2 / 6
気づきたくなかった
しおりを挟む
落ち着かなくて、寝られない。
地方公演期間、七斗はあまりにも頻回に玲也の部屋を訪れていた。
それが、良くも悪くも最近のルーティンになっていたわけで。
七斗は玲也以外の出演者数人と軽く夕食をとった後、他のメンツが知り合いのガールズバーに行く流れになったので、先に抜けてきた。七斗は別に、ゲイであることを俳優仲間に明け透けに話しているわけではないが、どうやらなんとなく察せられているようで引き留められなかったのは助かった。
しかし、ホテルに戻りシャワーを浴び、そのままの流れるように玲也の部屋に行く準備をしてしまったのはいくらぼんやりしていたとはいえどうかしていると七斗自身も頭を抱える事態だ。
「オレ、マジでちょっとやばいかも」
そんな独り言が七斗の口をついて出る。無理やり目を閉じてはみるのだが、寝ようとすればするほど玲也に会いたい、という焦燥感で七斗の内心はいっぱいになる。
※※※
連絡もしないで部屋に行ってみる、というのは七斗としても良くないことだとはわかっていた。
だけど、七斗にはもうそこに向かうことを止められなかった。
好きなときに呼び出すだけ呼び出しておいて、こっちが好きなときに訪ねてはいけないだなんてのはさすがに勝手だという気持ちも七斗にはあった。
「七斗さん、玲也さんなら、もう今日は無理だと思いますよ」
「……なんのこと」
玲也の部屋に行こうとホテルの廊下に出たところでいきなり、後輩俳優の青野識臣(あおのしきおみ)に声をかけられた。
識臣はかわいらしい顔立ちをしているが、今回の舞台ではメイクを強めにしてカッコいいキャラを演じている。そんなギャップがたまらなく魅力的なのだとファンからは言われている。
だが、ファン向けのキャラクターとは別に、識臣はどこか周りを舐めてかかっているところがある。
明らかに先輩だとか、年下でも大手事務所のホープだとかにはそんなところはチラリとも見せないが。
「それに、なんでオレに敬語なんだよ、同い年だし芸歴も同じ位じゃん」
「……やだなぁ、僕は本当に二十歳だからに決まってるじゃないですか、ま、それはともかく、玲也さんとはさっきまで部屋で一緒だったんです。こんだけ言ったらわかりますよね?」
前半、聞き捨てならない言葉があったような気がしたが、それをスルーしてしまう程後半の識臣のセリフに七斗は頭に血をのぼらせてしまった。
「……玲也くんと寝たのか? いつから?」
「わ、こわっ、最近ですよ、玲也さんってすごいですよね~、僕がそっちだってわかったらすぐに口説いてくるし、実際、自信があるだけのことはあるし」
「…………」
「だから、僕、玲也さんを一人占めしたくなっちゃったんです。もちろん、奥さんは別として」
「……玲也くんの奥さんにも気に入られなきゃ一番の男にはなれないぞ」
玲也はどこまでもズルい男だ、妻であるさちかの前では絶対に後輩の顔を崩さない男の愛人を愛人として一番の立場に置く。
さちかのことをそれなりに大切に思っているのもあるが、もう一度さちかを怒らせて離婚なんてことになれば、好きな役だけ受ける今の気ままな俳優活動は崩れてしまう。
さちかの財力も失いたくないが、妻以外の恋人や遊び相手を持つスリルも失いたくないらしい。そのことは七斗も承知していた。
七斗が短い期間で玲也の一番の愛人になったのも、さちかの前において、かわいい後輩俳優の演技を完璧にこなしているからだ。
「やだなぁ、僕だって俳優ですよ……五歳もサバ読むよりは全然簡単ですよ~ねぇ、本当は二十五歳の七斗さん?」
「玲也くんにバラすならバラせよ……」
「そんなことして奪ったってつまんないじゃないですか、ちゃんと普通に奪いますよ、僕が本気出せば奥さんからも奪っちゃえるかも」
「……好きにしろ」
すぐに部屋に戻り鍵をかける。七斗はドアにもたれ掛かり、そのままずるずると座り込む。
強がっていても、頭の中はパニックだ。
識臣はなぜ自分の本当の年齢を知っていたのだろう? 誰か事務所の人間がバラした? いや、事務所でも知っているのは社長とマネージャーだけのはず……デビュー前のSNSは全部消したし……
それより、七斗は自分自身の気持ちに動揺する。
「…………オレ、玲也くんのこと好きだったんだな」
ろくでもない男だと、わかっている。
顔が好きで男日照りの寂しさにフラっとしただけだと、割りきっている。つもりだった。
玲也を渡したくない。これは恋愛なんだろうか? それとも執着?
今の七斗にはそれがわからなくなりつつある。
ズブズブと底無し沼にはまったことだけは七斗の綺麗な顔を涙がつたったことが証明していた。
地方公演期間、七斗はあまりにも頻回に玲也の部屋を訪れていた。
それが、良くも悪くも最近のルーティンになっていたわけで。
七斗は玲也以外の出演者数人と軽く夕食をとった後、他のメンツが知り合いのガールズバーに行く流れになったので、先に抜けてきた。七斗は別に、ゲイであることを俳優仲間に明け透けに話しているわけではないが、どうやらなんとなく察せられているようで引き留められなかったのは助かった。
しかし、ホテルに戻りシャワーを浴び、そのままの流れるように玲也の部屋に行く準備をしてしまったのはいくらぼんやりしていたとはいえどうかしていると七斗自身も頭を抱える事態だ。
「オレ、マジでちょっとやばいかも」
そんな独り言が七斗の口をついて出る。無理やり目を閉じてはみるのだが、寝ようとすればするほど玲也に会いたい、という焦燥感で七斗の内心はいっぱいになる。
※※※
連絡もしないで部屋に行ってみる、というのは七斗としても良くないことだとはわかっていた。
だけど、七斗にはもうそこに向かうことを止められなかった。
好きなときに呼び出すだけ呼び出しておいて、こっちが好きなときに訪ねてはいけないだなんてのはさすがに勝手だという気持ちも七斗にはあった。
「七斗さん、玲也さんなら、もう今日は無理だと思いますよ」
「……なんのこと」
玲也の部屋に行こうとホテルの廊下に出たところでいきなり、後輩俳優の青野識臣(あおのしきおみ)に声をかけられた。
識臣はかわいらしい顔立ちをしているが、今回の舞台ではメイクを強めにしてカッコいいキャラを演じている。そんなギャップがたまらなく魅力的なのだとファンからは言われている。
だが、ファン向けのキャラクターとは別に、識臣はどこか周りを舐めてかかっているところがある。
明らかに先輩だとか、年下でも大手事務所のホープだとかにはそんなところはチラリとも見せないが。
「それに、なんでオレに敬語なんだよ、同い年だし芸歴も同じ位じゃん」
「……やだなぁ、僕は本当に二十歳だからに決まってるじゃないですか、ま、それはともかく、玲也さんとはさっきまで部屋で一緒だったんです。こんだけ言ったらわかりますよね?」
前半、聞き捨てならない言葉があったような気がしたが、それをスルーしてしまう程後半の識臣のセリフに七斗は頭に血をのぼらせてしまった。
「……玲也くんと寝たのか? いつから?」
「わ、こわっ、最近ですよ、玲也さんってすごいですよね~、僕がそっちだってわかったらすぐに口説いてくるし、実際、自信があるだけのことはあるし」
「…………」
「だから、僕、玲也さんを一人占めしたくなっちゃったんです。もちろん、奥さんは別として」
「……玲也くんの奥さんにも気に入られなきゃ一番の男にはなれないぞ」
玲也はどこまでもズルい男だ、妻であるさちかの前では絶対に後輩の顔を崩さない男の愛人を愛人として一番の立場に置く。
さちかのことをそれなりに大切に思っているのもあるが、もう一度さちかを怒らせて離婚なんてことになれば、好きな役だけ受ける今の気ままな俳優活動は崩れてしまう。
さちかの財力も失いたくないが、妻以外の恋人や遊び相手を持つスリルも失いたくないらしい。そのことは七斗も承知していた。
七斗が短い期間で玲也の一番の愛人になったのも、さちかの前において、かわいい後輩俳優の演技を完璧にこなしているからだ。
「やだなぁ、僕だって俳優ですよ……五歳もサバ読むよりは全然簡単ですよ~ねぇ、本当は二十五歳の七斗さん?」
「玲也くんにバラすならバラせよ……」
「そんなことして奪ったってつまんないじゃないですか、ちゃんと普通に奪いますよ、僕が本気出せば奥さんからも奪っちゃえるかも」
「……好きにしろ」
すぐに部屋に戻り鍵をかける。七斗はドアにもたれ掛かり、そのままずるずると座り込む。
強がっていても、頭の中はパニックだ。
識臣はなぜ自分の本当の年齢を知っていたのだろう? 誰か事務所の人間がバラした? いや、事務所でも知っているのは社長とマネージャーだけのはず……デビュー前のSNSは全部消したし……
それより、七斗は自分自身の気持ちに動揺する。
「…………オレ、玲也くんのこと好きだったんだな」
ろくでもない男だと、わかっている。
顔が好きで男日照りの寂しさにフラっとしただけだと、割りきっている。つもりだった。
玲也を渡したくない。これは恋愛なんだろうか? それとも執着?
今の七斗にはそれがわからなくなりつつある。
ズブズブと底無し沼にはまったことだけは七斗の綺麗な顔を涙がつたったことが証明していた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!
三崎こはく
BL
サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、
果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。
ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。
大変なことをしてしまったと焦る春臣。
しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?
イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪
※別サイトにも投稿しています

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?
藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。
なんで?どうして?
そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。
片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。
勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。
お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。
少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。
(R4.11.3 全体に手を入れました)
【ちょこっとネタバレ】
番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。
BL大賞期間内に番外編も完結予定です。

サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる