上 下
82 / 96

82.正体

しおりを挟む
「仰っている意味がよく分からないのですけれど?」

 どうにか平静を保ちながら尋ねてみると、イレネーは穏やかな表情で持論を展開し始めた。

「俺は君に酷いことをしてしまった。この罪を君の傍で償いたいと考えているんだ」
「いえいえ、うちにはレイス様がいるので結構です」
「レイスにはナヴィア修道院から手を引いてもらう。彼も君のことは随分と気に入っているようだが、先に君を愛したのは俺のほうじゃないか」
「……レイス様があなたの要求を受け入れるとは到底思えません」

 あの温厚そうに見えて、意外と我が強いところがあるレイスが自分の仕事をこの馬鹿に譲るはずがない。
 それはイレネーも理解しているのか、表情を変えずに「君の言う通りだ」と頷いた。

「彼はグライン公爵の息子という立場にいるからか、融通が利かないところがある。……だから彼を納得させるためにも、リグレットには俺の味方になってもらいたいんだ。君の言葉ならレイスも耳を傾けてくれるかもしれない」
「そんなこと、突然言われても困るのですが?」
「……突然じゃない」

 と、イレネーは眉間に皺を寄せた。

「君に手紙を送っているし、何の返事もないから何度も修道院を訪れていた」
「えっ」

 そんなもん初耳だった。
 私のリアクションを見てイレネーは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「手紙は院長とやらがさっさと処分していたようだし、君に会いたいと言っても修道女たちに阻止されていたんだ」
「ああ……」

 もしかしたら最近修道女たちがいなくなっていたのは、イレネーを撃退してくれていたからか。

「俺はリグレットの元婚約者だと何度言っても、聞く耳を持ってくれない。特にあの灰色の髪の修道女……どこの家の娘かは知らないが、先程も『あなたはリグレット様のことを抜きにしても、私たちにとっての敵です』と言ってきた」
「…………」
「リグレット? 聞いているのか?」
「いえ、一応は聞いています。ですけれど、あなたにはアデーレ元院長の件もありますから敵意を剥き出しにされるのは当然では……」
「アデーレの不正に目を瞑ったのは俺だけじゃないはずだ!」

 こ、こいつ……。まったく反省してないじゃないか!!
 こんなトチ狂ったことを言い出したのも、単なる点数稼ぎのために決まっている。私に未練があるとか、罪を償いたいとかじゃなくて、自分の株を上げたいだけだろう。
 おいおい、リグレット。何でこんな奴に惚れちゃったんだよ……?

「だから我慢の限界を迎えて今日は強引に押し入ったのだが、それが功を奏したよ。こうして君に再会することができた」
「はぁ……」
「だから君からレイスや修道女たちに何とか言ってくれないか? 君だって、再び俺とよりを戻した……」
「無理無理。勘弁してください」

 最期まで言わせるか。少し雑な言い方で言葉を被せれば、イレネーが目を見張った。が、わざとらしく悲しげな表情を作って、私の手を握り締めてきた。

「な、何がダメなんだ? 君のためなら何だって直す。だから俺を捨てないでくれ。聖女として目覚めたんだろ……?」
「ええい、いい加減にしろ! 気持ち悪いんじゃ!!」

 敬語を使う気もなくなってしまい、叫びながらイレネーの手を振り解いた。
 捨てるわ! こんな奴の面倒を見なくちゃいけないんだったら、お前も聖女の評判も捨てるわ!!
 ついにキレた私をイレネーは呆然と見ていたけれど、みるみるうちに剣呑な顔つきに変わっていった。

「どうしてだ……かつての君だったら、俺の言うことを素直に聞いてくれたじゃないか……」
「そりゃ今の私は以前の私じゃないんで。分かったら、とっとと帰れ」
「前に面会した時も、聖鐘祭で会った時も思っていたが、あの弱々しく儚かったリグレットじゃない。……別人だ! お前は聖女じゃなくて、リグレットの中に入り込んだ魔物だ!」
「ああん!?」

 自分の要求を断られたら逆切れかい。
 私だって大概な性格をしているけれど、こいつよりはマシだと公言できる自信がある。
 どうしてくれよう、この男。私の心の中のマウンテンゴリラが雄叫びを上げた時だった。

「仮にリグレット様の正体が魔物だったとしても、あなたはそれ以下の生き物ですよ、イレネー様」
 
 この声は……。
 私が背後を振り向こうとするより先に、イレネーが頬を引き攣らせながらその名を呼んだ。

「レ、レイス……」



しおりを挟む
感想 429

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

処理中です...