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37、お菓子パーティー
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回廊の端っこには猫足のソファーが置かれている。仲良く並んで腰掛け、子供だけのお菓子パーティーの始まり始まりー!
金の格子窓にシャンデリアが映る。外は真っ暗だ。愛をつむぐカップルのために点々と置かれたランタンが、噴水まで続いている。水面には満月が揺らめいていた。完全な大人タイムだね。
こういう特別な日は、子供も遅くまで起きていられる。少し得した気分になるんだ。
僕、エドガー、ノエルの三人は貪るように食いまくった。お菓子を前にした子供は誰でもこうなるよ。当然さ。
ノエルが一番控えめかな。こいつめ! 制限されてなかったから、僕らほどお菓子に飢えてないな? 僕らのようにみじめで悲しい幼少期を過ごした子供は、お菓子に対する飢餓感がものすごいんだよ。この甘ちゃんめ!
だが、途中で仲間だと思っていたエドガーに心配された。
「おいおい、そんなに食って大丈夫かよ? 腹壊すぜ?」
「平気、平気! お菓子で腹を下したことなんか、ないし!」
「適度な糖分は脳に良いが、食べ過ぎは眠くなるからな?」
「もう、対局はないから大丈夫だよ」
僕はノエルとエドガーが残した分も食べた。二人は甘いものはもういいと言って、軽食をもらいに行った。まったく、食べ物を粗末にすると罰が当たるよ。
手軽につまめるピタやプレッツェル、カナッペ、ローストビーフは魅力的だけどね。お酒のつまみになるものが、お菓子とは別のテーブルに置かれている。僕は友人たちにドゥーグのお代わりをお願いして、お菓子を食べ続けた。
ジェラーニオ家の菓子職人は一流だね! ピヴォワン家の菓子職人と並ぶかもしれない。
砂糖をこれでもかってまぶしたオレンジピールやマカロン、ローズウォーター入りのヌガーなんて、いくらでも食べられる。僕はピスタチオが大好きなんだ。高価だとか、シーズンじゃないとか関係ないよ。贅沢できる時に贅沢してやるんだ。いつまた、どん底に落とされるか、わからないからね? 宝石みたいなチョコレートを口直しにして、僕はパイやタルトを頬張った。
戻ってきたベレー帽と黒髪。エドガーとノエルが食べるのに飽きて、しゃべってばかりいても、一人で食べ続ける。
彼らの皿に載ったキャビアのカナッペやイルカの串焼き、クジラのステーキなんかにもそそられるが、甘いものの誘惑には負ける。ピヴォワン家に来るまで、僕はイルカやクジラを食べたことがなかったんだ。高級食材だからね。そのセレブ御用達料理に勝るスイーツ群よ。
食べるのに一生懸命な僕は、二人の会話にまるきり口を挟まなかった。馬鹿と天才コンビ、ノエル&エドガーはいつの間にか親しくなっていたよ。奇妙なことに、ノエルよりエドガーのほうが貴族っぽく見えたりする。
「へぇ……おまえらの親戚がこの大会の主催者ってわけか? すげぇな!」
「もともと、企画したのはおれの母上だよ。さっきの眼鏡のおばさん」
「あの頭の良さそうなおばさんか! もっと話したかったなぁ……」
「決勝戦までまだあるし、話せばいいよ。なんなら、ここの屋敷に泊まってけば?」
「それはオレの後見人がノーと言うよ。ここだけの話、オレがチェスを続けるのも快く思っていないんだ……」
ちょっと待てよ、君ら? おばさんってなんだよ!? ルイーザは全然おばさんじゃないし!! 失礼なこと言うな!! 僕はクッキーをゴクンとドゥーグで流し込んだ。これは黙っていられない。
「ガキの君らには難しいかもしれないが、大人の女性の誰もをおばさんと呼ぶのは間違いだ。ルイーザのようなひとは、おばさんじゃ……」
「好きなんだな」
すかさずエドガーに言われ、僕は顔から火が出るかと思った。エドガーは敏い灰色の目で僕を見据える。イタズラ好きのアライグマの目になっていた。
「さっき、オレが眼鏡のおばさんと話していた時、すっげぇ不機嫌な顔をしてただろ? んで、ノエルがお菓子を食べに行くと言ったら、満面の笑顔で話を中断させたじゃん? ピンと来たんだよね」
こいつ……そんな短いやり取りで感づくとは……。さすが、チェスの天才と思われるだけはあるな。観察眼が半端ない。
僕は慌てた。ノエルはぽかんとしているが、馬鹿といえども、気づかれるのは時間の問題。一世一代の大ピンチだ。
僕はエドガーの口に硬いビスコッティを突っ込んだ。ピスタチオ入りのお気に入りだけど、背に腹は代えられぬ。それから、エドガーの横で首をかしげているノエルに気づかれないよう、腹に一発。
「んぐっ!!」
苦しそうに顔を歪めるエドガーの耳元にささやいた。
「それ以上、ノエルの前で言ったら、コロス」
悪魔のような祖父から、すごみ方を教わっといて良かったよ。エドガーはたちまち静かになった。
よし! これで安心してお菓子が食べられる。要求すれば、アイスやソルベも出してくれるみたいだから、あとでもらおうっと。アイスとビスケットを一緒に食べるのを試してみたいんだ。博物館に行った際、ルイーザが言っていただろう? 彼女の思いつきは素晴らしい。
その後、僕らはアイスビスケットで仲直りした。
バニラ風味のアイスにシンプルな丸いビスケットを合わせて食べる。食べ方はそれぞれだよ。
ノエルはビスケットを粉々に砕いてアイスに混ぜて食べていたし、エドガーはビスケットの間にアイスを挟んで食べていたね。僕は半分に割ったビスケットを、スプーンの代わりにして食べた。これが一番合理的だ。
スイーツは人を幸せにする魔法の食べ物だよ。ノエルはついさっきの僕らの会話など、すっかり忘れてアイスに夢中だった。
ところが、これで一件落着!……というわけには、いかなかったんだ。
ルイーザにこの素敵な食べ方を教えに行こうとしていたら、声をかけられた。
「ローラン様、あともう少しで出番ですよ」って。
大会の執行係かな。地味な藍色の制服に身を包んだ真面目そうな人。以前にも見た覚えがある。ジェラーニオ家の執事かもしれなかった。
……で、二回戦の対局が早々に終わって、もう三回戦を始めるんだって? 聞いてないよ?
お菓子食べまくって、もう眠いし、頭が働かないよ。それに、子供はもう寝る時間だよ。急な予定変更とか、ふざけるな! 大会の運営者は誰だよ??
ルイーザの両親か……。
金の格子窓にシャンデリアが映る。外は真っ暗だ。愛をつむぐカップルのために点々と置かれたランタンが、噴水まで続いている。水面には満月が揺らめいていた。完全な大人タイムだね。
こういう特別な日は、子供も遅くまで起きていられる。少し得した気分になるんだ。
僕、エドガー、ノエルの三人は貪るように食いまくった。お菓子を前にした子供は誰でもこうなるよ。当然さ。
ノエルが一番控えめかな。こいつめ! 制限されてなかったから、僕らほどお菓子に飢えてないな? 僕らのようにみじめで悲しい幼少期を過ごした子供は、お菓子に対する飢餓感がものすごいんだよ。この甘ちゃんめ!
だが、途中で仲間だと思っていたエドガーに心配された。
「おいおい、そんなに食って大丈夫かよ? 腹壊すぜ?」
「平気、平気! お菓子で腹を下したことなんか、ないし!」
「適度な糖分は脳に良いが、食べ過ぎは眠くなるからな?」
「もう、対局はないから大丈夫だよ」
僕はノエルとエドガーが残した分も食べた。二人は甘いものはもういいと言って、軽食をもらいに行った。まったく、食べ物を粗末にすると罰が当たるよ。
手軽につまめるピタやプレッツェル、カナッペ、ローストビーフは魅力的だけどね。お酒のつまみになるものが、お菓子とは別のテーブルに置かれている。僕は友人たちにドゥーグのお代わりをお願いして、お菓子を食べ続けた。
ジェラーニオ家の菓子職人は一流だね! ピヴォワン家の菓子職人と並ぶかもしれない。
砂糖をこれでもかってまぶしたオレンジピールやマカロン、ローズウォーター入りのヌガーなんて、いくらでも食べられる。僕はピスタチオが大好きなんだ。高価だとか、シーズンじゃないとか関係ないよ。贅沢できる時に贅沢してやるんだ。いつまた、どん底に落とされるか、わからないからね? 宝石みたいなチョコレートを口直しにして、僕はパイやタルトを頬張った。
戻ってきたベレー帽と黒髪。エドガーとノエルが食べるのに飽きて、しゃべってばかりいても、一人で食べ続ける。
彼らの皿に載ったキャビアのカナッペやイルカの串焼き、クジラのステーキなんかにもそそられるが、甘いものの誘惑には負ける。ピヴォワン家に来るまで、僕はイルカやクジラを食べたことがなかったんだ。高級食材だからね。そのセレブ御用達料理に勝るスイーツ群よ。
食べるのに一生懸命な僕は、二人の会話にまるきり口を挟まなかった。馬鹿と天才コンビ、ノエル&エドガーはいつの間にか親しくなっていたよ。奇妙なことに、ノエルよりエドガーのほうが貴族っぽく見えたりする。
「へぇ……おまえらの親戚がこの大会の主催者ってわけか? すげぇな!」
「もともと、企画したのはおれの母上だよ。さっきの眼鏡のおばさん」
「あの頭の良さそうなおばさんか! もっと話したかったなぁ……」
「決勝戦までまだあるし、話せばいいよ。なんなら、ここの屋敷に泊まってけば?」
「それはオレの後見人がノーと言うよ。ここだけの話、オレがチェスを続けるのも快く思っていないんだ……」
ちょっと待てよ、君ら? おばさんってなんだよ!? ルイーザは全然おばさんじゃないし!! 失礼なこと言うな!! 僕はクッキーをゴクンとドゥーグで流し込んだ。これは黙っていられない。
「ガキの君らには難しいかもしれないが、大人の女性の誰もをおばさんと呼ぶのは間違いだ。ルイーザのようなひとは、おばさんじゃ……」
「好きなんだな」
すかさずエドガーに言われ、僕は顔から火が出るかと思った。エドガーは敏い灰色の目で僕を見据える。イタズラ好きのアライグマの目になっていた。
「さっき、オレが眼鏡のおばさんと話していた時、すっげぇ不機嫌な顔をしてただろ? んで、ノエルがお菓子を食べに行くと言ったら、満面の笑顔で話を中断させたじゃん? ピンと来たんだよね」
こいつ……そんな短いやり取りで感づくとは……。さすが、チェスの天才と思われるだけはあるな。観察眼が半端ない。
僕は慌てた。ノエルはぽかんとしているが、馬鹿といえども、気づかれるのは時間の問題。一世一代の大ピンチだ。
僕はエドガーの口に硬いビスコッティを突っ込んだ。ピスタチオ入りのお気に入りだけど、背に腹は代えられぬ。それから、エドガーの横で首をかしげているノエルに気づかれないよう、腹に一発。
「んぐっ!!」
苦しそうに顔を歪めるエドガーの耳元にささやいた。
「それ以上、ノエルの前で言ったら、コロス」
悪魔のような祖父から、すごみ方を教わっといて良かったよ。エドガーはたちまち静かになった。
よし! これで安心してお菓子が食べられる。要求すれば、アイスやソルベも出してくれるみたいだから、あとでもらおうっと。アイスとビスケットを一緒に食べるのを試してみたいんだ。博物館に行った際、ルイーザが言っていただろう? 彼女の思いつきは素晴らしい。
その後、僕らはアイスビスケットで仲直りした。
バニラ風味のアイスにシンプルな丸いビスケットを合わせて食べる。食べ方はそれぞれだよ。
ノエルはビスケットを粉々に砕いてアイスに混ぜて食べていたし、エドガーはビスケットの間にアイスを挟んで食べていたね。僕は半分に割ったビスケットを、スプーンの代わりにして食べた。これが一番合理的だ。
スイーツは人を幸せにする魔法の食べ物だよ。ノエルはついさっきの僕らの会話など、すっかり忘れてアイスに夢中だった。
ところが、これで一件落着!……というわけには、いかなかったんだ。
ルイーザにこの素敵な食べ方を教えに行こうとしていたら、声をかけられた。
「ローラン様、あともう少しで出番ですよ」って。
大会の執行係かな。地味な藍色の制服に身を包んだ真面目そうな人。以前にも見た覚えがある。ジェラーニオ家の執事かもしれなかった。
……で、二回戦の対局が早々に終わって、もう三回戦を始めるんだって? 聞いてないよ?
お菓子食べまくって、もう眠いし、頭が働かないよ。それに、子供はもう寝る時間だよ。急な予定変更とか、ふざけるな! 大会の運営者は誰だよ??
ルイーザの両親か……。
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