5 / 17
5.アデラ
しおりを挟む
私はソファーから腰を浮かせながら、前妻の名を叫んだ。
「リ、リディア……リディアなのか!?」
「いいえ。私は先ほど申し上げた通り、アデラでございます」
「そんなはずはない! 君は確かに私の……」
「では早速、お話を始めましょうか」
詰め寄ろうとする私の言葉を遮り、アデラはソファーに腰を下ろした。
本当に別人なのだろうか。私も困惑しながらも着席する。
集中しろ。今は、この商談を成功させることだけを考えるんだ。
「……あなたが取り扱っている宝石を拝見してもよろしいでしょうか」
「はい。勿論お持ちしております」
アデラがローテーブルに置いたのは、黒塗りの小箱だった。
ゆっくりと蓋を開けると、小指の爪ほどの大きさをしたダイヤモンドが姿を見せる。
何という神秘的な輝きだ。ありきたりな賞賛の言葉を送ろうとした時、違和感に気付いた。
確かに美しい。しかし、これは……
「もしやこちらは、人工宝石ですか?」
「ええ。私が仕入れる宝石は、その殆どが人の手で作られたものです」
アデラははっきりとした口調で答えた。その態度に、私は僅かに苛立ちを覚える。
「あなたは偽物を販売しているのですか?」
「人工物であることは公表しております。それにこれらは偽物ではなく、れっきとした宝石です」
「だが、本物に比べたら輝きは随分と劣っている。こんなもの、誰も見向きなどしませんよ」
「貴族はそうでしょうね。ですが高価な宝石に手が届かない平民からは、ご好評いただいております」
淡々と切り返すその姿に、忘れかけていた記憶が蘇る。
まだ男爵家にいた頃、私は新しい事業を着手しようとしていた。
しかしリディアは難色を示した。「考え直してください」と口うるさく言われ、精神的に疲弊した私はその事業を
失敗させたのだ。
私を散々苦しめて男爵家の財政難を招いたくせに、新しい人生を歩んでいたのか。
そう考えると、どうしようもなく腹が立った。君のせいで、私は愛人に縋りつく羽目になったというのに。
「……この商談はなしだ。帰ってくれたまえ」
そもそも、こんな粗悪品をうちの商会で販売するわけにはいかない。
私が低い声で言い捨てると、アデラ……いやリディアはほんの少しだけ困った表情を見せた。ほんの少し優越感が芽生える。
「ただし、どうしてもと言うなら考えてやらないことも……」
「いいえ、結構でございます。わざわざお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
小箱を鞄にしまい、リディアが足早に応接室を後にする。私はそれを追いかけようとせず、優雅に紅茶を啜っていた。
これが大きな間違いだった。
「リ、リディア……リディアなのか!?」
「いいえ。私は先ほど申し上げた通り、アデラでございます」
「そんなはずはない! 君は確かに私の……」
「では早速、お話を始めましょうか」
詰め寄ろうとする私の言葉を遮り、アデラはソファーに腰を下ろした。
本当に別人なのだろうか。私も困惑しながらも着席する。
集中しろ。今は、この商談を成功させることだけを考えるんだ。
「……あなたが取り扱っている宝石を拝見してもよろしいでしょうか」
「はい。勿論お持ちしております」
アデラがローテーブルに置いたのは、黒塗りの小箱だった。
ゆっくりと蓋を開けると、小指の爪ほどの大きさをしたダイヤモンドが姿を見せる。
何という神秘的な輝きだ。ありきたりな賞賛の言葉を送ろうとした時、違和感に気付いた。
確かに美しい。しかし、これは……
「もしやこちらは、人工宝石ですか?」
「ええ。私が仕入れる宝石は、その殆どが人の手で作られたものです」
アデラははっきりとした口調で答えた。その態度に、私は僅かに苛立ちを覚える。
「あなたは偽物を販売しているのですか?」
「人工物であることは公表しております。それにこれらは偽物ではなく、れっきとした宝石です」
「だが、本物に比べたら輝きは随分と劣っている。こんなもの、誰も見向きなどしませんよ」
「貴族はそうでしょうね。ですが高価な宝石に手が届かない平民からは、ご好評いただいております」
淡々と切り返すその姿に、忘れかけていた記憶が蘇る。
まだ男爵家にいた頃、私は新しい事業を着手しようとしていた。
しかしリディアは難色を示した。「考え直してください」と口うるさく言われ、精神的に疲弊した私はその事業を
失敗させたのだ。
私を散々苦しめて男爵家の財政難を招いたくせに、新しい人生を歩んでいたのか。
そう考えると、どうしようもなく腹が立った。君のせいで、私は愛人に縋りつく羽目になったというのに。
「……この商談はなしだ。帰ってくれたまえ」
そもそも、こんな粗悪品をうちの商会で販売するわけにはいかない。
私が低い声で言い捨てると、アデラ……いやリディアはほんの少しだけ困った表情を見せた。ほんの少し優越感が芽生える。
「ただし、どうしてもと言うなら考えてやらないことも……」
「いいえ、結構でございます。わざわざお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
小箱を鞄にしまい、リディアが足早に応接室を後にする。私はそれを追いかけようとせず、優雅に紅茶を啜っていた。
これが大きな間違いだった。
232
お気に入りに追加
2,993
あなたにおすすめの小説
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)


妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。
夢草 蝶
恋愛
シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。
どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。
すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──
本編とおまけの二話構成の予定です。

嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。

魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる