25 / 96
25.一ヶ月後
しおりを挟む
私がリグレットになり、ナヴィア修道院で暮らすようになってから早一ヶ月。
本日の夕食係は私だ。本日は野菜が大量に収穫できたので、それをフルに使いたいと人参を引っこ抜きながら考えていた。
そして多めに配給してもらった牛乳を使ったホワイトシチューと、トマトを大量に使ったラタトゥイユ、それといつもの黒いパンという献立になった。
流石にシチューのルー的なのはなかったけれど、コンソメの素さえあればどうにかなる。
ちなみに数日に一度の配給で届けてもらった食材で生モノ系は、冷蔵庫にしまうことにしている。
冷蔵庫と言っても私のよく知るコンセント一つで稼働するものではなく、魔法の力で作った氷の箱的なものだ。言わば空洞になった氷の塊なので、中身をすぐに確認することができるのはかなり便利である。
「シスターリグレット、本日の夕飯は何でしょう?」
厨房の様子を見にきた温厚そうなおばあさんは、アデーレの代わりにやってきた新しい院長だ。
元は他国のエメリーア教修道院にいたそうだけれど、ナヴィア修道院の事件を聞いてこちらに移ったのだ。
修道女歴六十年の大御所とあって警戒していたものの、物腰柔らかく誠実な性格だと分かって皆胸を撫で下ろした。
「牛乳が手に入ったので、ホワイトシチューを作ってみました」
「まぁっ、あんな手の込んだものも作れてしまうの?」
「意外と簡単に作れてしまうんですよ」
「あら~、そうなのね。あら~」
と言ったままそこから動かない院長。鍋へ向けられる熱視線。
「……よろしければ、味見していかれますか?」
「いいの? 何だか皆さんに申しわけないわねぇ」
口では謝っているのだが、ウキウキした様子が隠しきれていない。
スープをよそった小皿を渡すと、院長は息を吹きかけながらゆっくりと口をつけて、
「美味しいわぁ……とっても優しい味がする」
「ありがとうございます。ラタトゥイユも作りますので、楽しみにしていてくださいね」
「ふふ、楽しみだわ。私がいた修道院もお料理上手な方はいたけれど、こういうスープは作れなかったの」
アデーレたちは私たちと一緒に食事をせず、いつもあの隠し部屋で毎日業勢な料理を食べていた。
おばちゃん修道女に街まで行かせて、男娼の手配をするついでに惣菜を買わせていたのだとか。道理で食堂には若い修道女しかいなかったわけである。
ちなみにナヴィア修道院から追い出されたアデーレたちは、全員強制労働所行きとなった。
本人たちは禁固刑に処してくれと嘆願したものの、聞き入れられることはなかった。
使い込んだ金を返済し終わっても、死ぬまで働かされることが決定したそうな。
修道女として一番やってはいけないことをしてしまったのだから、残念でもないし当然だろう。
とまあ三、四十代という人生まだまだこれからなのに、全てを失ったアデーレたち。
その顛末を知っているのは修道院では私だけだ。他の子は「他国の厳格な修道院に移された」とだけ説明を受けている。
で、私に本当のことを教えてくれたのは──、
「これだけ美味しいご飯なら、きっとレイス子息も喜んでくださるわね」
「そう……だといいのですけれど」
私は乾いた笑みを浮かべた。
レイスはグライン公爵に働きぶりを認めてもらい、ナヴィア修道院の監督役に就くことになった。公爵の部下から仕事を横取りしたことになり、当然彼らからの反感を買った。
しかしアデーレのやらかしを見逃して、修道院を一つ潰そうとした失態を叱責されてはぐうの音も出ない。この件で公爵からの信用も失う羽目になった。ましてや娼館送りを容認していたわけで。
監督役になった関係で、レイスは決して多くない頻度ではあるが、修道院を訪れるようになった。
だが、いつ来るのか予想することは容易だった。
大方、院長から当番表の写しをもらっているのだろう。
私が食事係の時に彼は必ずやって来る。
本日の夕食係は私だ。本日は野菜が大量に収穫できたので、それをフルに使いたいと人参を引っこ抜きながら考えていた。
そして多めに配給してもらった牛乳を使ったホワイトシチューと、トマトを大量に使ったラタトゥイユ、それといつもの黒いパンという献立になった。
流石にシチューのルー的なのはなかったけれど、コンソメの素さえあればどうにかなる。
ちなみに数日に一度の配給で届けてもらった食材で生モノ系は、冷蔵庫にしまうことにしている。
冷蔵庫と言っても私のよく知るコンセント一つで稼働するものではなく、魔法の力で作った氷の箱的なものだ。言わば空洞になった氷の塊なので、中身をすぐに確認することができるのはかなり便利である。
「シスターリグレット、本日の夕飯は何でしょう?」
厨房の様子を見にきた温厚そうなおばあさんは、アデーレの代わりにやってきた新しい院長だ。
元は他国のエメリーア教修道院にいたそうだけれど、ナヴィア修道院の事件を聞いてこちらに移ったのだ。
修道女歴六十年の大御所とあって警戒していたものの、物腰柔らかく誠実な性格だと分かって皆胸を撫で下ろした。
「牛乳が手に入ったので、ホワイトシチューを作ってみました」
「まぁっ、あんな手の込んだものも作れてしまうの?」
「意外と簡単に作れてしまうんですよ」
「あら~、そうなのね。あら~」
と言ったままそこから動かない院長。鍋へ向けられる熱視線。
「……よろしければ、味見していかれますか?」
「いいの? 何だか皆さんに申しわけないわねぇ」
口では謝っているのだが、ウキウキした様子が隠しきれていない。
スープをよそった小皿を渡すと、院長は息を吹きかけながらゆっくりと口をつけて、
「美味しいわぁ……とっても優しい味がする」
「ありがとうございます。ラタトゥイユも作りますので、楽しみにしていてくださいね」
「ふふ、楽しみだわ。私がいた修道院もお料理上手な方はいたけれど、こういうスープは作れなかったの」
アデーレたちは私たちと一緒に食事をせず、いつもあの隠し部屋で毎日業勢な料理を食べていた。
おばちゃん修道女に街まで行かせて、男娼の手配をするついでに惣菜を買わせていたのだとか。道理で食堂には若い修道女しかいなかったわけである。
ちなみにナヴィア修道院から追い出されたアデーレたちは、全員強制労働所行きとなった。
本人たちは禁固刑に処してくれと嘆願したものの、聞き入れられることはなかった。
使い込んだ金を返済し終わっても、死ぬまで働かされることが決定したそうな。
修道女として一番やってはいけないことをしてしまったのだから、残念でもないし当然だろう。
とまあ三、四十代という人生まだまだこれからなのに、全てを失ったアデーレたち。
その顛末を知っているのは修道院では私だけだ。他の子は「他国の厳格な修道院に移された」とだけ説明を受けている。
で、私に本当のことを教えてくれたのは──、
「これだけ美味しいご飯なら、きっとレイス子息も喜んでくださるわね」
「そう……だといいのですけれど」
私は乾いた笑みを浮かべた。
レイスはグライン公爵に働きぶりを認めてもらい、ナヴィア修道院の監督役に就くことになった。公爵の部下から仕事を横取りしたことになり、当然彼らからの反感を買った。
しかしアデーレのやらかしを見逃して、修道院を一つ潰そうとした失態を叱責されてはぐうの音も出ない。この件で公爵からの信用も失う羽目になった。ましてや娼館送りを容認していたわけで。
監督役になった関係で、レイスは決して多くない頻度ではあるが、修道院を訪れるようになった。
だが、いつ来るのか予想することは容易だった。
大方、院長から当番表の写しをもらっているのだろう。
私が食事係の時に彼は必ずやって来る。
81
お気に入りに追加
5,496
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m
転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜
矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】
公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。
この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。
小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。
だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。
どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。
それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――?
*異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。
*「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる