上 下
34 / 96

34.元家族

しおりを挟む
「リグレット嬢、この方々は?」

 レイスがどこかわざとらしく私に尋ねた。

「……私の家族です」
「何言ってんのよ、あんたみたいな不細工、私たちの家族じゃないわ!」
「そうよ。それと修道院にいるはずのあんたが、どうしてレイス様と一緒にいるのか説明しなさい!」

 目を吊り上げ、私を問い質す姉二人の気持ちはよく理解できる。
 今まで見下していた妹が公爵家の人間と行動しているのだ。平静ではいられないのだろう。
 苦い表情をしている両親と一緒にいたところを見るに、恐らくはまだ婚約者もいない状態だ。
 両親は娘たちの美貌なら「侯爵クラス以上の貴族と結婚できる!」と鼻息を荒くし、本人たちもそれを信じていたが現実はそう甘くはない。
 たかが美人なだけで、上級貴族が男爵家に振り向いてくれると思ったら大違いだ。それに多くの貴族がいる場で実の妹に詰問するような女なんて、誰が嫁にしたいと思うか。

「それはリグレット嬢が僕の大切な友人だからですよ」

 私を庇うようにレイスがそう答えると、家族たちはあからさまに安堵の表情を見せた。
 婚約者、と言われるとでも思っていたのだろうか。現在の私は修道女なのだが。
 そして、父親がとんでもないことを言い出した。

「では今度、グライン邸を訪れてもよろしいでしょうか?」
「訪れても……? どなたがですか?」
「勿論、私たちの娘たちです。どちらもこのように大変見目がよく、以前からレイス様とじっくりお話してみたいと言っていたのです」

 この親父、リグレットわたしと婚約しているわけじゃないと知るや否や……。
 姉たちも私を押しのけて、レイスの両隣に立った。力が強かったせいで私は床に尻餅をついたわけだが、当然無視。

「私、レイス様とこうしてお近づきになれるなんて夢みたいです!」
「これからよろしくお願いしますね、レイス様!」

 意識して作った甘ったるい声で誘惑しようとしている姿を見て、思わず苦笑い。
 絶好のチャンスとばかりに頑張っているなぁと感心していると、

「ああ、失礼しました。リグレット嬢のことについて訂正を」

 姉たちの間からするりと抜け出して、レイスが起き上がろうとする私に手を差し伸べる。

「彼女は今はまだ・・・・僕の大切な友人です。……この意味、分かりますよね?」

 私をまっすぐ見詰めながらの言葉に、家族全員が息を詰まらせたのが分かった。

「へ、へぇ~、確かにリグレットって性格悪いですもんねぇ。ずっとお友達を続けるのは疲れるでしょう?」
「おい、よせ……!」

 姉の一人が諦めきれず、そんなことを言って父親に制止の言葉をかけられた。
 が、時既に遅し。レイスは口元を吊り上げながら、青ざめている家族を見回した。

「こんな簡単なことも分からないようなら、親しくするのは難しいですね。ご自分と同じレベルの男性を探していただけますか?」
「は、はい……」

 姉その1脱落。

「それに妹を突き飛ばしておいて謝りもしない人とは関わりたくありません」
「う……っ」

 姉その2も脱落。
 しかしレイスはまだ気が済まないのか、父親にも矛先を向けた。

「そもそも、何故リグレット嬢と仲良くしているというだけで、あなたのお嬢様方がうちの屋敷を訪れていいと思われたのでしょう?」
「リ、リグレットは家族の一員です。つまり、私たちとグライン公爵家が親密な仲になったも同然で……」
「おや、先程お嬢様方のどちらかが仰ったと思いますが。『私たちの家族じゃない』と」
「あれはリグレットへの嫉妬で、つい頭に血が上ってしまっただけです!」
「でしたら、その時に娘を諌めようとしなかったのはどうしてでしょうね?」

 何を言っても無駄と悟ったのか、父親もついには黙り込んでしまった。
 すると、これまで沈黙していた母親がレイスを憎らしげに睨みつけた。

「あ……あなた、公爵の息子だからって調子に乗るんじゃ──」

 だが、母親は気づいたらしい。自分たちが注目の的になっていることを。
 ある者は冷ややかな表情で、またある者は見世物を楽しむような笑みを浮かべて視線を向けていた。ひそひそと内緒話をしているグループもある。
 こんな大勢がいる前で、公爵家の人間に失礼な態度を取ったのだ。当然の反応だろう。

 魚のように口をパクパク開閉を繰り返す母親に、笑みを深くしたレイスが言い放つ。

「僕も父上も、リグレット嬢のことは気に入っているんです。もしまた彼女にちょっかいをかけるのなら……」
「も、申し訳ありませんでした。二度とこのようなことはいたしませんので……!」

 レイスが言い終わらないうちに、父親が固まっている姉たちの手を引いてホールから逃げ去っていく。母親もそれに続く。
 姉たちは余程怖かったのか、目に涙を浮かべていた。
しおりを挟む
感想 429

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

処理中です...