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95.レイスにとって(前)
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一枚の切符と、車内で食べるためのパン。
それだけを買って列車に乗り込む。
行き先は他国。この国にはもう帰って来ることはないだろう。
発車までにはまだ時間がある。
レイスは手すりに肘をつきながら、プラットホームの様子を窓から眺めていた。
別れを惜しみ、切なそうな表情で抱擁し合う恋人たちの姿が目に留まる。
その光景をぼんやりと見ていると、ふとあの修道女の姿が脳裏を掠めた。
彼女に何も言わずにここまで来たのは、自分のくせに。
そんな未練がましさに、思わず溜め息を漏らす。
「あー、これから長旅とかきついぜ」
「だよなぁ。転移魔法がありゃバビューンってすぐにいけるのによ……」
真後ろの席に座った乗客の会話が聞こえてきた。
魔法か、とぼそりと呟く。
ほんの少し前までは、当たり前のように使っていたもの。
だが今は、使いたくても使えない。
重大なことを失念していたがために、その力を失ってしまったのだ。
魔法というのは神が人々に授けた奇跡そのものと言っても過言ではない。
しかし一つだけ例外がある。
それが闇属性魔法。
人間嫌いの闇の神が生み出したものであり、どれも強力な魔法ばかりだが、大きな欠点がある。
人の命を救うために使ってはならないこと。
その禁を破ってしまえば最後、魔法を闇の神に奪い取られてしまうのだ。
レイスは燃え盛る建物から修道女たちを救い出すため、転移魔法をひたすら使い続けた。
その結果、ただの人間となった。
後悔はしていない。
あの状況下で、彼女たちを迅速に外へ連れ出す方法はあれしかなかったのだ。
しかし魔法を失ったことにより、レイスはさらに大きなものも手放すことになった。
貴族にとって魔法を使えるというのは、それだけで大きなアドバンテージとなる。
神に選ばれた人間の証でもあるからだ。
そして裏を返せば、魔法の喪失は神の怒りに触れたことと同義。
そのような人間が一族から出た場合、速やかに追放するのがこの国の掟だ。
家族は「お前は人間として誇らしいことをした」と、引き留めようとしてくれた。
だがレイスは、自らグライン家を去る選択をした。
神を怒らせた者を追い出さなければ、その家はいずれ滅ぶ。
その言い伝え通り、没落した名家がいくつもあることを知っていたからだ。
このことは家族と一部の使用人しか知らない。
ナヴィアの修道女、特にリグレットだけには絶対に言わないようにと口止めしておいた。
あの兄のことだ。妙な親切心を発揮して、彼女に教えているような気もするが……
ピーッと甲高い汽笛が鳴り響き、列車がゆっくりと走り出す。
規則正しい振動に揺られつつ、レイスは僅かに落胆している自分に気づいた。
もしかしたらリグレットが見送りに来てくれるかもしれないと、淡い期待を抱いていたのである。
そのくらい、リグレットはレイスにとって大きな存在となっていた。
それだけを買って列車に乗り込む。
行き先は他国。この国にはもう帰って来ることはないだろう。
発車までにはまだ時間がある。
レイスは手すりに肘をつきながら、プラットホームの様子を窓から眺めていた。
別れを惜しみ、切なそうな表情で抱擁し合う恋人たちの姿が目に留まる。
その光景をぼんやりと見ていると、ふとあの修道女の姿が脳裏を掠めた。
彼女に何も言わずにここまで来たのは、自分のくせに。
そんな未練がましさに、思わず溜め息を漏らす。
「あー、これから長旅とかきついぜ」
「だよなぁ。転移魔法がありゃバビューンってすぐにいけるのによ……」
真後ろの席に座った乗客の会話が聞こえてきた。
魔法か、とぼそりと呟く。
ほんの少し前までは、当たり前のように使っていたもの。
だが今は、使いたくても使えない。
重大なことを失念していたがために、その力を失ってしまったのだ。
魔法というのは神が人々に授けた奇跡そのものと言っても過言ではない。
しかし一つだけ例外がある。
それが闇属性魔法。
人間嫌いの闇の神が生み出したものであり、どれも強力な魔法ばかりだが、大きな欠点がある。
人の命を救うために使ってはならないこと。
その禁を破ってしまえば最後、魔法を闇の神に奪い取られてしまうのだ。
レイスは燃え盛る建物から修道女たちを救い出すため、転移魔法をひたすら使い続けた。
その結果、ただの人間となった。
後悔はしていない。
あの状況下で、彼女たちを迅速に外へ連れ出す方法はあれしかなかったのだ。
しかし魔法を失ったことにより、レイスはさらに大きなものも手放すことになった。
貴族にとって魔法を使えるというのは、それだけで大きなアドバンテージとなる。
神に選ばれた人間の証でもあるからだ。
そして裏を返せば、魔法の喪失は神の怒りに触れたことと同義。
そのような人間が一族から出た場合、速やかに追放するのがこの国の掟だ。
家族は「お前は人間として誇らしいことをした」と、引き留めようとしてくれた。
だがレイスは、自らグライン家を去る選択をした。
神を怒らせた者を追い出さなければ、その家はいずれ滅ぶ。
その言い伝え通り、没落した名家がいくつもあることを知っていたからだ。
このことは家族と一部の使用人しか知らない。
ナヴィアの修道女、特にリグレットだけには絶対に言わないようにと口止めしておいた。
あの兄のことだ。妙な親切心を発揮して、彼女に教えているような気もするが……
ピーッと甲高い汽笛が鳴り響き、列車がゆっくりと走り出す。
規則正しい振動に揺られつつ、レイスは僅かに落胆している自分に気づいた。
もしかしたらリグレットが見送りに来てくれるかもしれないと、淡い期待を抱いていたのである。
そのくらい、リグレットはレイスにとって大きな存在となっていた。
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