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3.説得

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「な、何でそんな話になるの!?」

 私は驚いて大きな声を上げてしまった。だって家を捨てろというのは、離婚しろと言っているようなものだ。

「当たり前じゃん。あんたをそこまで追い詰めたのは、最悪な姑と我関せずの旦那と舅だよ? 原因から逃げないと、あんた体も心も元通りに戻れなくなるから」
「違う! お義母様は私を嫌っているのに結婚を認めてくれた本当は優しい人なんだよ? それにセレスタンとお義父様はお義母様のことを何も知らないだけなの!」
「何で知らないわけ? 姑からいびられてるって言ってないの?」
「そんなこと言ったら、お義母様が責められるでしょ? それにお義母様も跡継ぎのことで焦って、私に当たっているんだと思うし……」

 お義母様は、私たちとの結婚を認めたことをとても後悔しているだろう。これ以上私に関することで心労を増やすのも、お義母様とセレスタンとの仲を険悪にさせるのも嫌だった。
 エレナにもこの気持ちを理解して欲しいと思っていると、友人は私に呆れたような眼差しを向けながら、窓を指差した。

「窓、見てみな」
「うん」

 言われた通りにすると、街を歩く人々……と真っ直ぐ私を見詰める女性の姿がいた。
 骨と皮だけになってしまった体。死人のように青ざめた肌の色。ろくに手入れもしていないのか、乱れた銀髪。昏い光を宿した瞳。
 私が思わず悲鳴を上げそうになると、彼女も恐怖に慄いたような表情を見せる。
 そこで気付いてしまった。
 あの女性は私だ。

「あ……」
「やっと自覚出来た? 今自分がどんな状態になっているか」

 エレナの問いに私は無言で頷く。これまで鏡で自分の姿は何度も確認していたけれど、『太っていないかどうか』ばかり気にしていた。
 こんな女が店に入って来たら、店員も客も驚くのは無理もない。急に恥ずかしくなって顔に熱が集まる。

「アンリ、あんたがセレスタンを好きだって気持ちは分かるよ。あいつが店に来る度に嬉しそうにしてたのを私も見ていたから。でもね、そのせいでダメになっていく友達を私はこれ以上見たくない」
「……ありがとう。でも、私これからどうすればいいの……?」
「セレスタンに全部言いなよ。まずはそこからだね。あいつが今でもあんたを一番に見てくれているなら、それで解決するだろうし、姑の味方をするようならあんたはあいつから離れたほうがいい」

 セレスタンから離れる。そう考えるだけで胸が痛くなって、お腹の辺りが冷たくなった。

「エレナ、あの」
「何?」
「……ううん。早くパン食べよっか。お腹空いちゃった」

 私のためにどうすればいいのか、頭では理解したはずなのに心が怯えている。
 セレスタンはちゃんと私を守ってくれる?
 その疑問を抱きながらロブスターサンドに齧りつく。口いっぱいに食べ物を頬張ることなんて久しぶりで、涙が溢れ出た。



 ロブスターサンドを完食して、アップルジュースも飲み干して。エレナにたくさん話を聞いてもらった後、また会おうねと約束して別れた。今度はいつ予定が取れるか分からないけれど……。
 屋敷に帰ると、お義母様が玄関で待っていた。「ただいま帰りました」と言おうとすると、

「おかえりなさい、アンリエッタさん。夫以外の男との逢瀬は楽しかったかしら?」
「い、いえ、私はただ友人のエレナと会って来ただけです。行く前もそう説明したはずですが……」
「嘘なんてつかなくていいわよ。あなたみたいな頭の悪い女に、同性の友人なんて作れるわけがないじゃない。どうせ体目的の男しか寄りつかないでしょ。ほら、早く庭掃除をしてちょうだい」
「…………」

 嘲笑混じりの言葉に何だか虚しくなる。
 帰って来たら色々言われるだろうと覚悟していたけれど、まさか浮気を疑われるなんて。ううん、お義母様だって本気で言っているわけじゃないと思う。私を傷付けたくて言っているだけだって、今なら分かる。

 頭を下げて庭に向かおうとすると、廊下の向こうからセレスタンがやって来た。

「アンリエッタ、おかえり。エレナさんに会ってきたんだって?」
「うん。元気そうにしてたよ」
「そうか……」
「あらあら、セレスタンったらアンリエッタさんがいなくて寂しかったのねぇ~。うちの息子が拗ねちゃうから、あんまり一人きりで出かけるのは控えてね、アンリエッタさん?」

 お義母様が私にぎゅっと抱き着きながら、媚びるような声を出す。セレスタンとお義父様の前でしか見せない演技だと分かっていても、母子のようなスキンシップに嬉しさを感じる私がいる。
 だって私の両親は、私が結婚してすぐに事故に遭って亡くなってしまったから……。
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