愛は全てを解決しない

火野村志紀

文字の大きさ
上 下
3 / 17

3.捜索

しおりを挟む
「どうしたんだ、あんた。大丈夫か?」

 私が呆然と立ち尽くしていると、通りすがりの男が声をかけてきた。
 近隣の住民だろう。彼なら、何か知っているかもしれない。

「ここには、デセルバート家の屋敷があったはずだ。何かあったのか?」
「デセル……ああ、八年前に取り潰しになった男爵家のことかい?」
「八年前に……」

 廃爵となったことは、さして驚きはない。
 だが私がいなくなって、たった二年で潰れるとは思わなかった。
 確かに私は、当主としての責任や重圧から逃げ出した。
 しかし祖父や父が守り続けていたデセルバート男爵家を愛していたのも事実だ。

 せめて五年くらいは持ちこたえて欲しかった。
 リディアや使用人たちの力不足を感じざるを得ない。
 ……いや、私に文句を言う資格などないか。
 私が自己嫌悪を覚えていると、男は嘆息混じりに言葉を続けた。

「しかし酷いご当主だったよ。娘の誕生日の夜に雲隠れしちまったらしい。浮気相手と駆け落ちしたんじゃないかって噂だ。あんな優しくて綺麗な奥さんがいたってのによ」
「そうなのか……」

 話の調子を合わせるが、自分でも声が震えていると分かった。

「……男爵の妻子は、現在どうしているんだ?」
「さあ、俺にも分からんよ。平民としてどこかで暮らしてるんじゃないか?」

 腹の底がひんやりと冷たくなった。
 平民に落ちた貴族の末路などたかが知れている。生きていればマシな方だ。
 会いたい。会って謝らなければ。
 その後も私は聞き込みを続け、どうにか元使用人が現在働いているレストランを突き止めた。

 国内では、名の知れた有名店に辿り着く。かつてデセルバート男爵家の料理人だったマリオは、この店の料理長を勤めていた。
 私が素性を明かし、マリオとの面会を求めると一度は断られた。だがしつこく食い下がると、ようやくマリオが厨房から姿を現す。

「十年ぶりだな。随分と立派になったそうじゃないか」
「……俺に何の用ですか?」

 マリオは冷ややかな声で、そう尋ねた。

「リディアとセレナを探している。何か知らないだろうか?」
「あなたにお話することはありません。どうかお引き取りください」
「ま、待て。私は彼女たちを救いたいんだ!」
「救いたい? 奥様とセレナお嬢様を捨てたくせに、何を今さら」
「だから、その罪を償うためにも……」
「お帰りください。二度と俺の前に姿を見せないでくれ」

 とりつく島もない。一方的に言い募ると、マリオは厨房に戻っていった。
 私は暫しその場から動くことが出来ずにいた。

 しかし私がリディアたちを探し出すことは、誰も望んでいない。むしろ迷惑なのではないだろうか。そう考えると、心が少し軽くなったように思えた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【完結】旦那様は、妻の私よりも平民の愛人を大事にしたいようです

よどら文鳥
恋愛
 貴族のことを全く理解していない旦那様は、愛人を紹介してきました。  どうやら愛人を第二夫人に招き入れたいそうです。  ですが、この国では一夫多妻制があるとはいえ、それは十分に養っていける環境下にある上、貴族同士でしか認められません。  旦那様は貴族とはいえ現状無職ですし、愛人は平民のようです。  現状を整理すると、旦那様と愛人は不倫行為をしているというわけです。  貴族の人間が不倫行為などすれば、この国での処罰は極刑の可能性もあります。  それすら理解せずに堂々と……。  仕方がありません。  旦那様の気持ちはすでに愛人の方に夢中ですし、その願い叶えられるように私も協力致しましょう。  ただし、平和的に叶えられるかは別です。  政略結婚なので、周りのことも考えると離婚は簡単にできません。ならばこれくらいの抵抗は……させていただきますよ?  ですが、周囲からの協力がありまして、離婚に持っていくこともできそうですね。  折角ですので離婚する前に、愛人と旦那様が私たちの作戦に追い詰められているところもじっくりとこの目で見ておこうかと思います。

【完結】おまえを愛することはない、そう言う夫ですが私もあなたを、全くホントにこれっぽっちも愛せません。

やまぐちこはる
恋愛
エリーシャは夫となったアレンソアにおまえを愛することはないと言われた。 こどもの頃から婚約していたが、嫌いな相手だったのだ。お互いに。 3万文字ほどの作品です。 よろしくお願いします。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

「君を愛することはない」の言葉通り、王子は生涯妻だけを愛し抜く。

長岡更紗
恋愛
子どもができない王子と王子妃に、側室が迎えられた話。 *1話目王子妃視点、2話目王子視点、3話目側室視点、4話王視点です。 *不妊の表現があります。許容できない方はブラウザバックをお願いします。 *他サイトにも投稿していまし。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

終わっていた恋、始まっていた愛

しゃーりん
恋愛
結婚を三か月後に控えた侯爵令嬢ソフィアナは、婚約者である第三王子ディオンに結婚できなくなったと告げられた。二つ離れた国の王女に結婚を申し込まれており、国交を考えると受けざるを得ないということだった。ディオンはソフィアナだけを愛すると言い、ソフィアナを抱いた後、国を去った。 やがて妊娠したソフィアナは体面を保つために父の秘書であるルキウスを形だけの夫として結婚した。 それから三年、ディオンが一時帰国すると聞き、ディオンがいなくても幸せに暮らしていることを裏切りではないかと感じたが思い違いをしていたというお話です。

処理中です...