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4.お守り
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夕食を食べ終わってから就寝二人きりの時間。食後の紅茶を飲みながら、その日の出来事を語り合うのが私たちの日課だった。
「ロブスターなんて初めて食べたけど、身がぷりぷりしてて美味しかったの。アップルジュースも甘くておかわりしちゃった」
「その店、どこか教えてくれないか? そこのロブスターサンドが持ち帰り出来るなら、母さんと父さんの分も買って皆で食べよう。普段あまり食事をしたがらないお前が美味しいと言うんだ。中々の味なんじゃないのか?」
「そうだね……」
屋敷だとリラックス出来ないから、お腹も空かないんじゃない? とエレナに言われたことを思い返す。
と、セレスタンに手を握られた。
「嵐の神の神官との結婚なんて、お前には荷が重すぎたのかもしれない。花の神に仕えるお前に、心ない言葉をぶつける人間は少なくない。実際、直接俺に『早くあれと別れろ』と言ってきた奴もいるくらいだ」
「……うん」
私たちが夫婦になったことを快く思っていないのは、何もお義母様だけじゃない。嵐の神の神官たちから非難の目で見られていた。
だから私が嵐の神の神殿に行っても祈りや供物を捧げることをさせてもらえず、清掃や神官たちの食事の準備などの雑用を命じられる。
たとえ他の神の神官だとしても、結婚すればその相手が信仰する神にも仕えなければならないというのが神官の規則なのに……。
これにはセレスタンも怒って国に抗議してくれた。だけど王族や文官よりも神官のほうが権力が強いこの国では、大して意味がなかった。
「俺と別れてしまえば、アンリエッタだって楽なのかもしれない。それでも俺は何があっても、お前を手放したくないんだ。……我儘な男だとは自覚している」
「我儘だなんて。私だって……ずっとあなたと一緒にいたいと思ってる」
セレスタンだけが私を愛してくれたから。
セレスタンを安心させるように微笑みながら、彼の手を握り返そうとすると掌に違和感があった。
「俺も頑張るから、アンリエッタももう少しだけ頑張ってくれ。……これはそのためのお守りだよ」
そう言ってセレスタンが手を離すと、私の掌の上でシルバーネックレスが光り輝いていた。その中心には大粒の宝石。
「綺麗……」
「嵐の神の守護石であるダイヤモンドだ。アンリエッタにも同じように輝いて欲しいっていう俺の願いが込められている」
「ありがとう、セレスタン。早速着けてみてもいい?」
「もちろん。ああ、俺が着けてやるから」
セレスタンがネックレスを摘まみ上げて私の背後に回り込む。
「きっといつか皆認めてくれるし、可愛い子供だって出来るはずだ。だから今はただ前を見続けよう」
「うん。分かっている」
「俺たちには味方がいないわけじゃない。俺の両親やエレナがいるだろ?」
「……セレスタンはご両親を信じているんだね」
「俺をここまで育ててくれた立派な人たちだからな。母さんが最初結婚を反対していたのも俺たちのためを思ってのことだったし、父さんだって口数は少ないけど、温かく見守ってくれている」
セレスタンは心の底から両親を信じている。そんな人にお義母様が私に嫌がらせをしていること、お義父様が何もしてくれないことを告げたらどれだけ悲しむだろう。
そう考えると、エレナのアドバイスを実行出来なかった。そんなことをエレナに教えたら彼女はまた怒るかもしれないけれど、きっと他にいい方法があるはずだって私は信じている。
胸の中心で光り輝くダイヤモンドに触れながら、私は花の神と嵐の神に祈りを捧げた。
セレスタンが嵐の神の神殿に二週間籠もることが決まったのは、翌日のことだった。
この二週間というのは嵐の神が暴走して世界を滅ぼしかけて、それを食い止めるために要した日数。
毎年選ばれた神官たちが、神殿の最奥部に祀られている御神体にひたすら法力を注ぐ儀式を行う。法力というのは、神官だけが持つ不思議なエネルギーで、それによって嵐の神がまた暴走するのを防ぐのだ。
本当は私も参加しなければいけないのけれど、花の神の神官はその期間神殿には立ち入りを禁ずると通告されていた。
だから私は屋敷に残ることになった。
「ロブスターなんて初めて食べたけど、身がぷりぷりしてて美味しかったの。アップルジュースも甘くておかわりしちゃった」
「その店、どこか教えてくれないか? そこのロブスターサンドが持ち帰り出来るなら、母さんと父さんの分も買って皆で食べよう。普段あまり食事をしたがらないお前が美味しいと言うんだ。中々の味なんじゃないのか?」
「そうだね……」
屋敷だとリラックス出来ないから、お腹も空かないんじゃない? とエレナに言われたことを思い返す。
と、セレスタンに手を握られた。
「嵐の神の神官との結婚なんて、お前には荷が重すぎたのかもしれない。花の神に仕えるお前に、心ない言葉をぶつける人間は少なくない。実際、直接俺に『早くあれと別れろ』と言ってきた奴もいるくらいだ」
「……うん」
私たちが夫婦になったことを快く思っていないのは、何もお義母様だけじゃない。嵐の神の神官たちから非難の目で見られていた。
だから私が嵐の神の神殿に行っても祈りや供物を捧げることをさせてもらえず、清掃や神官たちの食事の準備などの雑用を命じられる。
たとえ他の神の神官だとしても、結婚すればその相手が信仰する神にも仕えなければならないというのが神官の規則なのに……。
これにはセレスタンも怒って国に抗議してくれた。だけど王族や文官よりも神官のほうが権力が強いこの国では、大して意味がなかった。
「俺と別れてしまえば、アンリエッタだって楽なのかもしれない。それでも俺は何があっても、お前を手放したくないんだ。……我儘な男だとは自覚している」
「我儘だなんて。私だって……ずっとあなたと一緒にいたいと思ってる」
セレスタンだけが私を愛してくれたから。
セレスタンを安心させるように微笑みながら、彼の手を握り返そうとすると掌に違和感があった。
「俺も頑張るから、アンリエッタももう少しだけ頑張ってくれ。……これはそのためのお守りだよ」
そう言ってセレスタンが手を離すと、私の掌の上でシルバーネックレスが光り輝いていた。その中心には大粒の宝石。
「綺麗……」
「嵐の神の守護石であるダイヤモンドだ。アンリエッタにも同じように輝いて欲しいっていう俺の願いが込められている」
「ありがとう、セレスタン。早速着けてみてもいい?」
「もちろん。ああ、俺が着けてやるから」
セレスタンがネックレスを摘まみ上げて私の背後に回り込む。
「きっといつか皆認めてくれるし、可愛い子供だって出来るはずだ。だから今はただ前を見続けよう」
「うん。分かっている」
「俺たちには味方がいないわけじゃない。俺の両親やエレナがいるだろ?」
「……セレスタンはご両親を信じているんだね」
「俺をここまで育ててくれた立派な人たちだからな。母さんが最初結婚を反対していたのも俺たちのためを思ってのことだったし、父さんだって口数は少ないけど、温かく見守ってくれている」
セレスタンは心の底から両親を信じている。そんな人にお義母様が私に嫌がらせをしていること、お義父様が何もしてくれないことを告げたらどれだけ悲しむだろう。
そう考えると、エレナのアドバイスを実行出来なかった。そんなことをエレナに教えたら彼女はまた怒るかもしれないけれど、きっと他にいい方法があるはずだって私は信じている。
胸の中心で光り輝くダイヤモンドに触れながら、私は花の神と嵐の神に祈りを捧げた。
セレスタンが嵐の神の神殿に二週間籠もることが決まったのは、翌日のことだった。
この二週間というのは嵐の神が暴走して世界を滅ぼしかけて、それを食い止めるために要した日数。
毎年選ばれた神官たちが、神殿の最奥部に祀られている御神体にひたすら法力を注ぐ儀式を行う。法力というのは、神官だけが持つ不思議なエネルギーで、それによって嵐の神がまた暴走するのを防ぐのだ。
本当は私も参加しなければいけないのけれど、花の神の神官はその期間神殿には立ち入りを禁ずると通告されていた。
だから私は屋敷に残ることになった。
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