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19.カトラリー

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「ブヘェッ」

 男は鼻血を噴き出しながら、床に倒れ込んだ。気絶したらしく、苦しそうに呻くだけで起き上がろうとしない。手加減するのを忘れて本気のキックを喰らわせてしまったが、これはまあ正当防衛ということで。
 それよりメロディだ。どこも怪我をしている様子はないけれど、私の叫びを間近で聞いても目を覚まさない。

「薬で眠らされていますね」

 メロディを一目して、レイスが言った。深刻そうな物言いではないので、多分どうにかできるのだろう。ほっと一安心するものの、これでは終わりではない。

「リグレット!? しかも、そっちにいるのは……!」

 アデーレは顔面蒼白だった。他の修道女も男たちも、同じような表情をしている。
 ん? 今私が倒した奴以外にも、男がちらほらいるのはどういうことだ。メロディを抱き抱えながら首を傾げる私をよそに、レイスは口元を吊り上げて言葉を放った。

「ちょうど男娼の方々も招待していた日だったんですね、アデーレ院長。最高のタイミングで助かりました」
「レ、レイス様? これには深い事情がありまして……」
「事情? ナヴィア修道院が信仰するエメリーア神の教えの中に、肉食や酒を完全に禁ずる規律は存在しません。ですが、これは明らかに度を超えています。おまけに男を連れ込んで、享楽に耽る……これでもご自分は清貧、貞淑を守っているとお思いで?」
「う、うぅ……」

 決して高圧的ではない、むしろ穏やかに語りかけるような口調だからこそ余計に恐怖を感じるのか、アデーレの顔色が悪くなっていく。よく見れば小刻みに震える指には、大粒の宝石をあしらった指輪が填められていた。あの状態で殴ったら、そこそこのダメージを与えられそう。
 他の修道女も高そうなアクセサリーを身につけていて、まるで悪い修道女の見本市にでも迷い込んだかのようだ。
 あまりにも酷い絵面に呆れていると、アデーレは側にあった鞭を掴み、あろうことかレイスを叩こうとした。

「こんなところを見たあんたたちが悪いよ、レイス子息!」
「いいえ、悪いのはあなたです」

 ご乱心アデーレの一撃は、レイスには届かなかった。距離的な問題ではない。鞭が飴細工のように溶けてしまったのだ。一瞬何が起こったか分からなかったが、魔法を使ったのだろう。
 鞭おばさんの鞭が溶けて、ただのおばさんと化したアデーレは青ざめた顔で、壁を掌で叩いた。
 するとその真横に、人一人分通れるほどの通路が出現した。
 ……逃げる気か!

「無駄なことを……」
「あいつらぁ……!」
「リグレット嬢?」

 私たちを散々怯えさせて、好き勝手して、いざとなったら逃げるなんて許さない。
 私は怒りに任せて、テーブルに置かれたカトラリーを掴み、

「逃がすかぁぁぁ!」

 我先にと脱出路に殺到する連中へ、次々と投げつけた。狙いはケツ

「ギャアッ!」
「ウグッ!」
「アウッ!」

 全て命中。結構痛かったらしく、全員臀部を押さえて座り込んでしまう。
 命中率の高さは私の前世での趣味がダーツだったおかげとして、やけに攻撃力が高いのは何故だ。どいつもこいつも、痔に苦しんでいる人のようなポーズになっている。
 ナイフやフォークが刺さらないように持つ方を向けて投げたんだが?

「痛いっ! 痛いぃぃぃっ!」

 アデーレに至っては絶対に逃さんと三本も当てたせいか、うつ伏せの状態で陸に打ち上げられた魚のようにビチビチと跳ねることしかできない。
 その様子を見たレイスが口を開く。

「もしや、このカトラリーはシャワル銀製なのかもしれません」
「シャワル……?」

 どこかで聞いた名前だなと引っ掛かり、思い出した。
 このゲーム世界に存在する鉱山の名前だ。そこで採掘される銀は光属性の魔力を宿していて、希少性が高い。魔を打ち祓う効果もあるとして、聖職者や上級貴族が好んで加工品を使用すると言われている。

「……だからアデーレたちが受ける痛みも強いってことですか?」
「銀からも悪人認定されちゃいましたね」

 これにはレイスもにっこり。
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