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96.レイスにとって(後)
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リグレット。
最初はブランシェに嵌められた哀れな令嬢という認識だった。
だが一目会って、それだけではないと感じた。
いい意味で貴族らしさがなく、行動的。ブランシェの策略にかかり、泣き寝入りするようなタイプにはとても思えなかった。
もっと彼女のことが知りたい。話してみたい。
ナヴィア修道院の監督役を引き継いだのも、そんな私情からだった。
相手は修道女。しかも何かを隠しているような怪しい人物だ。
それでもリグレットと過ごす時間は心から楽しくて、修道女を辞めさせたいと本気で考えたこともあった。考えただけで、実行には移さなかった。
レイスが惹かれたのは、あの自由奔放さ。
リグレットを自分に縛りつけてしまえば、それがなくなってしまうと思った。
彼女の意思を尊重する。
これがレイスが出した答えだった。
たとえ……恐らくはブランシェと同じ、別の世界からやってきた存在だとしても。
別れを告げなかったのもそのためだ。
彼女の顔を見てしまえば最後、「一緒に来てくれ」と口走ってしまうかもしれない。
そしてお人好しなリグレットのこと。同情して頷くだろう。
それは、それだけは嫌だった。
数時間の旅を終えた列車が、引き攣れた音を立てて停止する。
ようやく辿り着いた異国の地。
行き先はまだ決めていない。グライン家からの援助も断っているので、文字通り一からのスタートとなる。
まあ、なんとかなるだろう。
なるべく楽観的に考えながら駅を出ると、人々が何やら空を見上げていた。
「な、何だあれ?」
「鳥にしては大きいような……」
レイスもつられるようにして、雲一つない青空を仰ぐ。
すると、そこには謎の飛行物体の姿があった。
翼を広げずに空を飛んでいるのだ。
正体を見極めようとしていると、それは徐々に面積を拡大し始めていた。いや違う。こちらへ向かって降下しているではないか。
「ぎゃー! なんかよくわからんけど逃げろーっ!」
「ま、待て! あれ……人間じゃないのか!?」
「本当だ! しかも修道女の格好してる!」
野次馬の言葉を聞きながら、レイスは呆然と見上げ続ける。
空より深い青色の馬に乗った修道女を──
「っしゃあぁっ! グッドタイミング!!」
スライドさせながら馬を着地させると、修道女はやりきった表情で拳をグッと握った。
「リ、リグ、どうして……」
自分は夢でも見ているのだろうか。
喜びよりも、混乱のほうが勝っていた。
上手く言葉を紡げずにいると、修道女は球体状の兜を外しながら困ったように微笑んだ。
「どこかに行く時は、ちゃんと言ってください。あんたが私にそう頼んだ気持ち、なんとなく分かりました。追いかけるのめちゃめちゃ大変でしたよ」
「それは……失礼しました」
「私もレイス様と同じで、国外逃亡組です。修道女のみんなはともかく、どいつもこいつも私のことを聖女聖女連呼してうるさいんで」
「……いいのですか? あなたにはこの先、上級貴族や王族からの縁談が数多く舞い込んで──」
「はいはい」
修道女はむっとした顔で馬から降りると、人差し指をレイスの額にぐりぐりと押しつけた。
「レイス様だって、私が生半可な覚悟でここまで来たわけじゃないって分かっているはずですよ。だったら、さっさと『はい』か『これからもよろしくお願いします』って答えてください」
ずっと兜を被っていたせいか、他に理由があるのか、修道女の頬はうっすらと赤らんでいた。
……どうやらこれは夢ではないらしい。
自分にあまりにも都合がよすぎる現実だった。
「……はい。よろしくお願いします、リグレット様」
そう答えながら手を差し出すと、修道女は笑顔でその手を握り締めた。
最初はブランシェに嵌められた哀れな令嬢という認識だった。
だが一目会って、それだけではないと感じた。
いい意味で貴族らしさがなく、行動的。ブランシェの策略にかかり、泣き寝入りするようなタイプにはとても思えなかった。
もっと彼女のことが知りたい。話してみたい。
ナヴィア修道院の監督役を引き継いだのも、そんな私情からだった。
相手は修道女。しかも何かを隠しているような怪しい人物だ。
それでもリグレットと過ごす時間は心から楽しくて、修道女を辞めさせたいと本気で考えたこともあった。考えただけで、実行には移さなかった。
レイスが惹かれたのは、あの自由奔放さ。
リグレットを自分に縛りつけてしまえば、それがなくなってしまうと思った。
彼女の意思を尊重する。
これがレイスが出した答えだった。
たとえ……恐らくはブランシェと同じ、別の世界からやってきた存在だとしても。
別れを告げなかったのもそのためだ。
彼女の顔を見てしまえば最後、「一緒に来てくれ」と口走ってしまうかもしれない。
そしてお人好しなリグレットのこと。同情して頷くだろう。
それは、それだけは嫌だった。
数時間の旅を終えた列車が、引き攣れた音を立てて停止する。
ようやく辿り着いた異国の地。
行き先はまだ決めていない。グライン家からの援助も断っているので、文字通り一からのスタートとなる。
まあ、なんとかなるだろう。
なるべく楽観的に考えながら駅を出ると、人々が何やら空を見上げていた。
「な、何だあれ?」
「鳥にしては大きいような……」
レイスもつられるようにして、雲一つない青空を仰ぐ。
すると、そこには謎の飛行物体の姿があった。
翼を広げずに空を飛んでいるのだ。
正体を見極めようとしていると、それは徐々に面積を拡大し始めていた。いや違う。こちらへ向かって降下しているではないか。
「ぎゃー! なんかよくわからんけど逃げろーっ!」
「ま、待て! あれ……人間じゃないのか!?」
「本当だ! しかも修道女の格好してる!」
野次馬の言葉を聞きながら、レイスは呆然と見上げ続ける。
空より深い青色の馬に乗った修道女を──
「っしゃあぁっ! グッドタイミング!!」
スライドさせながら馬を着地させると、修道女はやりきった表情で拳をグッと握った。
「リ、リグ、どうして……」
自分は夢でも見ているのだろうか。
喜びよりも、混乱のほうが勝っていた。
上手く言葉を紡げずにいると、修道女は球体状の兜を外しながら困ったように微笑んだ。
「どこかに行く時は、ちゃんと言ってください。あんたが私にそう頼んだ気持ち、なんとなく分かりました。追いかけるのめちゃめちゃ大変でしたよ」
「それは……失礼しました」
「私もレイス様と同じで、国外逃亡組です。修道女のみんなはともかく、どいつもこいつも私のことを聖女聖女連呼してうるさいんで」
「……いいのですか? あなたにはこの先、上級貴族や王族からの縁談が数多く舞い込んで──」
「はいはい」
修道女はむっとした顔で馬から降りると、人差し指をレイスの額にぐりぐりと押しつけた。
「レイス様だって、私が生半可な覚悟でここまで来たわけじゃないって分かっているはずですよ。だったら、さっさと『はい』か『これからもよろしくお願いします』って答えてください」
ずっと兜を被っていたせいか、他に理由があるのか、修道女の頬はうっすらと赤らんでいた。
……どうやらこれは夢ではないらしい。
自分にあまりにも都合がよすぎる現実だった。
「……はい。よろしくお願いします、リグレット様」
そう答えながら手を差し出すと、修道女は笑顔でその手を握り締めた。
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