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1.修道院

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「リグレット……君は何ということをしたんだ! そんな女だとは思わなかったぞ!」

 この世界で一番愛している人に、なじられることほど辛いものはありません。
 失望、怒り、悲しみ。色々なものが宿った眼差しを向けられ、私は声を張り上げて何度も叫びました。
 違います、私はこんなことしていません、と。

 だけど、身の潔白を訴えても信じてはくれませんでした。
 嘘をつくなと、睨まれるだけ。
 私の婚約者はもう私の味方ではなくなっていたのです。
 私ではなく、『彼女』を抱き締めていました。

「リグレット嬢をあまり怒らないでくださいまし、イレネー様。彼女にも何か事情があったのだと思いますわ……!」
「何を言っているんだ、ブランシェ。私の婚約者は、君を精神的に追い詰めて孤立させようとしていたんだぞ……!」

 私は侯爵令嬢であるブランシェ様の醜聞を社交界に広め、彼女が貴族令嬢として生きていけなくなるように企てた。
 類稀なる美貌を持ち、清らかな心の持ち主である彼女に、どうしようもなく嫉妬してしまったから。
 ブランシェ様は男爵家の三女として生まれた私にも優しくしてくれた。その優しさがいつからか、どうしようもなく煩わしいと感じるようになった。
 だから『ブランシェ嬢は男漁りを愉しむ最低な女』という噂を耳にして、それを積極的に広めた。
 ──ということになっていました。

 私は何も知りません。自分に優しくしてくれるブランシェ様を本当に慕っていました。
 だから妙な噂が流れ始めてからも、彼女を信じていたのに。

 婚約者のイレネー様の屋敷に呼ばれたかと思えば、そこにはブランシェ様の姿もあって、ありもしない自分の罪が暴かれていきました。

「リグレット、お前との婚約は破棄させてもらう!」

 イレネー様と別れる?
 そんなの嫌だと抗議すれば、冷たい顔をした使用人たちによって屋敷から追い出されてしまいました。



 社交界の華と謳われるブランシェ様を陥れようとした私の処罰はすぐに決定しました。
 両親も、二人の姉も私の行いを激しく責め立てました。
 私の言葉に耳なんて傾けてくれません。
 そして姉の一人が蔑みの口調で言い放ったのです。

「こいつ、修道院に送っちゃいましょうよ。うちに置いてても邪魔なだけだし、娘にそこまでの厳罰を与えたってことで、我が家の体裁も保てるじゃない?」

 修道院。
 軽犯罪を犯した貴族女性が送られる場所です。
 一度そこに入れられたら最後、二度と社交界には戻って来ることはできません。
 毎日ひたすら労働と祈りを繰り返すばかりで、娯楽などは一切与えられず、やがて心を病むそうです。

「そうだな……リグレットを庇い立てする利点がない以上、あそこに押しつけた方が色々と楽だな」
「うちには可愛い娘がもう二人もいるんだもの。一人くらい減っても困ることはないわね」

 姉の言葉に同意する両親に絶望しました。が、何となくこうなる気がしていたのも確かです。
 母の言う通り、三女の私がいなくなってもこの家は何も変わりません。
 ブランシェ様に負けず劣らずの美女である姉二人がいるのですから。



 数日後、私は山奥に連れて行かれました。
 そこにぽつりと佇む白い建物が、今日から私が暮らすナヴィア修道院。
 予想していたよりも清潔感のある外装を見詰めていると、何故かズキズキと頭が痛み出しました。
 座り込んでしまいそうになるくらいの激痛に、目に涙が滲みます。
 けれどその場に蹲っていても誰も助けてはくれないと、我慢しながら木でできた扉を開きます。

「ようこそ、ナヴィア修道院へ。今日からあなたはこの地で、あがないの日々を送ることとなるのです」

 待っていたのは数人の修道女。
 全員四十代でしょうか。慈愛溢れる笑みで出迎えてくれたことに私は安堵します。
 けれど、

「では早速、そこに座りなさいな。この私があなたの体にべっとりと付着した穢れを叩き落としてあげましょう」

 真ん中に立っていた修道女が指差したのは床でした。
 私に拒否権はないので、言う通り彼女の目の前に腰を下ろします。
 そこでその修道女が黒い鞭を手にしていることに気づきました。

「修道女様……!?」
「私のことはアデーレ院長とお呼びなさい。……ふふ、安心なさい。あなた以外の修道女も入る時は同じ痛みを味わったのですから」

 アデーレと名乗った女性がうっそりと目を細めて笑う姿に、私は恐怖で呼吸を震わせました。
 修道院において体罰は禁止事項の一つとされています。
 なのに、アデーレ院長以外の修道女も私を見守るだけで、誰も止めようとしてくれません。

「あ……あぁ……!」

 頭痛もさらに激しさを増すなか、アデーレは無慈悲に私へと鞭を振り下ろしました。
 右肩を叩かれて焼けるような痛みと、頭痛を吹き飛ばすほどの衝撃に襲われ、私は悲鳴を上げました。

「いやぁぁぁぁっ!」
「素晴らしい悲鳴ですね。さあ、あと九回残っていますよ」

 これをあと九回も受けなければならない?
 痛みで死んでしまうかもしれない。いや、死んでしまいます。
 私は涙を流しながらもうやめて欲しいと懇願しましたが、無情にも鞭は再び振り下ろされました。

 二回、三回……回数を増していくにつれ、痛みのあまり意識が薄れ始めます。
 十発受けなれば、たとえ気絶しても叩いて起こされるでしょう。

 痛い、痛い……。
 どうして、私がこんな目に遭わなければならないの……?



 ……いや、ほんとマジで。
 私を叩いているアデーレの顔はどう見ても嗜虐心たっぷりで、周りの修道女もニヤニヤして私を見下ろしている。
 傍から見たら、ただの集団リンチだ。
 そう思うと怒りが込み上げてきた。十発はやりすぎだろうが!

「さあ、これで七回目」

 ヒュッと顔目掛けて振り下ろされた鞭を、私はじっと見詰める。
 最初は痛いと思っていたが、六発も喰らえば慣れてきていた。
 それに中年女性の動きなどたかが知れている。
 ──というわけで、

「ありがとうございます。私の罪は充分落とされたと思いますので、これ以上アデーレ院長のお手を煩わせる必要はありません」

 真剣白刃取りの要領で鞭を両手でキャッチして、そのままアデーレから奪取。
 頭痛もいつの間にか治っていたので普通に立ち上がると、修道女たちが怯んだ表情をしたが、そんなもん知らん。

 つい二、三分前に思い出したのだが、私はこの世界・・・・では物語が始まる前に追放された令嬢のようだ。


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