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42、ポーンを制する者は
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準決勝が長引いてしまったため、決勝戦は明日へ持ち越しとなった。
いつの間にか、深夜の十二時をまわっている。エドガーは後見人のロテュス卿の屋敷に帰り、僕らはそのままジェラーニオ邸に泊まることとなった。
また、抱っこされて寝室に連れて行かれたんじゃ、たまらないから、がんばって起きていたよ。
エドガーが帰り、僕とノエル、二人だけになった子供チームはしばらく会場にいた。子供には寝なさいと言いながら、大人たちはダラダラおしゃべりしているんだもんな。聞いてないようでいて、大人のおしゃべりは子供の耳に入っているよ。
ジェラーニオ卿、鉱山経営で失敗しているのか……それから、ルイーザの案で奥さまとチェス大会の運営をするようになり、借金を返したと――あの戦いぶりを見るに、なんか納得してしまうエピソードだ。
日頃は物静かなイケメンで奥さまの尻に敷かれているのだが、何かのきっかけで思い切った行動をとってしまうんだろうな。チェスボードの上で、ストレス発散してくれるのが一番いいのかもしれないね。
帰城される国王夫妻の馬車を見送ったあと、大人たちは放置していた子供の存在に気づいた。
「まあ! もう深夜の一時よ!? 明日も対局を控えているのに、こんなに遅くまで起きていてはダメよ? 子供たちを寝かせないと!!」
ルイーザが素っ頓狂な声をあげた。この場合の“子供たち”というのは、僕とノエルね。マイアとエレクトラは乳母のもとでお留守番だから。
寝かせるってなんだよ? 僕とノエルは赤ちゃんじゃないんだよ。こういうお子様扱いは何度やられても、腹立つなぁ。慣れて平気になることはない……ん? 待てよ?
パッとひらめいて、僕は嘘をつくことにした。
「目が冴えちゃって、全然眠れません。大人が起きているのに、子供だけに寝ろというのは不公平です」
「それなら、一緒に寝てあげるわ。さあ、寝室へ参りましょう」
やったー!! ルイーザが添い寝してくれる! 最近、こういう嘘をつくのがうまくなった。ルイーザは嘘が嫌いだから、ほどほどにしておくけどね。
しかし、僕は疲れていたんだろうな。ノエルと同室にしてもらったのを、まるきり忘れていたんだ。
寝室へつながる階段を上っている途中に気づいて、がっかりする。ノエルが当たり前のように、ついて来ているんだもん。僕の浅ましい策略は簡単に破られた。
着替えや歯磨きを手伝ったあと、ルイーザは二つ並んだベッドの間に座り、髪をなでてくれたり、胸をトントンしてくれて僕たちが寝るのを待った。それだけでも幸せだが、ノエルと同室にしなければ添い寝してくれたんだと思い、後悔にさいなまれるよ。
ノエル、君はもう九歳なのに、お母さまに寝かしつけてもらうのかい? 一人で寝る年だろうに。どこまで甘ったれなんだよ? マザコンは嫌われるよ? ここは一人で寝ますと、別室にしてもらうのが男なんじゃないのか? こんなことをブチブチ思いつつ、僕は深い眠りに入った。
決勝戦前で眠れないとか、そういうことはなかったね。
ジェラーニオ卿との長い対局で、心身ともに疲れ果てていたんだ。幸い、サンドラ顔の女王に追いかけ回される夢は見なかったよ。
昼前に目覚めた時には、頭はスッキリ。万全の状態だった。
ついに来たんだ! 決勝戦が!
この一年、修練を重ね、エドガーと対局するのを心待ちにしていた。それが、決勝戦という最高の晴れ舞台で叶うなんて、夢のようじゃないか!
王族やら、大勢のおえらいさん方に見られるのは準決勝戦で慣れている。緊張、プレッシャーの二重苦から解き放たれ、僕は自由になった。
あまり重ねたくはないけど、先日のジェラーニオ卿みたいな感じ? 夢の舞台で大好きなチェスができる。気負わず、思いっきりゲームを楽しもうと僕は思った。
決勝戦が始まるのは夕方。
それまではノエルと鬼ごっこをして遊んだり、お菓子を食べたりした。大人たちは決勝戦の準備諸々で大忙しさ。
会場が泊っている屋敷の一階というのは、恵まれているよね。移動時間は二、三分。おかげで、僕はリラックスして過ごすことができた。
エドガーも泊まればよかったのに、と思ったりもした。短い間に僕らはかなりの仲良しになっていたんだ。他に子供がいないというのも大きいだろうが、それだけではない。エドガーはとっても魅力的だった。大人顔負けの知能を持ちながら言動はガキで、くるくる動き回るアライグマとかイタチのようなのさ。誰も予想しない発想をして、周りを驚かせるんだ。おもしろいし、退屈しないんだよね。
おやつタイムの時、ノエルも僕と同じことを思っていたようで、
「エドガーがここにいればなぁ……」
なんてことを、つぶやく。グリーンアイは物憂げだった。顔立ちと黒髪はジェラーニオ卿と同じでも、ノエルの性格は肉体派のピヴォワン卿寄りだ。こういうことはめずらしい。
「泊まるよう、誘えばよかったじゃないか?」
「誘ったよ。でも断られたんだ」
ノエルいわく、エドガーの後見人のロテュス卿が許してくれないのだそう。
「チェスもね、反対されているんだって」
そういえば、お菓子パーティの時にそんなことを言っていたような気がする。僕は聞き流していた。
あの優しそうな黒ひげのお父さまか。案外、ケチくさいことを言うんだな。チェスぐらい好きにやらせてやれよ。
「この大会が終わったあと、エドガーはどうするんだろう? チェスは続けられるのかな?」
「知るかよ?」
心配するノエルに僕は怒りで返した。ノエルにと言うよりか、エドガーの義理父に腹が立っていた。みなし子のエドガーを引き取ったのはご立派なことだと思うけど、子供の好きなことを制限する権利はないだろう。
親に道具としてしか扱われず、自由も制限され、囚人のごとき生活を送っていた僕はロテュス卿に強い反感を持った。あのころの僕は子供らしく遊ぶことすら、許されなかったんだ。ピヴォワン家に引き取られるまでは、本当の地獄だった。僕を救ってくれたのはルイーザとチェス、それとピヴォワン家の人たちだよ。
嫌なことを思い出してしまった僕は、気分を戻すためにチェスボードのまえに座った。ノエルのお守りは終わりさ。君はそこに置いてある名人の棋譜でも読み解いて、勉強していなさい。
エドガーに勝つ自信はない。けれど、好敵手と認めてもらえるだけのチェスを指したいと思った。序盤の研究はまだ足りていないよ。それと、エンドゲームをどうするか。エドガーは絶対にミスをしない。歩兵もうまく使ってくるだろう。なにせ、歩兵が大好きな男だからね。
歩兵を制する者はチェスを制す、だ。
いつの間にか、深夜の十二時をまわっている。エドガーは後見人のロテュス卿の屋敷に帰り、僕らはそのままジェラーニオ邸に泊まることとなった。
また、抱っこされて寝室に連れて行かれたんじゃ、たまらないから、がんばって起きていたよ。
エドガーが帰り、僕とノエル、二人だけになった子供チームはしばらく会場にいた。子供には寝なさいと言いながら、大人たちはダラダラおしゃべりしているんだもんな。聞いてないようでいて、大人のおしゃべりは子供の耳に入っているよ。
ジェラーニオ卿、鉱山経営で失敗しているのか……それから、ルイーザの案で奥さまとチェス大会の運営をするようになり、借金を返したと――あの戦いぶりを見るに、なんか納得してしまうエピソードだ。
日頃は物静かなイケメンで奥さまの尻に敷かれているのだが、何かのきっかけで思い切った行動をとってしまうんだろうな。チェスボードの上で、ストレス発散してくれるのが一番いいのかもしれないね。
帰城される国王夫妻の馬車を見送ったあと、大人たちは放置していた子供の存在に気づいた。
「まあ! もう深夜の一時よ!? 明日も対局を控えているのに、こんなに遅くまで起きていてはダメよ? 子供たちを寝かせないと!!」
ルイーザが素っ頓狂な声をあげた。この場合の“子供たち”というのは、僕とノエルね。マイアとエレクトラは乳母のもとでお留守番だから。
寝かせるってなんだよ? 僕とノエルは赤ちゃんじゃないんだよ。こういうお子様扱いは何度やられても、腹立つなぁ。慣れて平気になることはない……ん? 待てよ?
パッとひらめいて、僕は嘘をつくことにした。
「目が冴えちゃって、全然眠れません。大人が起きているのに、子供だけに寝ろというのは不公平です」
「それなら、一緒に寝てあげるわ。さあ、寝室へ参りましょう」
やったー!! ルイーザが添い寝してくれる! 最近、こういう嘘をつくのがうまくなった。ルイーザは嘘が嫌いだから、ほどほどにしておくけどね。
しかし、僕は疲れていたんだろうな。ノエルと同室にしてもらったのを、まるきり忘れていたんだ。
寝室へつながる階段を上っている途中に気づいて、がっかりする。ノエルが当たり前のように、ついて来ているんだもん。僕の浅ましい策略は簡単に破られた。
着替えや歯磨きを手伝ったあと、ルイーザは二つ並んだベッドの間に座り、髪をなでてくれたり、胸をトントンしてくれて僕たちが寝るのを待った。それだけでも幸せだが、ノエルと同室にしなければ添い寝してくれたんだと思い、後悔にさいなまれるよ。
ノエル、君はもう九歳なのに、お母さまに寝かしつけてもらうのかい? 一人で寝る年だろうに。どこまで甘ったれなんだよ? マザコンは嫌われるよ? ここは一人で寝ますと、別室にしてもらうのが男なんじゃないのか? こんなことをブチブチ思いつつ、僕は深い眠りに入った。
決勝戦前で眠れないとか、そういうことはなかったね。
ジェラーニオ卿との長い対局で、心身ともに疲れ果てていたんだ。幸い、サンドラ顔の女王に追いかけ回される夢は見なかったよ。
昼前に目覚めた時には、頭はスッキリ。万全の状態だった。
ついに来たんだ! 決勝戦が!
この一年、修練を重ね、エドガーと対局するのを心待ちにしていた。それが、決勝戦という最高の晴れ舞台で叶うなんて、夢のようじゃないか!
王族やら、大勢のおえらいさん方に見られるのは準決勝戦で慣れている。緊張、プレッシャーの二重苦から解き放たれ、僕は自由になった。
あまり重ねたくはないけど、先日のジェラーニオ卿みたいな感じ? 夢の舞台で大好きなチェスができる。気負わず、思いっきりゲームを楽しもうと僕は思った。
決勝戦が始まるのは夕方。
それまではノエルと鬼ごっこをして遊んだり、お菓子を食べたりした。大人たちは決勝戦の準備諸々で大忙しさ。
会場が泊っている屋敷の一階というのは、恵まれているよね。移動時間は二、三分。おかげで、僕はリラックスして過ごすことができた。
エドガーも泊まればよかったのに、と思ったりもした。短い間に僕らはかなりの仲良しになっていたんだ。他に子供がいないというのも大きいだろうが、それだけではない。エドガーはとっても魅力的だった。大人顔負けの知能を持ちながら言動はガキで、くるくる動き回るアライグマとかイタチのようなのさ。誰も予想しない発想をして、周りを驚かせるんだ。おもしろいし、退屈しないんだよね。
おやつタイムの時、ノエルも僕と同じことを思っていたようで、
「エドガーがここにいればなぁ……」
なんてことを、つぶやく。グリーンアイは物憂げだった。顔立ちと黒髪はジェラーニオ卿と同じでも、ノエルの性格は肉体派のピヴォワン卿寄りだ。こういうことはめずらしい。
「泊まるよう、誘えばよかったじゃないか?」
「誘ったよ。でも断られたんだ」
ノエルいわく、エドガーの後見人のロテュス卿が許してくれないのだそう。
「チェスもね、反対されているんだって」
そういえば、お菓子パーティの時にそんなことを言っていたような気がする。僕は聞き流していた。
あの優しそうな黒ひげのお父さまか。案外、ケチくさいことを言うんだな。チェスぐらい好きにやらせてやれよ。
「この大会が終わったあと、エドガーはどうするんだろう? チェスは続けられるのかな?」
「知るかよ?」
心配するノエルに僕は怒りで返した。ノエルにと言うよりか、エドガーの義理父に腹が立っていた。みなし子のエドガーを引き取ったのはご立派なことだと思うけど、子供の好きなことを制限する権利はないだろう。
親に道具としてしか扱われず、自由も制限され、囚人のごとき生活を送っていた僕はロテュス卿に強い反感を持った。あのころの僕は子供らしく遊ぶことすら、許されなかったんだ。ピヴォワン家に引き取られるまでは、本当の地獄だった。僕を救ってくれたのはルイーザとチェス、それとピヴォワン家の人たちだよ。
嫌なことを思い出してしまった僕は、気分を戻すためにチェスボードのまえに座った。ノエルのお守りは終わりさ。君はそこに置いてある名人の棋譜でも読み解いて、勉強していなさい。
エドガーに勝つ自信はない。けれど、好敵手と認めてもらえるだけのチェスを指したいと思った。序盤の研究はまだ足りていないよ。それと、エンドゲームをどうするか。エドガーは絶対にミスをしない。歩兵もうまく使ってくるだろう。なにせ、歩兵が大好きな男だからね。
歩兵を制する者はチェスを制す、だ。
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