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嘘つきの恋
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愚かなことをしている。
それは町田七斗(まちだななと)自身も理解していた。
「さちか、また七斗くんに会いた~い! だってさ、この公演が終わったらまた何人か呼んで家飲みしようぜ、お前この前二十歳になったんでしょ、やっとソフトドリンク卒業じゃん」
「……あっ、うん、でも家飲みに愛人呼ぶなんて悪い男だな~玲也くんは」
「そんな、俺が好きなんでしょ七斗は」
「オレは玲也くんの顔が好きなだけでーす」
ニヤニヤとした表情を浮かべ、ベットで電子タバコをふかしながら笑うこの男は、七斗と同じく俳優業の西巻玲也(にしまきれいや)三十二歳。
単純な話、七斗はこの男の愛人なのだ。
さちかは玲也の妻であり、都内に持ちビルがある金持ちの一人娘。もともと、玲也のファンだった。
結婚したとき、玲也はファンを含めたくさんの女と繋がっていて、それを整理するのにかなりもめたのだ。
解決には、さちかがなかなかの金額を使ったらしい。
だからこそ、結婚後に女の影か見えなくなり、後輩をよく家に連れてくるようになったことに対して、さちかは嬉しさを隠さなかった。
なんのコトはない、結婚後、玲也は女遊びから男遊びにシフトしただけなのだ。玲也がバイであることがファンにすらもあまり知られていなかったのを良いことに。
事実、あまりにも最近七斗と玲也が一緒にいるので関係が舞台俳優ファン界隈に怪しまれたことはあった。
しかし、それは一瞬のことで他のBL営業をしている俳優たちと同じように受け止められた。
木を隠すには森。というやつだ。
もっとも、多少本気で疑ったファンがいたとしてもそれが本当だった場合、ゲイどうこうというより不倫関係ということになってしまうので目を背けたというところだろう。
リア恋じゃなければ推しがゲイなのは気にならなくても、推しが不倫しているかもしれない方が抵抗感があるファンが多いというところだ。
「お酒、まだあんまり飲んだことないからなぁ」
「俺が教えてやるよ」
七斗は、とっさに玲也が喜びそうな嘘をついた。
玲也が、人に教えるのが好きなタイプなのは七斗もわかっていた。
本気で玲也のことが好きなわけではないけれど、付き合っている間くらいは一番だと思われたい。
七斗は玲也に対し、そんな強がりをかかえていた。
酒をあまり飲んだとがない……そんなのはまったくの嘘だった。
それは別に、十代のときから隠れて飲んでいたとかではなく、七斗が五歳もサバをよんでいるから。
そう、七斗は最近、本当は二十五歳になった。
大昔ならいざ知らず、SNSですぐばれるこのご時世に五歳もサバをよむなんて命知らずもいいとこだが、七斗は帰国子女だった。
帰国してすぐに応募した事務所から声をかけてもらえたのはよかったのだが『七斗くん、君、童顔だし、今日から十八歳ね!』
それが、実際は二十三歳だった二年前の話。
インタビューなんかで受けるプライベートに対する質問。例えば子供時代に流行ったテレビ番組やアニメなんかの話は海外にいたのでちょっと時期がずれてたなんて言ってしまえばごまかせた。
本当は、配信があるから時差のようなものはそこまでひどくなかったりするので、ちょっとおかしいな? と思った感のいいファンもいたのだろうが。
それよりも、七斗が事務所から注意を払うよう指示されたのは、関係者との会話だった。
設定年齢で年上になっている、本当は年下の俳優やスタッフに敬語を使うこと、それから実年齢に問題がなくても、設定上二十歳になるまでは外でお酒を買わないこと。
これに関しては、たまにマネージャーがプライベートにつきあって家飲みしてくれたことを七斗は感謝していた。
ともかく、大きい矛盾の出る嘘をついてしまっている手前、制約はたくさんあったが、そのおかげかどうか、七斗の演技力は短期間で目をみはる上達ぶりだった。
その副作用でプライベートでも嘘ばかりつくはめになっているのだけれども、それは七斗としてもある程度覚悟の上ではあった。
そんなわけで、嘘つきと遊び人の七斗と玲也は、ラブラブとは言いがたい、例えるなら狐と狸の化かし合いの関係を構築していた。
玲也の顔が好き、それは少なくとも七斗の心持ちとしては嘘ではなかったが地方公演で玲也を一人占めできることに七斗は仄暗い優越感を感じているのもたしかだった。
「明日は、部屋来なくていいからな」
「うん、わかった」
変だな? と七斗は思った。
地方公演の最終日なら打ち上げもあるし、妻であるさちかが観劇にくることもあるだろう。しかし、明日は別段特別なことがあるわけじゃない。
ましてや、玲也は毎日のように七斗を呼びつけても、劇場の板の上ではプロとしての仕事に影響を見せない体力を自慢気に思っているようなところがある。
「ホテルのジムルームでトレーニングすんだよ」
「じゃあ、オレも明日は別の人とご飯でも行こうかな。玲也くん以外との写真もSNSに載せないと」
「そうだよな、ファンサも大事、大事、それにまた俺とできてる~とか言われちゃうだろ、他とも営業しとかないと」
別に玲也とできてるのは嘘じゃないじゃないか、と七斗は引っ掛かりを感じたが他の共演者と交遊を深めるのも嫌いではないし、自分のファンへのサービスになるならたまにはいいかと思い直した。
だけど、玲也は何かを隠している。直感的に七斗はそう感じた。けれども、それが何かまでは七斗にはわからなかった。
それは町田七斗(まちだななと)自身も理解していた。
「さちか、また七斗くんに会いた~い! だってさ、この公演が終わったらまた何人か呼んで家飲みしようぜ、お前この前二十歳になったんでしょ、やっとソフトドリンク卒業じゃん」
「……あっ、うん、でも家飲みに愛人呼ぶなんて悪い男だな~玲也くんは」
「そんな、俺が好きなんでしょ七斗は」
「オレは玲也くんの顔が好きなだけでーす」
ニヤニヤとした表情を浮かべ、ベットで電子タバコをふかしながら笑うこの男は、七斗と同じく俳優業の西巻玲也(にしまきれいや)三十二歳。
単純な話、七斗はこの男の愛人なのだ。
さちかは玲也の妻であり、都内に持ちビルがある金持ちの一人娘。もともと、玲也のファンだった。
結婚したとき、玲也はファンを含めたくさんの女と繋がっていて、それを整理するのにかなりもめたのだ。
解決には、さちかがなかなかの金額を使ったらしい。
だからこそ、結婚後に女の影か見えなくなり、後輩をよく家に連れてくるようになったことに対して、さちかは嬉しさを隠さなかった。
なんのコトはない、結婚後、玲也は女遊びから男遊びにシフトしただけなのだ。玲也がバイであることがファンにすらもあまり知られていなかったのを良いことに。
事実、あまりにも最近七斗と玲也が一緒にいるので関係が舞台俳優ファン界隈に怪しまれたことはあった。
しかし、それは一瞬のことで他のBL営業をしている俳優たちと同じように受け止められた。
木を隠すには森。というやつだ。
もっとも、多少本気で疑ったファンがいたとしてもそれが本当だった場合、ゲイどうこうというより不倫関係ということになってしまうので目を背けたというところだろう。
リア恋じゃなければ推しがゲイなのは気にならなくても、推しが不倫しているかもしれない方が抵抗感があるファンが多いというところだ。
「お酒、まだあんまり飲んだことないからなぁ」
「俺が教えてやるよ」
七斗は、とっさに玲也が喜びそうな嘘をついた。
玲也が、人に教えるのが好きなタイプなのは七斗もわかっていた。
本気で玲也のことが好きなわけではないけれど、付き合っている間くらいは一番だと思われたい。
七斗は玲也に対し、そんな強がりをかかえていた。
酒をあまり飲んだとがない……そんなのはまったくの嘘だった。
それは別に、十代のときから隠れて飲んでいたとかではなく、七斗が五歳もサバをよんでいるから。
そう、七斗は最近、本当は二十五歳になった。
大昔ならいざ知らず、SNSですぐばれるこのご時世に五歳もサバをよむなんて命知らずもいいとこだが、七斗は帰国子女だった。
帰国してすぐに応募した事務所から声をかけてもらえたのはよかったのだが『七斗くん、君、童顔だし、今日から十八歳ね!』
それが、実際は二十三歳だった二年前の話。
インタビューなんかで受けるプライベートに対する質問。例えば子供時代に流行ったテレビ番組やアニメなんかの話は海外にいたのでちょっと時期がずれてたなんて言ってしまえばごまかせた。
本当は、配信があるから時差のようなものはそこまでひどくなかったりするので、ちょっとおかしいな? と思った感のいいファンもいたのだろうが。
それよりも、七斗が事務所から注意を払うよう指示されたのは、関係者との会話だった。
設定年齢で年上になっている、本当は年下の俳優やスタッフに敬語を使うこと、それから実年齢に問題がなくても、設定上二十歳になるまでは外でお酒を買わないこと。
これに関しては、たまにマネージャーがプライベートにつきあって家飲みしてくれたことを七斗は感謝していた。
ともかく、大きい矛盾の出る嘘をついてしまっている手前、制約はたくさんあったが、そのおかげかどうか、七斗の演技力は短期間で目をみはる上達ぶりだった。
その副作用でプライベートでも嘘ばかりつくはめになっているのだけれども、それは七斗としてもある程度覚悟の上ではあった。
そんなわけで、嘘つきと遊び人の七斗と玲也は、ラブラブとは言いがたい、例えるなら狐と狸の化かし合いの関係を構築していた。
玲也の顔が好き、それは少なくとも七斗の心持ちとしては嘘ではなかったが地方公演で玲也を一人占めできることに七斗は仄暗い優越感を感じているのもたしかだった。
「明日は、部屋来なくていいからな」
「うん、わかった」
変だな? と七斗は思った。
地方公演の最終日なら打ち上げもあるし、妻であるさちかが観劇にくることもあるだろう。しかし、明日は別段特別なことがあるわけじゃない。
ましてや、玲也は毎日のように七斗を呼びつけても、劇場の板の上ではプロとしての仕事に影響を見せない体力を自慢気に思っているようなところがある。
「ホテルのジムルームでトレーニングすんだよ」
「じゃあ、オレも明日は別の人とご飯でも行こうかな。玲也くん以外との写真もSNSに載せないと」
「そうだよな、ファンサも大事、大事、それにまた俺とできてる~とか言われちゃうだろ、他とも営業しとかないと」
別に玲也とできてるのは嘘じゃないじゃないか、と七斗は引っ掛かりを感じたが他の共演者と交遊を深めるのも嫌いではないし、自分のファンへのサービスになるならたまにはいいかと思い直した。
だけど、玲也は何かを隠している。直感的に七斗はそう感じた。けれども、それが何かまでは七斗にはわからなかった。
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