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59.紺色の薔薇
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グライン公爵家兄弟に、ざわつくナヴィア修道院。レイスが来るのはいつものことだけれど、まさか兄までやって来るとは。
豆鉄砲を喰らったくるっぽー状態になっていると、院長がパン! と手を強く叩いた。その音でハッと我に返る。
「さあ、シスターリグレット。テオドール様に作業の流れを詳しく説明してあげて!」
「は、はい」
まあ協力してくれるというのなら、全力でそれに甘えるのがいいだろう。
そう思ってテオドールに近づこうとすると、何か大きめのものを突き出された。
これは……紺色の薔薇の花束? 花を包み込んでいるラッピングペーパーは薄ピンク色で、可愛らしさがある。
「土産だ」
「ありがとうございます……」
受け取ると、ふわりと上品な花の香りが鼻腔に広がった。
食堂にでも飾ろうかなと思っていると、テオドールは私の顔をじっと見詰めて、
「できれば君の自室に飾ってはくれないだろうか」
「私の部屋にですか? それは全然構いませんけれど」
「そうしてくれると助かる。君をイメージして開発した薔薇だからな」
「ヒェッ」
君にぴったりな薔薇を選んだとかなら分かる。それもまあ、充分重みを感じさせるけれど。
でも開発って何だ。重みの中にチラチラと狂気が垣間見える。流石は攻略キャラ。
しかし渡す相手を間違えてはいないだろうか。ここはリーゼだろ。聖鐘祭でベルもらったのでは?
「……兄上、リグレット様が誤解しているようですよ」
ずいっ、と私とテオドールの間にレイスが割って入った。笑みを浮かべてはいるものの、声が刺々しいし兄を睨みつけている。
「あくまで先日僕を救い、我が国の医学が進歩するきっかけを作ってくださったことへのお礼でしょう? それにその薔薇も、医師団体の要望を受けた薔薇育種家が開発したものではありませんか」
「お前は何を怒っているんだ。俺はシスターリグレットに恋情など抱いてはいないぞ」
「でしたら、誤解されるような言動はお控えください」
「レ、レイス様落ち着いてください。私は誤解していませんから」
私のせいで兄弟間に亀裂ができてしまうのは避けたい。というより、薔薇(しかも私をイメージして開発されたもの)を突然渡されて、ときめくような思考回路は持ち合わせていないので安心していただきたい。
早くこの話題を掻き消さなければと、私は強引に説明に入った。
「今日テオドール様にお願いしたいのは、葡萄に熱風を当てて水分を抜く作業なのです」
「院長から概ねの話は聞いていたが、君は随分と面白いことを考えるな」
「出来上がったレーズンはとても美味しいので、楽しみにしていてください」
「だそうだ、レイス」
「……リグレット様がそう仰るのであれば」
テオドールに話を振られ、怒りが若干鎮火したらしいレイスが頷く。
さて、アントワネットのことも紹介しないと……と思っていると、何故か引き攣った表情で隅っこにいる彼女を発見した。人慣れしていない猫のようになっている。
「アントワネット様?」
「はい……」
どうしたどうした。二人が来る前までは、張り切っていた様子だったのに。
すると、アントワネットに気づいたテオドールとレイスが「ん?」と怪訝そうな顔をした。
「リグレット様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
小声でレイスが私に話しかける。
「彼女は本当に『アントワネット』という名前なのですか?」
「え? はい。アントワネット様はアントワネット様ですよ」
「そう……ですか。いえ、変なことを聞いてしまいました。ただの人違いだったようです」
とレイスは笑って誤魔化しているけれど、テオドールはじっとアントワネットを観察している。
そのアントワネットは気まずそうに視線を逸らしている。
この微妙は雰囲気は一体。
豆鉄砲を喰らったくるっぽー状態になっていると、院長がパン! と手を強く叩いた。その音でハッと我に返る。
「さあ、シスターリグレット。テオドール様に作業の流れを詳しく説明してあげて!」
「は、はい」
まあ協力してくれるというのなら、全力でそれに甘えるのがいいだろう。
そう思ってテオドールに近づこうとすると、何か大きめのものを突き出された。
これは……紺色の薔薇の花束? 花を包み込んでいるラッピングペーパーは薄ピンク色で、可愛らしさがある。
「土産だ」
「ありがとうございます……」
受け取ると、ふわりと上品な花の香りが鼻腔に広がった。
食堂にでも飾ろうかなと思っていると、テオドールは私の顔をじっと見詰めて、
「できれば君の自室に飾ってはくれないだろうか」
「私の部屋にですか? それは全然構いませんけれど」
「そうしてくれると助かる。君をイメージして開発した薔薇だからな」
「ヒェッ」
君にぴったりな薔薇を選んだとかなら分かる。それもまあ、充分重みを感じさせるけれど。
でも開発って何だ。重みの中にチラチラと狂気が垣間見える。流石は攻略キャラ。
しかし渡す相手を間違えてはいないだろうか。ここはリーゼだろ。聖鐘祭でベルもらったのでは?
「……兄上、リグレット様が誤解しているようですよ」
ずいっ、と私とテオドールの間にレイスが割って入った。笑みを浮かべてはいるものの、声が刺々しいし兄を睨みつけている。
「あくまで先日僕を救い、我が国の医学が進歩するきっかけを作ってくださったことへのお礼でしょう? それにその薔薇も、医師団体の要望を受けた薔薇育種家が開発したものではありませんか」
「お前は何を怒っているんだ。俺はシスターリグレットに恋情など抱いてはいないぞ」
「でしたら、誤解されるような言動はお控えください」
「レ、レイス様落ち着いてください。私は誤解していませんから」
私のせいで兄弟間に亀裂ができてしまうのは避けたい。というより、薔薇(しかも私をイメージして開発されたもの)を突然渡されて、ときめくような思考回路は持ち合わせていないので安心していただきたい。
早くこの話題を掻き消さなければと、私は強引に説明に入った。
「今日テオドール様にお願いしたいのは、葡萄に熱風を当てて水分を抜く作業なのです」
「院長から概ねの話は聞いていたが、君は随分と面白いことを考えるな」
「出来上がったレーズンはとても美味しいので、楽しみにしていてください」
「だそうだ、レイス」
「……リグレット様がそう仰るのであれば」
テオドールに話を振られ、怒りが若干鎮火したらしいレイスが頷く。
さて、アントワネットのことも紹介しないと……と思っていると、何故か引き攣った表情で隅っこにいる彼女を発見した。人慣れしていない猫のようになっている。
「アントワネット様?」
「はい……」
どうしたどうした。二人が来る前までは、張り切っていた様子だったのに。
すると、アントワネットに気づいたテオドールとレイスが「ん?」と怪訝そうな顔をした。
「リグレット様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
小声でレイスが私に話しかける。
「彼女は本当に『アントワネット』という名前なのですか?」
「え? はい。アントワネット様はアントワネット様ですよ」
「そう……ですか。いえ、変なことを聞いてしまいました。ただの人違いだったようです」
とレイスは笑って誤魔化しているけれど、テオドールはじっとアントワネットを観察している。
そのアントワネットは気まずそうに視線を逸らしている。
この微妙は雰囲気は一体。
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