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76.アントワネットにとって(中)

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「王妃陛下がアリス殿下のお命を狙っております。私を含め複数の人間に大金を渡して、暗殺を要求してきました……」

 一人の兵士による密告は国の上層部を震撼させた。アリスを嫌っていると言えども、まさか命を奪うことまではしないだろうと考えていた。
 だがアリスに対する彼女たちの嫉妬心や敵意は、殺意に変貌していたのである。

 すぐに二人を逮捕するべきだと声が挙がった。しかし国王はまだ証拠が足りないとして、敢えて暗殺計画を実行させることにした。
 もちろん、アリスを殺させるわけにはいかない。本人はグライン公爵が経営している修道院に素性を隠して『アントワネット』として送られ、アリスが乗っていると偽った馬車を走らせた。
 すると野盗に扮した兵士たちが馬車を取り囲み、一斉に襲いかかった。だが乗車していたのは国王直属の近衛兵数人だった。

 兵士たちはすぐさま捕縛され、その後の捜査によって王妃と第一王女がアリス暗殺を企てていたことが確定した。
 しかし公ではアリスが野盗に殺されたと発表し、それを信じた王妃と第一王女は歓喜した。第一王女に至ってはアリスの婚約者だった騎士を誘惑しようと、下着姿で彼の寝室で待ち構えていたが、その格好のままで兵士たちに捕縛された。離宮で優雅に紅茶を飲んでいた王妃も同様に。

 言い逃れのできない証拠を突きつけられて二人は犯行を認めたが、その言い分はあまりにも自分勝手なものだった。
「アリスにいつも見下されて悔しかった」、「アリスさえいなかったら、あの騎士は自分を選んでいたはず」、「姉なのにアリスといつも比べられる娘が可哀想だった」など。
 その報告を受けた国王は、即座に二人の処刑を決めた。
 ジュリアンも止めなかった。彼にはアリスが生きていると知らされておらず、理不尽な理由で妹を奪われた怒りを内に秘めていたのだ。

 こうして王妃と第一王女もとい、愚かな悪女二人は露と消えた。
 公式では服毒自殺だったと発表されていたが、実際は噂通り毒を飲むように強要されて死亡した。
 そして強要したのはアリスの婚約者であり、彼が自ら志願した。愛する人を失った悲しみが、青年を冷徹な騎士に変えたのだ。

 事件は二人が死んでも終わらなかった。
 アリス生存説が流れると、王妃たちを支持していた少数派が「自分たちが哀れな王妃と王女の望みを叶えてみせる」と宣言したのだ。それは堂々とした殺害予告でもあった。
 愛すべきたった一人の娘を守るため、悪女どもを妄信する人々を排除するため、国王はあらゆる手を使った。



 アリスが事の顛末を知ったのは、ナヴィア修道院にやって来てから一年が経とうとしていた頃だった。家族と称して面会にやって来た文官から渡された手紙に、全てが書かれていたのだ。

 アントワネットは頭を抱えながら泣き叫んだ。
 自分のせいで、母と姉が死んだ。
 自分のせいで、母と姉を信じた者たちが罪人となった。
 自分のせいで、父や兄、愛する人に恐ろしい選択をさせてしまった。

 だが何よりもアントワネットを苦しめたのは、ほんの少しでも母と姉の死を喜んでしまったという事実だった。

「何が……悪女よ……」

 二人が悪女だと言うのなら、自分だってそう呼ばれる人間だ。
 もう二度と『アリス』には戻れない。そんな資格はない。たとえ多くの人間がそれを望んだとしても、『アントワネット』として、この地で生きて死ぬだけだ。
 それだけが自分ができる唯一の償いだろう。


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