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35.テオドール

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 敗走する四人を見ていてスッキリしているくせに、胸の奥で痛みも感じている。
 多分前者は私個人の感情で、後者はリグレットの思いなのだろう。彼女はどれだけ虐げられていても、あんな連中でも家族として見ていたし、愛していたのだと思う。
 自分のことしか考えていないような家族なんて、さっさと捨ててしまえばいいのに。それができず、依存してしまう人間はリグレット以外にもたくさんいるのだが。

「……あの家はもう駄目かもしれませんね」

 レイスが少し呆れたように言葉を放った。

「グライン家の人間にあんな態度を取ったのです。他の貴族からは距離を取られて孤立するでしょうね。商人たちも取引を停止するのでは?」
「それはいいんですけれど……」
「何か?」
「あんなことを言ってしまって大丈夫なんですか……?」

 レイスは私のことを「今はまだ」大事な友人と言った。大量の目撃者がいるこの場で。
 男爵家への牽制が目的だろうが、まさか堂々と宣言するとは。
 レイスは私の言う「あんなこと」が何かすぐに思い至ったらしく、若い女の子が喜びそうな甘い笑みを浮かべた。

「あなたにとっての敵は男爵家でしたが、僕にとっての敵は大勢いますからね。一種の宣戦布告のようなものです」
「敵……? 宣戦布告……?」

 形の綺麗な唇から物騒な単語がポンポン出てきた。
 ……本当に、どうしてこの青年は私なんかにご執心なのだろう。
 心底分からんと首を傾げていた時だ。一人の青年がこちらに近付いて来た。

「レイス、彼女がナヴィア修道院の聖女か?」

 レイスに似た顔立ちと燃えるような深紅の髪。
 公爵家の長男にしてレイスの兄、そして『夜の彼方で君を待つ』のメインヒーローであるテオドールだ。
 火属性魔法の達人なのだが、国全体を焼き払うバッドエンディングが存在している。

「はい。リグレット様には先日お世話になっていますから。その礼としてお誘いしました」
「そうか。……だが、あまり悪目立ち行動は控えろ。敵を増やすだけだ」

 弟に対するものとは思えない冷めた声と眼差しだ。
 テオドールは私に対しても、

「君の境遇には同情する。だが、公爵家の手玉に取ったからといって、いい気になるな」

 と言い放ってどこかへ去っていく。
 ゲーム通りのクールな性格だなと思っていると、「すみません」とレイスに謝られた。

「僕とあなたが修道院の不正を暴いたせいで、父の部下の中には無能の烙印を押された者もいます。あなたの元婚約者で兄上のご友人であるイレネー様もその一人なんですよ。だから僕たちが気に入らないのでしょう」
「……私にはそれだけじゃないように見えましたが」
「そうでしょうか?」
「レイス様を心配しているようでしたよ。私がレイス様を利用するんじゃないかって警戒していた気もしますし」

 私がそう言うと、レイスは目を丸くした。
 それからすぐに笑いながら、

「そんなことはありませんよ。兄は昔から僕のことを嫌っていて、僕が何か成果を上げると渋い顔をしていましたから」
「………….…」

 けれどレイスが毒殺された時、誰よりもその死を悲しんだのはテオドールなのだ。
 だから冷たく当たっているのは何か事情があると思うのだが。

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