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61.最初の客

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 エレナック村に到着すると、広場には大量の屋台が設置されていた。バザーに参加する人たちのために、村人が準備してくれたのだとか。私たちは商品を並べるだけで済むので、大変ありがたい。
 そして既にうち以外の修道院の売り子も集まっていた。予想はしていたものの、どこも同じような見た目の修道服だ。胸元に花の刺繍がされているところもあるけれど。

 レーズンは小さな紙袋に詰めた状態で売ることになった。
 その紙袋も無地&地味なものではなく、水玉模様とか花柄とか黒地に星の絵が描かれたものなど数種類用意した。
 ちなみにデザインしたのはクラリス。テーブルクロスやカーテンを作った経験もあるらしく、ノリノリで考えてくれた。

「金庫は盗難を防ぐために奥に置きましょう。それから商品以外にも、葡萄をこのように並べておくと明るい雰囲気になるかと」

 メロディがてきぱきと動いて、商品や葡萄をテーブルに配置していく。ただ無造作に置いておくよりもお洒落感があって、売る側もワクワクしてきた。

 アントワネット、クラリス、メロディ。この三人、修道女のままにしておくには勿体ないポテンシャルを秘めている。
 それに比べて私は何だ。料理と畑仕事が得意なだけで、特殊なスキルなど持ち合わせていない。これでは他者より秀でた才能もなく、現状維持が精一杯な平社員ではないか。
 何度挑戦しても昇格試験に合格できず、心を病んで退職した友人もこんな焦燥感と絶望を味わったのだろう。こんな体たらくでは、私の最重要ミッションである国外脱出も実現するかどうか。

 歯痒い思いを抱える中、バザーの開始を告げるラッパの音が響き渡った。いつまでも悩んでも仕方ないので、今は目の前のことを一生懸命頑張ろう。

 ぞろぞろと広場を訪れる客たち。他国からも大勢来ているそうなので、すごい人数だ。年末年始の神社とかビックサイトみたいなことになっている。
 さあ、どこからでもかかって来い。うちの店に来たら最後。絶対にレーズンを買わせてやるぞと気合いを入れていると、

「やあ。葡萄を乾燥させたレーズンを売っているというお店はここかな?」

 金髪碧眼の美青年にして、水属性魔法の使い手。最凶ヤンデレ王子ジュリアンが護衛兵を率いてやって来た。
 いや、お前は来ないで欲しかった。何で最初の客として来るんだよ。
 さらに、

「わぁ~、紙袋可愛い! どれも欲しくなっちゃう……っ!」

 ジュリアンの隣に、ヤンデレ吸引機ことリーゼまでおる。しかもジュリアンと腕まで組んで。
 ジュリアンか? ジュリアンルートを選んだのか? だがジュリアンルートで、エレナック村なんて出てこなかったはず……。
 私が訝しむ中、二人は楽しそうに会話を始めた。

「いいよ、リーゼ。全部買ってあげる」
「えっ、だ、駄目ですよそんなの! 申し訳ないです!」
「気にしないで。私は君の笑顔が見たいんだ」
「ジュリアン様……」

 すっかりリーゼにベタ惚れだなと、冷ややかにそのやり取りを眺めていた時だった。ふとこちらに視線を向けたジュリアンの青い目が大きく見開く。
 レーズンでも私でもなく、その後ろにあるものを凝視している。

「……アリス?」

 そんな名前の子はうちにはおらんぞ。と思っていたら、

「どうしちゃったんですか、アントワネット様~!?」

 クラリスの言葉を無視してアントワネットがどこかへ走り出してしまい、

「待ってくれ、アリス!」

 ジュリアンも走り出す。仲良く腕を組んでいたリーゼを荒々しく引き剥がして。
 取り残されたリーゼの顔が『無』になっている。彼女も何が起こったのか、よく分かっていないっぽい。
 護衛兵は護衛兵で、人混みの中に消えていったジュリアンを慌てて追いかけていった。

「………………」
「………………」


 え、何これ……。

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