愛は全てを解決しない

火野村志紀

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9.十年前①(リディア視点)

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 セザール様がいなくなった。
 娘の誕生日の夜に。
 昼過ぎになっても部屋から出てこないので、使用人が見に行くと、室内はもぬけの殻だった。
 金目になりそうなものは、全て持ち出されていた。

 机の上には、「探さないでくれ」という書き置きが残されていた。

「これは逃げましたな」

 特に驚いた様子もなく、家令が言う。

「お逃げになりましたね」

 家政婦長が平淡な声で言う。

「逃げましたわね……」

 私はこめかみを押さえながら、溜め息をつく。

 夫が不審な行動をしていることは、以前から分かっていた。平民向けの酒場に足繁く通い、そのまま明け方まで帰ってこない。
 本人曰く酔い潰れて店内で寝てしまうらしいが、体に纏わり付く甘い香水の香りが彼の嘘を暴いていた。

 追及する気にはなれなかった。
 私とセザール様の夫婦生活は、ほぼ終わりを迎えていた。
 寝室や食事の時間は別々。夫婦揃って夜会に出席しても、 会話はなかった。

 原因は分かっている。
 とある事業に手を出そうとしたセザール様を、止めようとしたのだ。
 どう考えても失敗が目に見えていた。そんなことに大金を注ぎ込めば、どうなることか。
 考え直すように、何度も進言した。
 けれど、

「私のやることに口出しをしないでもらおう」

 そう言って、その事業を強引に推し進めてしまった。
 結果は言うまでもない。デセルバート男爵家の経済状況は悪化した。

「君のせいで、仕事に集中出来なかったんだ」

 あろうことか、セザール様は失敗の責任を私に押し付けた。

 その後他の女性と関係を持ち、恐らくは彼女と駆け落ちをした。
 私たちを残して。

「セザール様……」

 私はテーブルに両肘を立てて、夫の名前を口にした。

「よかったわ。ご自分から出て行ってくださって……!」

 感情がこもった私の呟きに、家令と家政婦長が力強く頷く。
 デセルバート男爵家の当主にして、最大の不良債権。それがセザール様だった。
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