」と声が聞こえてきた。深呼吸を二、三回繰り返してからドアを開くと、室内にはお義母様……とお義父様もいた。

「よく来たな、アンリ。待っていたぞ……?」

 お義父様に腕を掴まれて、無理矢理歩かされる。その先にはベッドがあって、縄が用意されていた。

「ま、待ってください、お義父様! 私はお義母様に呼ばれて……」
「あー、私が呼ばせたんだよ。私の部屋に来いと行ったら、警戒されると思ってなぁ」
「え?」

 困惑しながらお義母様に視線を向けようとすると、何故かドアに鍵をかけている最中だった。

「感謝なさい、アンリエッタさん。うちの旦那は昔医者をしていたの。だからどうしてあなたに子供が出来ないのか調べてあげるそうよ」
「そのために色々な場所を触らせてもらうよ。大丈夫、痛い思いはさせないし、むしろ気持ちいいと感じるだろう。さあ、まずは服を脱いで……」

 無理矢理ベッドに押し倒されそうになり、私は咄嗟に踏ん張って逆にお義父様を突き飛ばした。ベッドの上に倒れ込む姿を見下ろしながら、怒りと嫌悪を込めて叫ぶ。

「こんな……こんなことをしようとして、許されると思っているんですか!? セレスタンに話しますよ!?」
「黙りなさい! 花の神の神官ってだけで最悪なのに、跡継ぎすら産めない女のくせに!!」
「……っ」
「それにセレスタンも了承しているわよ? お父さんがじっくり触診すれば不妊の原因が分かるかもしれないわよって提案したら、『じゃあお願いするよ』って」

 嘘……セレスタンがそんなことを言うわけがない。だけどご両親を絶対的に信頼しているセレスタンなら、と疑ってしまう。
 たとえ実の父親相手なら、私が服を脱がされて触られても構わないんじゃないかと。

「アンリエッタさんは医学に疎いからね。今からするような触診についてよく知らないだけなんだ。大丈夫、大丈夫……」

 ニヤニヤと笑うお義父様に恐怖を覚えていると、お義母様に後ろから突き飛ばされて私もベッドに倒れてしまう。お義父様に抱き着かれそうになって、咄嗟に枕を投げ付けた。

「ぐっ! や、優しくしてやろうと思ったのに暴れやがって……おい、お前! 薬でも飲ませて眠らせておけ!」
「分かっているわよ。ええと、睡眠薬の瓶はどこだったかしらねぇ……」

 本気だ。この人たちは本気で私のことを……。
 セレスタンの大切なご両親のはずなのに、おぞましい化け物のように見える。お義父様に体を取り押さえられて必死に暴れていると、緑色の小瓶を持ったお義母様がベッドの脇に立っていた。

「さあ、アンリエッタさん。今日も一日働いて疲れたでしょう? 暫くゆっくりお休みなさ……」

 お義母様の声を遮るように、ドアを忙しくなくノックする音が鳴り響いた。
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