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82.正体
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「仰っている意味がよく分からないのですけれど?」
どうにか平静を保ちながら尋ねてみると、イレネーは穏やかな表情で持論を展開し始めた。
「俺は君に酷いことをしてしまった。この罪を君の傍で償いたいと考えているんだ」
「いえいえ、うちにはレイス様がいるので結構です」
「レイスにはナヴィア修道院から手を引いてもらう。彼も君のことは随分と気に入っているようだが、先に君を愛したのは俺のほうじゃないか」
「……レイス様があなたの要求を受け入れるとは到底思えません」
あの温厚そうに見えて、意外と我が強いところがあるレイスが自分の仕事をこの馬鹿に譲るはずがない。
それはイレネーも理解しているのか、表情を変えずに「君の言う通りだ」と頷いた。
「彼はグライン公爵の息子という立場にいるからか、融通が利かないところがある。……だから彼を納得させるためにも、リグレットには俺の味方になってもらいたいんだ。君の言葉ならレイスも耳を傾けてくれるかもしれない」
「そんなこと、突然言われても困るのですが?」
「……突然じゃない」
と、イレネーは眉間に皺を寄せた。
「君に手紙を送っているし、何の返事もないから何度も修道院を訪れていた」
「えっ」
そんなもん初耳だった。
私のリアクションを見てイレネーは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「手紙は院長とやらがさっさと処分していたようだし、君に会いたいと言っても修道女たちに阻止されていたんだ」
「ああ……」
もしかしたら最近修道女たちがいなくなっていたのは、イレネーを撃退してくれていたからか。
「俺はリグレットの元婚約者だと何度言っても、聞く耳を持ってくれない。特にあの灰色の髪の修道女……どこの家の娘かは知らないが、先程も『あなたはリグレット様のことを抜きにしても、私たちにとっての敵です』と言ってきた」
「…………」
「リグレット? 聞いているのか?」
「いえ、一応は聞いています。ですけれど、あなたにはアデーレ元院長の件もありますから敵意を剥き出しにされるのは当然では……」
「アデーレの不正に目を瞑ったのは俺だけじゃないはずだ!」
こ、こいつ……。まったく反省してないじゃないか!!
こんなトチ狂ったことを言い出したのも、単なる点数稼ぎのために決まっている。私に未練があるとか、罪を償いたいとかじゃなくて、自分の株を上げたいだけだろう。
おいおい、リグレット。何でこんな奴に惚れちゃったんだよ……?
「だから我慢の限界を迎えて今日は強引に押し入ったのだが、それが功を奏したよ。こうして君に再会することができた」
「はぁ……」
「だから君からレイスや修道女たちに何とか言ってくれないか? 君だって、再び俺とよりを戻した……」
「無理無理。勘弁してください」
最期まで言わせるか。少し雑な言い方で言葉を被せれば、イレネーが目を見張った。が、わざとらしく悲しげな表情を作って、私の手を握り締めてきた。
「な、何がダメなんだ? 君のためなら何だって直す。だから俺を捨てないでくれ。聖女として目覚めたんだろ……?」
「ええい、いい加減にしろ! 気持ち悪いんじゃ!!」
敬語を使う気もなくなってしまい、叫びながらイレネーの手を振り解いた。
捨てるわ! こんな奴の面倒を見なくちゃいけないんだったら、お前も聖女の評判も捨てるわ!!
ついにキレた私をイレネーは呆然と見ていたけれど、みるみるうちに剣呑な顔つきに変わっていった。
「どうしてだ……かつての君だったら、俺の言うことを素直に聞いてくれたじゃないか……」
「そりゃ今の私は以前の私じゃないんで。分かったら、とっとと帰れ」
「前に面会した時も、聖鐘祭で会った時も思っていたが、あの弱々しく儚かったリグレットじゃない。……別人だ! お前は聖女じゃなくて、リグレットの中に入り込んだ魔物だ!」
「ああん!?」
自分の要求を断られたら逆切れかい。
私だって大概な性格をしているけれど、こいつよりはマシだと公言できる自信がある。
どうしてくれよう、この男。私の心の中のマウンテンゴリラが雄叫びを上げた時だった。
「仮にリグレット様の正体が魔物だったとしても、あなたはそれ以下の生き物ですよ、イレネー様」
この声は……。
私が背後を振り向こうとするより先に、イレネーが頬を引き攣らせながらその名を呼んだ。
「レ、レイス……」
どうにか平静を保ちながら尋ねてみると、イレネーは穏やかな表情で持論を展開し始めた。
「俺は君に酷いことをしてしまった。この罪を君の傍で償いたいと考えているんだ」
「いえいえ、うちにはレイス様がいるので結構です」
「レイスにはナヴィア修道院から手を引いてもらう。彼も君のことは随分と気に入っているようだが、先に君を愛したのは俺のほうじゃないか」
「……レイス様があなたの要求を受け入れるとは到底思えません」
あの温厚そうに見えて、意外と我が強いところがあるレイスが自分の仕事をこの馬鹿に譲るはずがない。
それはイレネーも理解しているのか、表情を変えずに「君の言う通りだ」と頷いた。
「彼はグライン公爵の息子という立場にいるからか、融通が利かないところがある。……だから彼を納得させるためにも、リグレットには俺の味方になってもらいたいんだ。君の言葉ならレイスも耳を傾けてくれるかもしれない」
「そんなこと、突然言われても困るのですが?」
「……突然じゃない」
と、イレネーは眉間に皺を寄せた。
「君に手紙を送っているし、何の返事もないから何度も修道院を訪れていた」
「えっ」
そんなもん初耳だった。
私のリアクションを見てイレネーは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「手紙は院長とやらがさっさと処分していたようだし、君に会いたいと言っても修道女たちに阻止されていたんだ」
「ああ……」
もしかしたら最近修道女たちがいなくなっていたのは、イレネーを撃退してくれていたからか。
「俺はリグレットの元婚約者だと何度言っても、聞く耳を持ってくれない。特にあの灰色の髪の修道女……どこの家の娘かは知らないが、先程も『あなたはリグレット様のことを抜きにしても、私たちにとっての敵です』と言ってきた」
「…………」
「リグレット? 聞いているのか?」
「いえ、一応は聞いています。ですけれど、あなたにはアデーレ元院長の件もありますから敵意を剥き出しにされるのは当然では……」
「アデーレの不正に目を瞑ったのは俺だけじゃないはずだ!」
こ、こいつ……。まったく反省してないじゃないか!!
こんなトチ狂ったことを言い出したのも、単なる点数稼ぎのために決まっている。私に未練があるとか、罪を償いたいとかじゃなくて、自分の株を上げたいだけだろう。
おいおい、リグレット。何でこんな奴に惚れちゃったんだよ……?
「だから我慢の限界を迎えて今日は強引に押し入ったのだが、それが功を奏したよ。こうして君に再会することができた」
「はぁ……」
「だから君からレイスや修道女たちに何とか言ってくれないか? 君だって、再び俺とよりを戻した……」
「無理無理。勘弁してください」
最期まで言わせるか。少し雑な言い方で言葉を被せれば、イレネーが目を見張った。が、わざとらしく悲しげな表情を作って、私の手を握り締めてきた。
「な、何がダメなんだ? 君のためなら何だって直す。だから俺を捨てないでくれ。聖女として目覚めたんだろ……?」
「ええい、いい加減にしろ! 気持ち悪いんじゃ!!」
敬語を使う気もなくなってしまい、叫びながらイレネーの手を振り解いた。
捨てるわ! こんな奴の面倒を見なくちゃいけないんだったら、お前も聖女の評判も捨てるわ!!
ついにキレた私をイレネーは呆然と見ていたけれど、みるみるうちに剣呑な顔つきに変わっていった。
「どうしてだ……かつての君だったら、俺の言うことを素直に聞いてくれたじゃないか……」
「そりゃ今の私は以前の私じゃないんで。分かったら、とっとと帰れ」
「前に面会した時も、聖鐘祭で会った時も思っていたが、あの弱々しく儚かったリグレットじゃない。……別人だ! お前は聖女じゃなくて、リグレットの中に入り込んだ魔物だ!」
「ああん!?」
自分の要求を断られたら逆切れかい。
私だって大概な性格をしているけれど、こいつよりはマシだと公言できる自信がある。
どうしてくれよう、この男。私の心の中のマウンテンゴリラが雄叫びを上げた時だった。
「仮にリグレット様の正体が魔物だったとしても、あなたはそれ以下の生き物ですよ、イレネー様」
この声は……。
私が背後を振り向こうとするより先に、イレネーが頬を引き攣らせながらその名を呼んだ。
「レ、レイス……」
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