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21.疲れた

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 レイスの様子を見た公爵は目を瞬かせた。

「珍しいな、レイス。お前が自分から異性に触れるなど」
「はい。リグレット嬢は大事な協力者でしたから。それに、とても魅力的な女性です」

 公爵に説明するレイスの声には、湿度の高い熱が込められていた。しかも私の体を支える腕の力も強まった。
 公爵も息子の異変を察知したのか、表情を固くする。

「待て、レイス。彼女は修道女だぞ。いや、そもそもリグレットと言えば、確かブランシェ嬢の──」
「いいえ。後ほど詳しく説明しますが、リグレット嬢は無実の罪でこの地にやって来たのです。にも拘わらず、悲観することなく清く正しく生きようとする。そんな生き方に僕は強い好感を抱きました」
「無実? リグレット嬢、それは本当かね?」
「私のことはお構いなく。身も心も修道女として生きることを決めましたので……」

 公爵に聞かれ、私は両手を握り締めて渾身の慈愛スマイルを決めた。社交界に帰還する流れを阻止しなければ……。
 見た目は修道女、中身は農家の女から何を感じ取ったのか、公爵は眩しいものを見るように目を細めた。

「君がそう言うのであれば、私からとやかく口を出すのはやめよう」
「ありがとうございます、公爵様」
「だが、一つだけ……」
「公爵様?」
「レイスは大の女性嫌いでな。だが、君にはごく自然に接する。親としては、その姿にどうしても期待してしまうのだよ」

 公爵の眼差しと視線が私に訴えている。
 うちの息子と付き合ってくれよ、と。

 ふわっと脳裏によぎる前世の記憶。
 近所のおばあさんが突然我が家にきたかと思えば、五十歳の引きこもり息子の話をし始めた時のやつだ。「しっかり者のお嫁さんがいてくれれば……」だの、「うちの息子ちゃんは女の人に優しいのよ」と言いながら、何度も私をチラチラ意味深な視線を送るおばあさん。
 あれよりは全然マシというか、ニートのおっさんと比べるのが申し訳ないくらいだが、勘弁願いたい。公爵ファミリーの一員になったら、ヒロインと接触する恐れがある。
 ヒロインを虐めたとか難癖をつけられて、誰かにサックリられる未来が容易に想像できてしまう。

「父上、リグレット嬢が困っていますよ」

 と言いつつ、レイスは私にぐっと顔を近づけた。長い睫毛にサファイアブルーの瞳。まっすぐ通った鼻梁にほどよくふっくらとした唇。
 流石攻略キャラの弟。とにかく顔がいいと観察していると、

「では、まずは友人から始めましょうか」

 友人、から?
 はて幻聴だろうか。私が硬直していると、レイスは一歩後ろを下がって優雅な動作で一礼した。釣られるように私もお辞儀をする。

「協力してくださったお礼は、近々いたしますね」

 最後にそう言い残して、レイスは兵士たちへ何かを指示しに向かった。
 公爵が何かを言いたげに視線を向けてくるので、首を傾げながら微笑んで察しの悪い振りをしておいた。

 夜明けまではまだ遠く、頭上を見上げれば満天の星空が広がっている。
 滅茶苦茶疲れた。焼き肉をガツガツ食いながらビールが飲みたい。
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