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エピローグ
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事務所に、というかマネージャーにはたぶん、識臣から他の俳優、そしてそこからファンに七斗の年齢詐称がバレるのも時間の問題だと説明した。
「あちゃ~、意外と早かったか~……。年齢詐称させたのはこっちだし、社長と作戦考えとくわ!」
「お願いします」
「まぁ、でも七斗くんを世に出すってミッションは成功したあとなわけだし、もう、こっちのもんだけどね」
マネージャーは薄くなりつつある後頭部を漫画のようにペチッと叩き豪快に笑う。
マネージャーは別に清廉潔白な人物ではないが、悪い人間というわけでもない。どちらかといえばいい人の部類だが、これくらいの図々しさは腹に抱えていなければ中堅事務所では二年というスピードで七斗を売り出せなかっただろう。事務所に所属してすぐ、オーディションを勝ち取ってきた七斗に実力あることを前提としても。
※※※
「あ~、やっと落ち着いた~」
「お疲れさま、七斗くん。それにしても君のマネージャーさんはやり手だね。先手必勝とはこのことだね」
真渕の部屋で、真渕から受け取ったコーヒーカップからはホットコーヒーの湯気が揺らめく。
七斗は、その湯気に自分を重ねてやっと一段落したのだと実感した。
ちなみに、年齢詐称がSNSで裏からジワジワバレるよりさっさと公表して平謝り、それがマネージャーの取った戦法だった。
そんな戦法で業界的にあまりダメージを受けないでなんとかなったのはマネージャー曰く、七斗がCM仕事をしていなかったからと七斗は聞かされた。
「ファンの人達もだいぶ落ち着いてくれたみたいですね」
「うん、一部はアンチみたいになっちゃってるけど、ま、それはさ……空さんオレ、性格悪いこと言っちゃうけど」
「言っても、いいですよ、私の前では」
七斗と真渕はこの二ヶ月で名前で呼びあうようになり、だいぶ砕けた雰囲気になった。
それでも、嘘を重ねることが舞台上以外でも当たり前のようになっていた七斗にとって、本音をこぼすのはまだまだ難しい。
「そろそろ、若手俳優界隈、大きすぎないスキャンダルないかなって、オレのがうやむやになる位のちょうどいいやつ、あんまり大きすぎても寝覚め悪いし」
「物騒ですね、でも……そうですね、人気ある俳優さんの彼女が特定されるとか」
「彼氏バレは?」
「確実な写真リークでもされない限りないですよ、男女と違ってスーパーで買い物して部屋に二人で入ったくらいじゃなんとも」
二人はクスクスと笑いあう。最初は七斗からすれば聖人のように見えた真渕にも人間らしいところがあるとわかってきた。
※※※
数日後の七斗は真渕のマンションにいた。
「七斗くん、起きてください。」
「…………空さん、どうしたのまだファミレスのモーニング終わるまで余裕あるでしょ」
まどろみを引きずりながら、生あくびで七斗は返事をする。
「ほら、コレ、識臣くんの記事」
ことが落ち着いてから、七斗はSNSもブログも一時休止して、プライベートでもネットから離れた生活を送っている。
だから、せっかく忘れかけていたのに……と思いつつ真渕から差し出されたスマホを見た七斗は、飛び込んできた見出しの情報に目を疑った。
『青野識臣、大役大抜擢の裏側! さらには複数人での……』
言葉を失った七斗は記事を読み込んでいく。そこには、端的にいえばバイだと噂の大物プロデューサーとの枕疑惑、ゲイの脚本家との枕疑惑などが綴られていた。ここまでなら、双方が素知らぬ顔で否定を貫けば問題はそのうち沈静化する。識臣が二十歳を過ぎていることもあり、そう大事にはならないだろう。他の芸能人達も同じような記事が出てもそうやって芸能生命を切り抜けてきた。
問題はむしろ疑惑の後半、複数人での……というくだりだった。
短い時間だったが、ネットで知り合った複数人の男たちとマンスリーマンションで同時にことに及んだ写真が掲示板の俳優を扱うスレッドを中心に複数枚貼られた。さらにはそのメンバーの一人が識臣に入れ込み、貢いだのにいきなり捨てられた。とタレこみをしてきた。
インタビューに答えたAは『信じてもらえないかもしれなけど写真貼ったのは自分じゃないこれを機会に便乗してたれ込んだだけ、自分以外にも似たようなことして恨まれてる』Aが捨てられたのは『でかいパトロンができたみたいだ』そんなふうに載っていた。
「……これ、おかしいよね? 空さん…………」
「……ああ」
「だって、たぶんAさんと別れたのって、…………玲也くんって本命ができたからだよね、なのに、玲也くんのことはなにも書いてない。ねぇ、これ識臣くんがやってたことがもし、本当でも、写真のせたり、タレこませたりしたのって」
「あの人しかいない」
二人、同時に同じような結論に結び付いてしまった。
……仕組んだのはさちか。確信めいたものだった。
「オレ、あのとき空さんに会えたことで助けてもらったんだね。……識臣くんみたいに魔が差して玲也くんをさちかさんらから略奪しようだなんて考えたら……」
「年齢の公表もあんなにうまくいかなかったでしょう、もちろん、七斗くんはめちゃくちゃな生活送ってきたわけじゃないでしょうから、ここまでの記事にはならないですけど。」
いきなり情報が押し寄せてきて、ふらふらとよろけてしまった七斗を真渕は支えた。
しかし不思議と、さちかが自分にも危害を加えるようなことはない、と七斗は思った。
さちかに気に入られているから、とか自信過剰なことはこの状況では考えていない。
識臣は本気で略奪しようとしたから本気の反撃にあったのだと。
事実、結婚前の玲也の女たちには手切れ金を払いなんとかしたはずだ。それでも別れないと言った女がいたかまでは七斗は知らない。もし、いたら識臣と同じような目にあったのだろうか?
真渕の隣を得た七斗には、すでに玲也のそこまでさせる魅力が蜃気楼のようにうつろいでいるけれど……あの幻を数ヶ月とはいえ必死に追いかけていたのもまた事実なのだ。
「……空さん、朝ごはん食べに行きましょう」
「ああ、そうだね」
七斗は自分の空腹に気づいて、玲也のことを考えるのをやめた。
嘘と嘘を重ねた激情より、偶然とタイミングから始まった柔らかなこの関係を大切にしよう。
蜃気楼は所詮、蜃気楼なのだ。
七斗は朝日を浴び真渕と柔らかなキスながら、太陽に誓ったのだった。
「あちゃ~、意外と早かったか~……。年齢詐称させたのはこっちだし、社長と作戦考えとくわ!」
「お願いします」
「まぁ、でも七斗くんを世に出すってミッションは成功したあとなわけだし、もう、こっちのもんだけどね」
マネージャーは薄くなりつつある後頭部を漫画のようにペチッと叩き豪快に笑う。
マネージャーは別に清廉潔白な人物ではないが、悪い人間というわけでもない。どちらかといえばいい人の部類だが、これくらいの図々しさは腹に抱えていなければ中堅事務所では二年というスピードで七斗を売り出せなかっただろう。事務所に所属してすぐ、オーディションを勝ち取ってきた七斗に実力あることを前提としても。
※※※
「あ~、やっと落ち着いた~」
「お疲れさま、七斗くん。それにしても君のマネージャーさんはやり手だね。先手必勝とはこのことだね」
真渕の部屋で、真渕から受け取ったコーヒーカップからはホットコーヒーの湯気が揺らめく。
七斗は、その湯気に自分を重ねてやっと一段落したのだと実感した。
ちなみに、年齢詐称がSNSで裏からジワジワバレるよりさっさと公表して平謝り、それがマネージャーの取った戦法だった。
そんな戦法で業界的にあまりダメージを受けないでなんとかなったのはマネージャー曰く、七斗がCM仕事をしていなかったからと七斗は聞かされた。
「ファンの人達もだいぶ落ち着いてくれたみたいですね」
「うん、一部はアンチみたいになっちゃってるけど、ま、それはさ……空さんオレ、性格悪いこと言っちゃうけど」
「言っても、いいですよ、私の前では」
七斗と真渕はこの二ヶ月で名前で呼びあうようになり、だいぶ砕けた雰囲気になった。
それでも、嘘を重ねることが舞台上以外でも当たり前のようになっていた七斗にとって、本音をこぼすのはまだまだ難しい。
「そろそろ、若手俳優界隈、大きすぎないスキャンダルないかなって、オレのがうやむやになる位のちょうどいいやつ、あんまり大きすぎても寝覚め悪いし」
「物騒ですね、でも……そうですね、人気ある俳優さんの彼女が特定されるとか」
「彼氏バレは?」
「確実な写真リークでもされない限りないですよ、男女と違ってスーパーで買い物して部屋に二人で入ったくらいじゃなんとも」
二人はクスクスと笑いあう。最初は七斗からすれば聖人のように見えた真渕にも人間らしいところがあるとわかってきた。
※※※
数日後の七斗は真渕のマンションにいた。
「七斗くん、起きてください。」
「…………空さん、どうしたのまだファミレスのモーニング終わるまで余裕あるでしょ」
まどろみを引きずりながら、生あくびで七斗は返事をする。
「ほら、コレ、識臣くんの記事」
ことが落ち着いてから、七斗はSNSもブログも一時休止して、プライベートでもネットから離れた生活を送っている。
だから、せっかく忘れかけていたのに……と思いつつ真渕から差し出されたスマホを見た七斗は、飛び込んできた見出しの情報に目を疑った。
『青野識臣、大役大抜擢の裏側! さらには複数人での……』
言葉を失った七斗は記事を読み込んでいく。そこには、端的にいえばバイだと噂の大物プロデューサーとの枕疑惑、ゲイの脚本家との枕疑惑などが綴られていた。ここまでなら、双方が素知らぬ顔で否定を貫けば問題はそのうち沈静化する。識臣が二十歳を過ぎていることもあり、そう大事にはならないだろう。他の芸能人達も同じような記事が出てもそうやって芸能生命を切り抜けてきた。
問題はむしろ疑惑の後半、複数人での……というくだりだった。
短い時間だったが、ネットで知り合った複数人の男たちとマンスリーマンションで同時にことに及んだ写真が掲示板の俳優を扱うスレッドを中心に複数枚貼られた。さらにはそのメンバーの一人が識臣に入れ込み、貢いだのにいきなり捨てられた。とタレこみをしてきた。
インタビューに答えたAは『信じてもらえないかもしれなけど写真貼ったのは自分じゃないこれを機会に便乗してたれ込んだだけ、自分以外にも似たようなことして恨まれてる』Aが捨てられたのは『でかいパトロンができたみたいだ』そんなふうに載っていた。
「……これ、おかしいよね? 空さん…………」
「……ああ」
「だって、たぶんAさんと別れたのって、…………玲也くんって本命ができたからだよね、なのに、玲也くんのことはなにも書いてない。ねぇ、これ識臣くんがやってたことがもし、本当でも、写真のせたり、タレこませたりしたのって」
「あの人しかいない」
二人、同時に同じような結論に結び付いてしまった。
……仕組んだのはさちか。確信めいたものだった。
「オレ、あのとき空さんに会えたことで助けてもらったんだね。……識臣くんみたいに魔が差して玲也くんをさちかさんらから略奪しようだなんて考えたら……」
「年齢の公表もあんなにうまくいかなかったでしょう、もちろん、七斗くんはめちゃくちゃな生活送ってきたわけじゃないでしょうから、ここまでの記事にはならないですけど。」
いきなり情報が押し寄せてきて、ふらふらとよろけてしまった七斗を真渕は支えた。
しかし不思議と、さちかが自分にも危害を加えるようなことはない、と七斗は思った。
さちかに気に入られているから、とか自信過剰なことはこの状況では考えていない。
識臣は本気で略奪しようとしたから本気の反撃にあったのだと。
事実、結婚前の玲也の女たちには手切れ金を払いなんとかしたはずだ。それでも別れないと言った女がいたかまでは七斗は知らない。もし、いたら識臣と同じような目にあったのだろうか?
真渕の隣を得た七斗には、すでに玲也のそこまでさせる魅力が蜃気楼のようにうつろいでいるけれど……あの幻を数ヶ月とはいえ必死に追いかけていたのもまた事実なのだ。
「……空さん、朝ごはん食べに行きましょう」
「ああ、そうだね」
七斗は自分の空腹に気づいて、玲也のことを考えるのをやめた。
嘘と嘘を重ねた激情より、偶然とタイミングから始まった柔らかなこの関係を大切にしよう。
蜃気楼は所詮、蜃気楼なのだ。
七斗は朝日を浴び真渕と柔らかなキスながら、太陽に誓ったのだった。
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