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85.新事実

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 レイスが転移魔法を使うと、視界がぐにゃりと歪んで浮遊感に襲われた。とても便利な魔法だけれど、この車酔いにも似た感覚はどうにも慣れない。
 で、視界が正常に戻ると、目の前には貴族の屋敷があった。何も言われなくても私はここがどこなのか知っている。リグレットの記憶が教えてくれた。
 キューギスト侯爵邸……ブランシェの自宅だ。

「……えらいことになってませんか?」
「ええ。随分と気合が入ってますね」

 キューギスト邸は厳戒態勢真っ只中だった。これにはレイスも苦笑い。
 城から派遣されたと思われる兵士たちに包囲され、外は野次馬と化した御近所さん方で賑わっている。何か現世でもニュースとかドラマでよく見た光景だな……。
 と、兵士に紛れて見知った人物を発見した。

「レイス様、あそこにいるのテオドール様じゃないですか?」
「あれ、本当だ。来るなんて行ってなかったと思うのですが」

 気になったのか、レイスがテオドールに声をかけに行く。

「兄上、どうしてこちらへ?」
「レイス? お前こそ……それに聖女も一緒か」

 テオドールも驚いて目を丸くしている。お互い知らなかったらしい。

「なるほど。聖女も命を狙われていたそうだからな」
「聖女? その口ぶりだとリグレット様以外にも、誰かが狙われたように聞こえますけれど……」
「……それについてはまだ聞かされていないのか」

 勿体ぶらずに早く教えておくれよ、兄ちゃん。そう思っていると、

「レイス、お前は聖鐘祭の夜に公爵令嬢に毒殺されかけただろう。あのクッキーに混入されていた毒もブランシェが提供した疑いが持たれている」

 !?

「毒をどこから調達したのか、ずっと泣いているか拗ねて話そうとしなかった公爵令嬢だが、昨晩ようやく白状したようでな。事件を起こす数日前に匿名で届いた手紙の中に入っていたらしい。庭に埋めて隠していた手紙を掘り起こして調べた結果、それもブランシェが送ったものだそうだ」
「……そうですか」

 困っている。レイスが反応に困っている。そりゃ自分の毒殺未遂事件にも関わっていると突然判明しちゃったんだもんな。
 そしてブランシェ……もう悪役令嬢を通り越して、もはやただの犯罪者じゃないか。しかも直接手を下さないで他人にやらせるの、エグすぎんか? 手紙のせいであっさりバレる辺り、詰めが甘いけれど。

 今、兵士たちがキューギスト侯爵に事情を説明して、ブランシェを連行しようとしているそうなので私たちは屋敷の外で待つこと。
 するとテオドールが口を開いて、

「……先日のエレナック村で魔物が暴れた際、アントワネットという修道女が襲われたそうだが」
「あ、はい。だけどリーゼから貰ったブレスレットを着けていたから、助かったと言いますか……」

 私を殺すためのアイテムで命が助かった。複雑なり。
 私の話を聞くとテオドールは、何故か視線を彷徨わせながら「……そうか。だったらいいのだが」と小声で言った。
 もしかしたら、アントワネットの正体に気づいている? と疑惑を抱いていると、

「実はアントワネット様、とある方にそっくりでして。僕も最初見た時は驚きました」
「へ、へぇ~」
「何度か食事をご一緒させていただいてましたから、よく覚えています。……その方とはもう会えないと思いますが、アントワネット様には幸せに生きていて欲しいのです」

 気づいているのかいないのか分からないな。ただ気づいた上で、アントワネットをそっとしてくれるのはありがたい。
 そういえばイレネー、アントワネットに色々言われたことも国王に話すんだろうか。何かヤバそうだと思っていると、数人の兵士がキューギスト邸から出てきた。
 あれ、ブランシェは?

「大変です! 屋敷中どこを探してもブランシェ嬢が見つかりません……!」

 おいおいおいおい!
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