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1.結婚
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姿見に映っているのは、淡い紅色のウェディングドレスを着た私だった。頭にはベールを着けて、普段なら絶対にしない化粧までして。
そこにいるのは私のはずなのに、別人を見ているような違和感に思わず笑ってしまう。すると傍らで私を見守っていた女性が口を開いた。
「何を笑っているの、アンリエッタさん? 今から神聖な儀式なんだから、そんな締まりのない表情をしないでちょうだい」
「も、申し訳ありません、お義母様」
我に返って謝ると、女性──今日から私の義母になる人は深く溜め息をついてから目を細めて、
「花の神に仕える神官って頭の中までお花畑なのかしらねぇ……」
面と向かってそう言われてしまい、ぎこちなく笑みを返すのが精一杯だった。
この国では花の神に仕える神官の地位が低い。だってそれは当然のこと。花の神自体が神格が低いとされているから。
人々の暮らしを支え続ける火や水の神に比べると、花を咲かせることしか能のない神なんて……と冷遇されがちだった。だから花の神の神官の一族に生まれると結婚相手を探すのも大変で、他国に逃れる人たちも多い。
私の両親も私の将来を憂いて、全てを捨てて国を出る覚悟だったみたい。
それを思い留まらせたのは、今日から私の夫となる人だった。
控え室のドアが数回ノックされ、「はい」と返事をすると藍色の髪の青年が入って来た。
そして私の姿を見るなり、目を大きく見開いてから優しく微笑んでくれた。
「アンリエッタ……綺麗だ。今まで見てきたどんなものよりも綺麗だ」
「ありがとう、セレスタン様」
「おいおい。俺たちは今日から夫婦になるんだ、その呼び方はやめないか?」
「ふふ……そうだったわね、セレスタン」
そう呼ぶとセレスタンは耐え切れない様子で両腕を広げて私を抱き締めた。
全身を包み込むような体温、香水に混じって仄かに香る彼自身の匂い。幸せが込み上げてきて、視界が涙で滲んだ。
セレスタン。嵐の神に仕える神官の一族の人で、彼とは私が副業で働いていたレストランで出会った。そこで一目惚れされて、私も優しく接してくれるセレスタンに惹かれていった。
だって嵐の神の神官は、私たちと違って高い地位にいる。豪邸で暮らしていて、使用人もたくさん雇えるほどの富もある。そんな人がどうして私を選んでくれたのか分からなくて悩んだ時期もあったけれど、彼と手を取り合って未来へ歩いてくことを決めた。セレスタンの優しさに勇気を与えられたのだ。
嵐の神の神官は他の神官と異なる役目を持っていて、凶暴で強大な力を持つ嵐の神を神殿に封じ込めるために存在する。そんな大事な役目を担っている一族に嫁ぐ。
そのことに不安もあったけど、何があっても乗り越えてみせる。
「私たち、幸せになろうね」
「ああ。……母さんも俺たちを祝福してくれますよね?」
苦虫を噛み潰したような顔をしているお義母様にセレスタンが確認するように聞くと、すぐに笑顔を作って、
「ええ、当たり前じゃない。私の可愛い息子が結婚するんだもの。祝福しないと」
「ありがとう、母さん」
……セレスタンは気付いていない。お義母様が本当は今もこの結婚に反対していることを。セレスタンがいないところでは私に強く当たったり、嫌味を言っていることも。
お義母様の気持ちは私も分かる。嵐の神の神官なら、もっと相応しい相手がたくさんいるから。何度も反対して結局セレスタンに説得されて認めてくれたけれど、私を嫌悪する気持ちは変わらなかった。
だから一日でも早くお義母様に認めてもらえるように、私は頑張らなくちゃ……。
そこにいるのは私のはずなのに、別人を見ているような違和感に思わず笑ってしまう。すると傍らで私を見守っていた女性が口を開いた。
「何を笑っているの、アンリエッタさん? 今から神聖な儀式なんだから、そんな締まりのない表情をしないでちょうだい」
「も、申し訳ありません、お義母様」
我に返って謝ると、女性──今日から私の義母になる人は深く溜め息をついてから目を細めて、
「花の神に仕える神官って頭の中までお花畑なのかしらねぇ……」
面と向かってそう言われてしまい、ぎこちなく笑みを返すのが精一杯だった。
この国では花の神に仕える神官の地位が低い。だってそれは当然のこと。花の神自体が神格が低いとされているから。
人々の暮らしを支え続ける火や水の神に比べると、花を咲かせることしか能のない神なんて……と冷遇されがちだった。だから花の神の神官の一族に生まれると結婚相手を探すのも大変で、他国に逃れる人たちも多い。
私の両親も私の将来を憂いて、全てを捨てて国を出る覚悟だったみたい。
それを思い留まらせたのは、今日から私の夫となる人だった。
控え室のドアが数回ノックされ、「はい」と返事をすると藍色の髪の青年が入って来た。
そして私の姿を見るなり、目を大きく見開いてから優しく微笑んでくれた。
「アンリエッタ……綺麗だ。今まで見てきたどんなものよりも綺麗だ」
「ありがとう、セレスタン様」
「おいおい。俺たちは今日から夫婦になるんだ、その呼び方はやめないか?」
「ふふ……そうだったわね、セレスタン」
そう呼ぶとセレスタンは耐え切れない様子で両腕を広げて私を抱き締めた。
全身を包み込むような体温、香水に混じって仄かに香る彼自身の匂い。幸せが込み上げてきて、視界が涙で滲んだ。
セレスタン。嵐の神に仕える神官の一族の人で、彼とは私が副業で働いていたレストランで出会った。そこで一目惚れされて、私も優しく接してくれるセレスタンに惹かれていった。
だって嵐の神の神官は、私たちと違って高い地位にいる。豪邸で暮らしていて、使用人もたくさん雇えるほどの富もある。そんな人がどうして私を選んでくれたのか分からなくて悩んだ時期もあったけれど、彼と手を取り合って未来へ歩いてくことを決めた。セレスタンの優しさに勇気を与えられたのだ。
嵐の神の神官は他の神官と異なる役目を持っていて、凶暴で強大な力を持つ嵐の神を神殿に封じ込めるために存在する。そんな大事な役目を担っている一族に嫁ぐ。
そのことに不安もあったけど、何があっても乗り越えてみせる。
「私たち、幸せになろうね」
「ああ。……母さんも俺たちを祝福してくれますよね?」
苦虫を噛み潰したような顔をしているお義母様にセレスタンが確認するように聞くと、すぐに笑顔を作って、
「ええ、当たり前じゃない。私の可愛い息子が結婚するんだもの。祝福しないと」
「ありがとう、母さん」
……セレスタンは気付いていない。お義母様が本当は今もこの結婚に反対していることを。セレスタンがいないところでは私に強く当たったり、嫌味を言っていることも。
お義母様の気持ちは私も分かる。嵐の神の神官なら、もっと相応しい相手がたくさんいるから。何度も反対して結局セレスタンに説得されて認めてくれたけれど、私を嫌悪する気持ちは変わらなかった。
だから一日でも早くお義母様に認めてもらえるように、私は頑張らなくちゃ……。
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