上 下
1 / 33

1.結婚

しおりを挟む
 姿見に映っているのは、淡い紅色のウェディングドレスを着た私だった。頭にはベールを着けて、普段なら絶対にしない化粧までして。
 そこにいるのは私のはずなのに、別人を見ているような違和感に思わず笑ってしまう。すると傍らで私を見守っていた女性が口を開いた。

「何を笑っているの、アンリエッタさん? 今から神聖な儀式なんだから、そんな締まりのない表情をしないでちょうだい」
「も、申し訳ありません、お義母様」

 我に返って謝ると、女性──今日から私の義母になる人は深く溜め息をついてから目を細めて、

「花の神に仕える神官って頭の中までお花畑なのかしらねぇ……」

 面と向かってそう言われてしまい、ぎこちなく笑みを返すのが精一杯だった。
 この国では花の神に仕える神官の地位が低い。だってそれは当然のこと。花の神自体が神格が低いとされているから。

 人々の暮らしを支え続ける火や水の神に比べると、花を咲かせることしか能のない神なんて……と冷遇されがちだった。だから花の神の神官の一族に生まれると結婚相手を探すのも大変で、他国に逃れる人たちも多い。
 私の両親も私の将来を憂いて、全てを捨てて国を出る覚悟だったみたい。
 それを思い留まらせたのは、今日から私の夫となる人だった。

 控え室のドアが数回ノックされ、「はい」と返事をすると藍色の髪の青年が入って来た。
 そして私の姿を見るなり、目を大きく見開いてから優しく微笑んでくれた。

「アンリエッタ……綺麗だ。今まで見てきたどんなものよりも綺麗だ」
「ありがとう、セレスタン様」
「おいおい。俺たちは今日から夫婦になるんだ、その呼び方はやめないか?」
「ふふ……そうだったわね、セレスタン」

 そう呼ぶとセレスタンは耐え切れない様子で両腕を広げて私を抱き締めた。
 全身を包み込むような体温、香水に混じって仄かに香る彼自身の匂い。幸せが込み上げてきて、視界が涙で滲んだ。

 セレスタン。嵐の神に仕える神官の一族の人で、彼とは私が副業で働いていたレストランで出会った。そこで一目惚れされて、私も優しく接してくれるセレスタンに惹かれていった。

 だって嵐の神の神官は、私たちと違って高い地位にいる。豪邸で暮らしていて、使用人もたくさん雇えるほどの富もある。そんな人がどうして私を選んでくれたのか分からなくて悩んだ時期もあったけれど、彼と手を取り合って未来へ歩いてくことを決めた。セレスタンの優しさに勇気を与えられたのだ。
 嵐の神の神官は他の神官と異なる役目を持っていて、凶暴で強大な力を持つ嵐の神を神殿に封じ込めるために存在する。そんな大事な役目を担っている一族に嫁ぐ。
 そのことに不安もあったけど、何があっても乗り越えてみせる。

「私たち、幸せになろうね」
「ああ。……母さんも俺たちを祝福してくれますよね?」

 苦虫を噛み潰したような顔をしているお義母様にセレスタンが確認するように聞くと、すぐに笑顔を作って、

「ええ、当たり前じゃない。私の可愛い息子が結婚するんだもの。祝福しないと」
「ありがとう、母さん」

 ……セレスタンは気付いていない。お義母様が本当は今もこの結婚に反対していることを。セレスタンがいないところでは私に強く当たったり、嫌味を言っていることも。
 お義母様の気持ちは私も分かる。嵐の神の神官なら、もっと相応しい相手がたくさんいるから。何度も反対して結局セレスタンに説得されて認めてくれたけれど、私を嫌悪する気持ちは変わらなかった。

 だから一日でも早くお義母様に認めてもらえるように、私は頑張らなくちゃ……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完結】おまえを愛することはない、そう言う夫ですが私もあなたを、全くホントにこれっぽっちも愛せません。

やまぐちこはる
恋愛
エリーシャは夫となったアレンソアにおまえを愛することはないと言われた。 こどもの頃から婚約していたが、嫌いな相手だったのだ。お互いに。 3万文字ほどの作品です。 よろしくお願いします。

遊び人の婚約者に愛想が尽きたので別れ話を切り出したら焦り始めました。

水垣するめ
恋愛
男爵令嬢のリーン・マルグルは男爵家の息子のクリス・シムズと婚約していた。 一年遅れて学園に入学すると、クリスは何人もの恋人を作って浮気していた。 すぐさまクリスの実家へ抗議の手紙を送ったが、全く相手にされなかった。 これに怒ったリーンは、婚約破棄をクリスへと切り出す。 最初は余裕だったクリスは、出した条件を聞くと突然慌てて始める……。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

あなたが私を捨てた夏

豆狸
恋愛
私は、ニコライ陛下が好きでした。彼に恋していました。 幼いころから、それこそ初めて会った瞬間から心を寄せていました。誕生と同時に母君を失った彼を癒すのは私の役目だと自惚れていました。 ずっと彼を見ていた私だから、わかりました。わかってしまったのです。 ──彼は今、恋に落ちたのです。 なろう様でも公開中です。

処理中です...