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47、脅し
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邪悪な人たちに何を言われようが、ローランを渡すつもりはありませんでした。
あの子はこれまでも、独りぼっちで耐えてきたのです。守ってあげられる唯一の大人は今、わたくししかおりません。悪評を立てられようが、後ろ指を指されようが、構いませんでした。ローランが受けてきた苦しみに比べれば、なんてことないです。
「どうぞ、お好きなように訴えるなりなんなり、すればいいでしょう? ローランは渡しません」
「ちょっと! なんの権限があって、そんなこと言えるの!? ローランはあたくしの息子!! あんたのじゃないの!!」
ピーピーうるさいマルグリットとちがい、プルーニャ男爵は片目ですごんできました。獲物を狙う蛇の目は不気味です。善心を持たぬ人の心はいったい、どうなっているのでしょう? 殺伐とした暗い森や誰もいない古びた館、延々と繰り返す夜の十字路などが思い浮かびます。
守るものがなければ、わたくしは震え上がっていました。ですが、もうか弱い乙女ではありません。母親です。子供のために女は強くなれます。
しばらく、にらみ合いが続きました。
プルーニャ男爵は愚かではないでしょうから、わたくしの覚悟を感じ取ったと思います。鋭い視線の裏側で、さまざまな思惑がうごめいているようでした。
感情を持たぬ硬質な碧眼は微動だにしません。彼が見定め終わり、表情が緩むまで、わたくしは目をそらしませんでした。
悪人は人の弱さにつけ込みます。つけ入る隙がないと、退くしかないのですよ。今回はわたくしの想いのほうが勝っていました。
まだ、あきらめないでしょうが、対策を練り直し、日を改めると思いました。
……と、その時、大広間とつながる扉が開け放たれたのです。
何がなんでも守り抜こうと思った当本人――ローランがノエルと立っていました。
「ローランッ!!」
勝ち誇ったマルグリットの声が玄関ホールに響きました。
騒ぎを知った使用人の子供が知らせてしまったのでしょうか。屋敷中の人間に口止めする余裕は、わたくしにはありませんでした。
ローランは無表情でした。彼が初めて、この屋敷に来たときを彷彿とさせます。まるで、心を持たぬ人形のよう……でも、足取りだけはしっかりと強い意志を持っていました。
ローランはつかつかと歩み寄り、マルグリットとプルーニャ卿の前まで来ました。邪悪な親子はソファーに座ったままです。
「迎えに来たのよ、帰りましょ?」
「僕は帰りません」
ローランはマルグリットをキッパリ拒絶しました。
安堵するやら頼もしいやら、わたくしはローランを抱きしめたくなりましたが、誰をも寄せつけぬ空気をまとっていました。
「ローラン、おまえ、何を言っているかわかっているの? まさか、あたくしに逆らうつもり?」
早速、マルグリットは威嚇体勢に入りました。ローランを守ろうと、前に出ようとするわたくしの腕をつかむのはノエルです。わたくしは息子たちに守られるように、うしろへ追いやられました。
「そうか、育てた実の親を捨てて、おまえは裕福な家の子になるつもりなんだ? なんて、恩知らずなんだろうね!」
ツバを飛ばし、マルグリットはローランを罵倒し始めました。
「甘い物につられた? どうせ、勉強もさせずに遊ばせているんでしょ? ローラン、おまえはただ、楽なほうに逃げたいだけよ。今の自分があるのは誰のおかげだと思ってる?」
ローランは言い返さず、マルグリットの口撃とプルーニャ男爵の圧に耐えました。プルーニャ男爵はあの硬質な目でローランを見据えています。
「ここにいたら、おまえはダメになる。父親のアルマンを見れば、わかるでしょ? あんな役立たずの出来損ないになりたいわけ?」
かつて、略奪した婚約者のことをひどい言いようです。アルマンに対して愛情はないのでしょうか?
「アルマンの優れているのは顔と家柄だけよ。バカでも長男だからね? おまえはその長男の息子なんだから、ピヴォワン家を継ぐ権利がある。その時になったら、戻ってこれるのよ。今はおとなしく、あたくしと帰りなさい」
ローランは頭を振ります。当然ですよ。マルグリットは人を利用することしか、考えていないのですね。
脅しても、なだめても効果がないとわかると、彼女の攻撃対象は変わりました。
「おまえ、だまされてるのよ。そこにいる眼鏡女、優しそうに見えて、かなりの性悪だからね? おまえの父上だって、誘惑されたんだから!」
わたくしは愕然といたしました。子供たちの前でなんていうことを言うのでしょう? ここにはノエルもいます。こんな醜い言葉を聞かせたくありません。
わたくしの不安を感じ取ったのか、ノエルは手を握ってくれました。
「三十も年上のオジサンをだまくらかして、地位と財産を手に入れたのよ。若さという最大の女の武器を駆使してね?」
他では何を言っても構わないけれど、子供たちの心を傷つけるようなことは言わないでほしいです。わたくしは顔を覆いたくなりました。
「本当はあたくしがアルマンと結婚して、ピヴォワン夫人になるはずだった。それをこの女はかすめ取ったのよ。オジサンを手練手管で誘惑して夫人の座を手に入れたの。おとなしい顔して、あざとい女なのよ」
わたくしには、矢面に立ったローランの顔は見えませんでした。ギュッと握りしめる拳は見えます。その震える拳が痛々しくて、胸が苦しくなりました。
子供たちはマルグリットの話を真に受けないでしょう。だとしても、中傷は心を疲弊させます。
わたくしはノエルとつないでいないほうの手を、ローランの拳へ伸ばしました。
ドキン――
とたんにローランの全身が収縮したかに思い、わたくしは手を引っ込めました。
「ルイーザを辱めるのは許さない」
ローランの一言で場の空気は変わりました。本気の怒を発していると、わかったのでしょう。マルグリットの口撃は止みました。
「僕のことは何を言おうが構わない。でも、ルイーザの名誉を傷つけるのは許さない」
ローランの言葉からは固い決意がうかがえました。先ほどのわたくしの覚悟に近しいものです。子供とは思えぬ気迫でした。
しかしながら、口撃が止んだのはほんの数秒。マルグリットの表情は驚きから、嘲笑へと変わりました。隣にいるプルーニャ男爵と顔を見合わせ、耳障りな笑い声をたてます。
「やだ……おまえ、この眼鏡女のことが好きなの?」
ローランがわたくしを好いてくれるのは、喜ばしいことです。今は母親として認めてくれなくても、いつかお母さまと呼んでくれるのをわたくしは心待ちにしておりました。それを実の母親であるマルグリットに嘲笑われ、みじめな気持ちになりました。どう足掻いても、わたくしはローランの母親にはなれないのだと、突きつけられた気がいたしました。
ローランの耳は赤くなっていました。わたくしの気持ちを察し、怒ってくれたのかもしれません。
淡い期待は悪魔の一声によって、霧散しました。
「おまえが帰らぬと申すなら、代わりにピヴォワン夫人の身柄を預からせてもらおう」
立つなり、プルーニャ男爵が剣を抜いたのです。
普段、稽古で使う木剣などとは違います。女が抜き身の剣を目にすることは、めったにありません。先は塔の先端より鋭く、両刃は魚の腹に似た白い光を放っていました。生々しくも現実感はなく、視界が狭まる気がいたしました。
わたくしは恐ろしくて、悲鳴すらあげられませんでした。息を呑むのがやっとだったのです。
レオンは留守ですし、屋敷を守る門衛、守衛は離れた所にいます。何かあった時、間に合いません。
叫び声をあげることで、執事や従僕は駆けつけたでしょうし、何人かは守衛を呼びにいったでしょう。プルーニャ男爵もそれをわかっていて、単なる脅しで剣を抜いたのでした。しかし、冷静さを欠いたわたくしは、どうすればいいのか、わかりませんでした。
かろうじて、前に立ちはだかるローランを抱き寄せ、守ろうと思いました。子供たちに危害を加えさせるわけには、いきません。息子たちには指一本、触れさせたくなかったのです。
ところが、わたくしの手は払いのけられてしまいました。え??――当たり前に受け入れられると思っていたのですよ。ローランはわたくしのスキンシップを嫌がったりしません。
次の瞬間、乾いた笑い声が耳に届きました。
「ふふふ……冗談ですよ? お祖父さま。剣をお収めください」
ローランが笑い、マルグリットとプルーニャ男爵は醜悪な笑みを浮かべました。
「帰りますよ、もちろん。だいたいこの家の状況はわかったので、あとは父上が継いでくれるのを待つだけですね」
「まったく、冗談キツいわよ? チェス大会の賞金は? ピヴォワン卿が管理してるの? じゃ、また後日、届けに来てもらいましょ」
プルーニャ男爵は剣を収めました。マルグリットはローランが差し出す手をつかみ、立ち上がります。
「じゃ、ごめんあそばせ。賞金はローランのものですからね。しっかり、届けに来るのよ? 来ない場合はまた、押しかけてやるから」
ローランはマルグリットをエスコートし、そのまま出て行こうとしました。
わたくしには何が起こったのか、さっぱりわかりません。今さっき見た白刃は幻影だったのかと、思うぐらいでした。わたくしを守ろうとしてくれたローランが、突然彼らと仲良くしているのが信じられなかったのです。
ときどき、ませた口調で話すけれど、二人きりになると甘えてくるローラン。チェスと甘い物が大好きで、苦手な剣の稽古に励むがんばりやさん。かわいい彼が悪役側にいるなんて、あってはならないことでした。
カツカツと床を踏み鳴らす音で、わたくしはやっと我に返りました。
「ローラン! 行かないで! あなたはここの家の子よ?」
ローランの背中から聞こえた返答は、冷たいものでした。
「うるさいなぁ……赤の他人のくせに、母親面をするのはやめてくださいよ」
「そんな……マルグリットは、あなたのことをまた傷つけるわ。わたくしは……わたくしは、あなたのことを守りたいの」
「くだらない。幼稚なままごとはやめてください。あなたがそんなんだから、ノエルはバカなんでしょ?」
「悪口を言うのはやめて。こっちを向いて、ちゃんと話しましょう?」
金髪がふわっと浮いて、ローランは振り向きました。整った顔立ちは、隣で目を細めるマルグリットとよく似ています。無感情な青い目はわたくしの背後を見ているかのようでした。
「この際だから、はっきり言わせてもらうけど、あなたは僕の母親ではない。本当の母上はここにいる」
完全なる拒絶――
わたくしの負けでした。偽の母親は本物の母親の前に崩れ落ちます。
わたくしにはもう、ローランを引き留めるだけの余力は残っていませんでした。
あの子はこれまでも、独りぼっちで耐えてきたのです。守ってあげられる唯一の大人は今、わたくししかおりません。悪評を立てられようが、後ろ指を指されようが、構いませんでした。ローランが受けてきた苦しみに比べれば、なんてことないです。
「どうぞ、お好きなように訴えるなりなんなり、すればいいでしょう? ローランは渡しません」
「ちょっと! なんの権限があって、そんなこと言えるの!? ローランはあたくしの息子!! あんたのじゃないの!!」
ピーピーうるさいマルグリットとちがい、プルーニャ男爵は片目ですごんできました。獲物を狙う蛇の目は不気味です。善心を持たぬ人の心はいったい、どうなっているのでしょう? 殺伐とした暗い森や誰もいない古びた館、延々と繰り返す夜の十字路などが思い浮かびます。
守るものがなければ、わたくしは震え上がっていました。ですが、もうか弱い乙女ではありません。母親です。子供のために女は強くなれます。
しばらく、にらみ合いが続きました。
プルーニャ男爵は愚かではないでしょうから、わたくしの覚悟を感じ取ったと思います。鋭い視線の裏側で、さまざまな思惑がうごめいているようでした。
感情を持たぬ硬質な碧眼は微動だにしません。彼が見定め終わり、表情が緩むまで、わたくしは目をそらしませんでした。
悪人は人の弱さにつけ込みます。つけ入る隙がないと、退くしかないのですよ。今回はわたくしの想いのほうが勝っていました。
まだ、あきらめないでしょうが、対策を練り直し、日を改めると思いました。
……と、その時、大広間とつながる扉が開け放たれたのです。
何がなんでも守り抜こうと思った当本人――ローランがノエルと立っていました。
「ローランッ!!」
勝ち誇ったマルグリットの声が玄関ホールに響きました。
騒ぎを知った使用人の子供が知らせてしまったのでしょうか。屋敷中の人間に口止めする余裕は、わたくしにはありませんでした。
ローランは無表情でした。彼が初めて、この屋敷に来たときを彷彿とさせます。まるで、心を持たぬ人形のよう……でも、足取りだけはしっかりと強い意志を持っていました。
ローランはつかつかと歩み寄り、マルグリットとプルーニャ卿の前まで来ました。邪悪な親子はソファーに座ったままです。
「迎えに来たのよ、帰りましょ?」
「僕は帰りません」
ローランはマルグリットをキッパリ拒絶しました。
安堵するやら頼もしいやら、わたくしはローランを抱きしめたくなりましたが、誰をも寄せつけぬ空気をまとっていました。
「ローラン、おまえ、何を言っているかわかっているの? まさか、あたくしに逆らうつもり?」
早速、マルグリットは威嚇体勢に入りました。ローランを守ろうと、前に出ようとするわたくしの腕をつかむのはノエルです。わたくしは息子たちに守られるように、うしろへ追いやられました。
「そうか、育てた実の親を捨てて、おまえは裕福な家の子になるつもりなんだ? なんて、恩知らずなんだろうね!」
ツバを飛ばし、マルグリットはローランを罵倒し始めました。
「甘い物につられた? どうせ、勉強もさせずに遊ばせているんでしょ? ローラン、おまえはただ、楽なほうに逃げたいだけよ。今の自分があるのは誰のおかげだと思ってる?」
ローランは言い返さず、マルグリットの口撃とプルーニャ男爵の圧に耐えました。プルーニャ男爵はあの硬質な目でローランを見据えています。
「ここにいたら、おまえはダメになる。父親のアルマンを見れば、わかるでしょ? あんな役立たずの出来損ないになりたいわけ?」
かつて、略奪した婚約者のことをひどい言いようです。アルマンに対して愛情はないのでしょうか?
「アルマンの優れているのは顔と家柄だけよ。バカでも長男だからね? おまえはその長男の息子なんだから、ピヴォワン家を継ぐ権利がある。その時になったら、戻ってこれるのよ。今はおとなしく、あたくしと帰りなさい」
ローランは頭を振ります。当然ですよ。マルグリットは人を利用することしか、考えていないのですね。
脅しても、なだめても効果がないとわかると、彼女の攻撃対象は変わりました。
「おまえ、だまされてるのよ。そこにいる眼鏡女、優しそうに見えて、かなりの性悪だからね? おまえの父上だって、誘惑されたんだから!」
わたくしは愕然といたしました。子供たちの前でなんていうことを言うのでしょう? ここにはノエルもいます。こんな醜い言葉を聞かせたくありません。
わたくしの不安を感じ取ったのか、ノエルは手を握ってくれました。
「三十も年上のオジサンをだまくらかして、地位と財産を手に入れたのよ。若さという最大の女の武器を駆使してね?」
他では何を言っても構わないけれど、子供たちの心を傷つけるようなことは言わないでほしいです。わたくしは顔を覆いたくなりました。
「本当はあたくしがアルマンと結婚して、ピヴォワン夫人になるはずだった。それをこの女はかすめ取ったのよ。オジサンを手練手管で誘惑して夫人の座を手に入れたの。おとなしい顔して、あざとい女なのよ」
わたくしには、矢面に立ったローランの顔は見えませんでした。ギュッと握りしめる拳は見えます。その震える拳が痛々しくて、胸が苦しくなりました。
子供たちはマルグリットの話を真に受けないでしょう。だとしても、中傷は心を疲弊させます。
わたくしはノエルとつないでいないほうの手を、ローランの拳へ伸ばしました。
ドキン――
とたんにローランの全身が収縮したかに思い、わたくしは手を引っ込めました。
「ルイーザを辱めるのは許さない」
ローランの一言で場の空気は変わりました。本気の怒を発していると、わかったのでしょう。マルグリットの口撃は止みました。
「僕のことは何を言おうが構わない。でも、ルイーザの名誉を傷つけるのは許さない」
ローランの言葉からは固い決意がうかがえました。先ほどのわたくしの覚悟に近しいものです。子供とは思えぬ気迫でした。
しかしながら、口撃が止んだのはほんの数秒。マルグリットの表情は驚きから、嘲笑へと変わりました。隣にいるプルーニャ男爵と顔を見合わせ、耳障りな笑い声をたてます。
「やだ……おまえ、この眼鏡女のことが好きなの?」
ローランがわたくしを好いてくれるのは、喜ばしいことです。今は母親として認めてくれなくても、いつかお母さまと呼んでくれるのをわたくしは心待ちにしておりました。それを実の母親であるマルグリットに嘲笑われ、みじめな気持ちになりました。どう足掻いても、わたくしはローランの母親にはなれないのだと、突きつけられた気がいたしました。
ローランの耳は赤くなっていました。わたくしの気持ちを察し、怒ってくれたのかもしれません。
淡い期待は悪魔の一声によって、霧散しました。
「おまえが帰らぬと申すなら、代わりにピヴォワン夫人の身柄を預からせてもらおう」
立つなり、プルーニャ男爵が剣を抜いたのです。
普段、稽古で使う木剣などとは違います。女が抜き身の剣を目にすることは、めったにありません。先は塔の先端より鋭く、両刃は魚の腹に似た白い光を放っていました。生々しくも現実感はなく、視界が狭まる気がいたしました。
わたくしは恐ろしくて、悲鳴すらあげられませんでした。息を呑むのがやっとだったのです。
レオンは留守ですし、屋敷を守る門衛、守衛は離れた所にいます。何かあった時、間に合いません。
叫び声をあげることで、執事や従僕は駆けつけたでしょうし、何人かは守衛を呼びにいったでしょう。プルーニャ男爵もそれをわかっていて、単なる脅しで剣を抜いたのでした。しかし、冷静さを欠いたわたくしは、どうすればいいのか、わかりませんでした。
かろうじて、前に立ちはだかるローランを抱き寄せ、守ろうと思いました。子供たちに危害を加えさせるわけには、いきません。息子たちには指一本、触れさせたくなかったのです。
ところが、わたくしの手は払いのけられてしまいました。え??――当たり前に受け入れられると思っていたのですよ。ローランはわたくしのスキンシップを嫌がったりしません。
次の瞬間、乾いた笑い声が耳に届きました。
「ふふふ……冗談ですよ? お祖父さま。剣をお収めください」
ローランが笑い、マルグリットとプルーニャ男爵は醜悪な笑みを浮かべました。
「帰りますよ、もちろん。だいたいこの家の状況はわかったので、あとは父上が継いでくれるのを待つだけですね」
「まったく、冗談キツいわよ? チェス大会の賞金は? ピヴォワン卿が管理してるの? じゃ、また後日、届けに来てもらいましょ」
プルーニャ男爵は剣を収めました。マルグリットはローランが差し出す手をつかみ、立ち上がります。
「じゃ、ごめんあそばせ。賞金はローランのものですからね。しっかり、届けに来るのよ? 来ない場合はまた、押しかけてやるから」
ローランはマルグリットをエスコートし、そのまま出て行こうとしました。
わたくしには何が起こったのか、さっぱりわかりません。今さっき見た白刃は幻影だったのかと、思うぐらいでした。わたくしを守ろうとしてくれたローランが、突然彼らと仲良くしているのが信じられなかったのです。
ときどき、ませた口調で話すけれど、二人きりになると甘えてくるローラン。チェスと甘い物が大好きで、苦手な剣の稽古に励むがんばりやさん。かわいい彼が悪役側にいるなんて、あってはならないことでした。
カツカツと床を踏み鳴らす音で、わたくしはやっと我に返りました。
「ローラン! 行かないで! あなたはここの家の子よ?」
ローランの背中から聞こえた返答は、冷たいものでした。
「うるさいなぁ……赤の他人のくせに、母親面をするのはやめてくださいよ」
「そんな……マルグリットは、あなたのことをまた傷つけるわ。わたくしは……わたくしは、あなたのことを守りたいの」
「くだらない。幼稚なままごとはやめてください。あなたがそんなんだから、ノエルはバカなんでしょ?」
「悪口を言うのはやめて。こっちを向いて、ちゃんと話しましょう?」
金髪がふわっと浮いて、ローランは振り向きました。整った顔立ちは、隣で目を細めるマルグリットとよく似ています。無感情な青い目はわたくしの背後を見ているかのようでした。
「この際だから、はっきり言わせてもらうけど、あなたは僕の母親ではない。本当の母上はここにいる」
完全なる拒絶――
わたくしの負けでした。偽の母親は本物の母親の前に崩れ落ちます。
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