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4.食堂
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部屋が大体綺麗になったところで、先程の三人娘とは別の若い修道女から、夕飯の時間なので食堂に来るように言われた。
この修道院では5時、12時、18時の三回食事の時間がある。
ただ壁時計を確認すると、まだ17時半にもなっていない。
「食事前に三十分、神に祈りを捧げるのです。それに本日は皆さんにあなたを紹介しなければなりません。早めに食堂に行きましょうね」
そういうところは修道院っぽいと思っていると、修道女が少し驚いた表情で室内を見回している。
「……これでも大分綺麗にしたつもりでしたけれど、まだ汚れているでしょうか?」
「いいえ、とんでもない。たった半日でこれだけ掃除を終えたのはあなたが初めてです、シスターリグレット」
「だってそうしないと、気持ちよく眠れませんし」
安眠は最優先事項の一つ。
そのためにも綺麗な部屋が必要だ。
けれど修道女は私の答えに苦笑いを浮かべて、
「そうは思っていても、ここへ送られてきた者のほとんどは掃除など初めてですから。二、三日かけて行うので初日は埃まみれの部屋か、今のような時季なら野外で眠るかのどちらかです。ちなみに私は後者でした」
そういえばリグレットも自分の部屋を掃除したことがないと、彼女の記憶が教えてくれた。
身の回りの世話は全て使用人の仕事。
肩身の狭い思いをしていた三女でさえ、そのような暮らしをしていたので、貴族全般がそんなものなのだろう。
食堂に辿り着くと、そこには長いテーブルが何台も置かれていて、既に修道女がずらりと着席していた。
どうやら私たちで最後のようだ。新入りが初日からこの体たらく。事前に何も聞かされていなかったせいなので、今晩だけは大目に見てもらいたい。
しかし明るい食事の時間なのに、雰囲気が完全にお通夜だ。皆、沈痛の面持ちである。
「さあ、ご挨拶を」
ここまで案内してくれた修道女に促され、私は簡単に自己紹介をすることにした。
「リグレットと申します。皆様よろしくお願いいたします」
お辞儀してから顔を上げて見回すと、数秒前と同じ光景が広がっていた。
時が止まってんのか? と疑いたくなるほど、どいつもこいつも微動だにしない。「変な名前」だとか「ブスは引っ込んでろ」等のコメントが飛び交う学校の教室に比べればマシだが、気まずさを感じる。
そもそも、誰も私に興味がないようでは?
「リグレット、あなたの席はそちらです」
修道女が視線を向けたのは、食堂の入口に一番近い席。
座ろうとすると、椅子の上に黒い何かが散らばっていることに気づく。
羽虫の死骸である。私の周りに座っている女たちが、こちらの様子を窺っていた。
その口元がピクピク震えているのを、私は見逃さなかった。
おっ、これが新入りイビりというものか。
私は椅子を傾けて羽虫を床に落とすと、何事もなかったかのように座った。
誰かが息を呑む音が聞こえてきたが、それも無視。
農家の女が虫如きで怯えると思ったか。いやまあ、今の私は無力な男爵家の三女なのだけれど。
きっちり三十分神様にお祈りし終わると、ようやく夕飯が運ばれて来た。
断面が茶色いパンと、野菜がたっぷり入ったスープ、それから黒炭。黒炭?
パンは固くてやや酸味がある。まあ外国のパンはこんなものだろう。
野菜スープはスープとは名ばかりの、切った野菜をお湯にぶちこんだだけの一品だった。しかも切り方が雑。玉ねぎの皮や人参のヘタまで混じっている。
自然の恵みに感謝して丸ごと食せということか。しかし周りを見てみると、皆野菜には殆ど手をつけていなかった。煮込み時間が足りていないようで、食べられるはずの部分も固くて苦い。
炭の正体は丸焦げ魚だ。味付けがされていないのか、苦みと臭みだけがひたすら襲ってくる。
食事でこんなものが出されるのだ。皆、沈んだ表情で食堂で待機していたのも頷ける。
この修道院では5時、12時、18時の三回食事の時間がある。
ただ壁時計を確認すると、まだ17時半にもなっていない。
「食事前に三十分、神に祈りを捧げるのです。それに本日は皆さんにあなたを紹介しなければなりません。早めに食堂に行きましょうね」
そういうところは修道院っぽいと思っていると、修道女が少し驚いた表情で室内を見回している。
「……これでも大分綺麗にしたつもりでしたけれど、まだ汚れているでしょうか?」
「いいえ、とんでもない。たった半日でこれだけ掃除を終えたのはあなたが初めてです、シスターリグレット」
「だってそうしないと、気持ちよく眠れませんし」
安眠は最優先事項の一つ。
そのためにも綺麗な部屋が必要だ。
けれど修道女は私の答えに苦笑いを浮かべて、
「そうは思っていても、ここへ送られてきた者のほとんどは掃除など初めてですから。二、三日かけて行うので初日は埃まみれの部屋か、今のような時季なら野外で眠るかのどちらかです。ちなみに私は後者でした」
そういえばリグレットも自分の部屋を掃除したことがないと、彼女の記憶が教えてくれた。
身の回りの世話は全て使用人の仕事。
肩身の狭い思いをしていた三女でさえ、そのような暮らしをしていたので、貴族全般がそんなものなのだろう。
食堂に辿り着くと、そこには長いテーブルが何台も置かれていて、既に修道女がずらりと着席していた。
どうやら私たちで最後のようだ。新入りが初日からこの体たらく。事前に何も聞かされていなかったせいなので、今晩だけは大目に見てもらいたい。
しかし明るい食事の時間なのに、雰囲気が完全にお通夜だ。皆、沈痛の面持ちである。
「さあ、ご挨拶を」
ここまで案内してくれた修道女に促され、私は簡単に自己紹介をすることにした。
「リグレットと申します。皆様よろしくお願いいたします」
お辞儀してから顔を上げて見回すと、数秒前と同じ光景が広がっていた。
時が止まってんのか? と疑いたくなるほど、どいつもこいつも微動だにしない。「変な名前」だとか「ブスは引っ込んでろ」等のコメントが飛び交う学校の教室に比べればマシだが、気まずさを感じる。
そもそも、誰も私に興味がないようでは?
「リグレット、あなたの席はそちらです」
修道女が視線を向けたのは、食堂の入口に一番近い席。
座ろうとすると、椅子の上に黒い何かが散らばっていることに気づく。
羽虫の死骸である。私の周りに座っている女たちが、こちらの様子を窺っていた。
その口元がピクピク震えているのを、私は見逃さなかった。
おっ、これが新入りイビりというものか。
私は椅子を傾けて羽虫を床に落とすと、何事もなかったかのように座った。
誰かが息を呑む音が聞こえてきたが、それも無視。
農家の女が虫如きで怯えると思ったか。いやまあ、今の私は無力な男爵家の三女なのだけれど。
きっちり三十分神様にお祈りし終わると、ようやく夕飯が運ばれて来た。
断面が茶色いパンと、野菜がたっぷり入ったスープ、それから黒炭。黒炭?
パンは固くてやや酸味がある。まあ外国のパンはこんなものだろう。
野菜スープはスープとは名ばかりの、切った野菜をお湯にぶちこんだだけの一品だった。しかも切り方が雑。玉ねぎの皮や人参のヘタまで混じっている。
自然の恵みに感謝して丸ごと食せということか。しかし周りを見てみると、皆野菜には殆ど手をつけていなかった。煮込み時間が足りていないようで、食べられるはずの部分も固くて苦い。
炭の正体は丸焦げ魚だ。味付けがされていないのか、苦みと臭みだけがひたすら襲ってくる。
食事でこんなものが出されるのだ。皆、沈んだ表情で食堂で待機していたのも頷ける。
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