嘘と嘘の重ね合い

南野月奈

文字の大きさ
上 下
1 / 6

嘘つきの恋

しおりを挟む
 愚かなことをしている。
 それは町田七斗(まちだななと)自身も理解していた。

「さちか、また七斗くんに会いた~い! だってさ、この公演が終わったらまた何人か呼んで家飲みしようぜ、お前この前二十歳になったんでしょ、やっとソフトドリンク卒業じゃん」
「……あっ、うん、でも家飲みに愛人呼ぶなんて悪い男だな~玲也くんは」
「そんな、俺が好きなんでしょ七斗は」
「オレは玲也くんの顔が好きなだけでーす」

 ニヤニヤとした表情を浮かべ、ベットで電子タバコをふかしながら笑うこの男は、七斗と同じく俳優業の西巻玲也(にしまきれいや)三十二歳。
 単純な話、七斗はこの男の愛人なのだ。
 さちかは玲也の妻であり、都内に持ちビルがある金持ちの一人娘。もともと、玲也のファンだった。
 結婚したとき、玲也はファンを含めたくさんの女と繋がっていて、それを整理するのにかなりもめたのだ。
 解決には、さちかがなかなかの金額を使ったらしい。
 だからこそ、結婚後に女の影か見えなくなり、後輩をよく家に連れてくるようになったことに対して、さちかは嬉しさを隠さなかった。
 なんのコトはない、結婚後、玲也は女遊びから男遊びにシフトしただけなのだ。玲也がバイであることがファンにすらもあまり知られていなかったのを良いことに。
 事実、あまりにも最近七斗と玲也が一緒にいるので関係が舞台俳優ファン界隈に怪しまれたことはあった。
 しかし、それは一瞬のことで他のBL営業をしている俳優たちと同じように受け止められた。
 木を隠すには森。というやつだ。
 もっとも、多少本気で疑ったファンがいたとしてもそれが本当だった場合、ゲイどうこうというより不倫関係ということになってしまうので目を背けたというところだろう。
 リア恋じゃなければ推しがゲイなのは気にならなくても、推しが不倫しているかもしれない方が抵抗感があるファンが多いというところだ。

「お酒、まだあんまり飲んだことないからなぁ」
「俺が教えてやるよ」

 七斗は、とっさに玲也が喜びそうな嘘をついた。
 玲也が、人に教えるのが好きなタイプなのは七斗もわかっていた。
 本気で玲也のことが好きなわけではないけれど、付き合っている間くらいは一番だと思われたい。
 七斗は玲也に対し、そんな強がりをかかえていた。
 酒をあまり飲んだとがない……そんなのはまったくの嘘だった。
 それは別に、十代のときから隠れて飲んでいたとかではなく、七斗が五歳もサバをよんでいるから。
 そう、七斗は最近、本当は二十五歳になった。
 大昔ならいざ知らず、SNSですぐばれるこのご時世に五歳もサバをよむなんて命知らずもいいとこだが、七斗は帰国子女だった。
 帰国してすぐに応募した事務所から声をかけてもらえたのはよかったのだが『七斗くん、君、童顔だし、今日から十八歳ね!』 
 それが、実際は二十三歳だった二年前の話。
 インタビューなんかで受けるプライベートに対する質問。例えば子供時代に流行ったテレビ番組やアニメなんかの話は海外にいたのでちょっと時期がずれてたなんて言ってしまえばごまかせた。
 本当は、配信があるから時差のようなものはそこまでひどくなかったりするので、ちょっとおかしいな? と思った感のいいファンもいたのだろうが。
 それよりも、七斗が事務所から注意を払うよう指示されたのは、関係者との会話だった。
 設定年齢で年上になっている、本当は年下の俳優やスタッフに敬語を使うこと、それから実年齢に問題がなくても、設定上二十歳になるまでは外でお酒を買わないこと。
 これに関しては、たまにマネージャーがプライベートにつきあって家飲みしてくれたことを七斗は感謝していた。
 ともかく、大きい矛盾の出る嘘をついてしまっている手前、制約はたくさんあったが、そのおかげかどうか、七斗の演技力は短期間で目をみはる上達ぶりだった。
 その副作用でプライベートでも嘘ばかりつくはめになっているのだけれども、それは七斗としてもある程度覚悟の上ではあった。
 そんなわけで、嘘つきと遊び人の七斗と玲也は、ラブラブとは言いがたい、例えるなら狐と狸の化かし合いの関係を構築していた。
 玲也の顔が好き、それは少なくとも七斗の心持ちとしては嘘ではなかったが地方公演で玲也を一人占めできることに七斗は仄暗い優越感を感じているのもたしかだった。

「明日は、部屋来なくていいからな」
「うん、わかった」

 変だな? と七斗は思った。
 地方公演の最終日なら打ち上げもあるし、妻であるさちかが観劇にくることもあるだろう。しかし、明日は別段特別なことがあるわけじゃない。
 ましてや、玲也は毎日のように七斗を呼びつけても、劇場の板の上ではプロとしての仕事に影響を見せない体力を自慢気に思っているようなところがある。

「ホテルのジムルームでトレーニングすんだよ」
「じゃあ、オレも明日は別の人とご飯でも行こうかな。玲也くん以外との写真もSNSに載せないと」
「そうだよな、ファンサも大事、大事、それにまた俺とできてる~とか言われちゃうだろ、他とも営業しとかないと」

 別に玲也とできてるのは嘘じゃないじゃないか、と七斗は引っ掛かりを感じたが他の共演者と交遊を深めるのも嫌いではないし、自分のファンへのサービスになるならたまにはいいかと思い直した。

 だけど、玲也は何かを隠している。直感的に七斗はそう感じた。けれども、それが何かまでは七斗にはわからなかった。



    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

コワモテαの秘密

たがわリウ
BL
コワモテ俳優α×兎獣人Ω 俳優の恵庭トキオは撮影の疲れを癒やすために、獣人の添い寝店に通っていた。 その店では兎の獣人、結月を毎回指名し癒やしてもらっていたトキオ。しだいに結月に合うこと自体が楽しみになっていく。 しかし強面俳優という世間のイメージを崩さないよう、獣人の添い寝店に通っていることはバレてはいけない秘密だった。 ある日、結月が何かを隠していることに気づく。 変な触り方をしてくる客がいると打ち明けられたのをきっかけに、二人の関係は変化し──。 登場人物 ・恵庭トキオ(攻め/24歳) メディアでは強面イケメン俳優と紹介されることが多い。裏社会を扱う作品に多く出演している。 ・結月(受け/19歳) 兎の獣人で、ミルクティー色の耳が髪の間から垂れている。獣人の添い寝店に勤めている。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

アルファとアルファの結婚準備

金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。  😏ユルユル設定のオメガバースです。 

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...