ごめんなさい。わたくし、お義父様のほうが……

黄札

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33、親友

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 博物館デートのあと、き物が落ちたみたいに僕はチェスを楽しめるようになった。

 勝たなくちゃと焦っていたのが、落ち着いたのかな。最近は肩に力が入りすぎていたのだろう。
 余裕があれば結果を出せる。サロンで対局しても、勝つことが多くなった。

 好敵手ライバルに会ったことで、大きく意識が変わったのかもしれない。余裕のない僕に比べて、エドガーは相変わらずデンと構えていて、少し格好いいなと思ったんだ。少しだけな!

 野性味が薄くなっても、飄々ひょうひょうとしているのは変わらないよ。いつの間にか、自らを束縛していた僕は鷹揚おうような彼を見て、恥ずかしくなったんだ。

 それ以前に、チェスを楽しんでいないとルイーザにも指摘されていたからね。一心不乱なのはけっして悪いことではないけれど、楽しむことを忘れたらそれは本気ですらなくなる。なんのためにチェスをやっているのか。きっと、僕は見失っていたんだと思う。
 ただ単におもしろい、楽しいと感じるのがとても尊いことなんだと、気づかされたんだ。

 目からウロコとはこのこと。開眼した僕はこの喜びを誰かと分かち合いたくなった。うっかり、ノエルに言ってしまったんだよ。
 
 ノエルは首をかしげていたな……それより、自分を置いて僕とルイーザが博物館へ行ったことが、気にさわったらしい。博物館デートは大切な用事ということにして、ごまかしていたんだよね。

「ズルい! おれも行きたい! アイスも食べたい!」 

 という話になり、次の週、僕はふたたび博物館へ行くことになってしまった。ミイラを見れたのは嬉しかったけど、ルイーザと二人の時ほどゆっくり鑑賞できなかったよ。ノエルのやつ、いちいち大げさに反応するんだもん。何度、シーッと人差し指を口に当てたことか。
 でも、急に真顔で、

「おまえが元に戻って良かったよ」

 なーんて言うものだから、怒る気も失せてしまった。わざと馬鹿のふりをしているのかと、疑いたくなることもあるよ。たまに核心をついてくるから、ヒヤッとさせられる。


 王都の屋敷では、垣根の迷路の行き止まりが秘密基地だ。以前、一悶着あった場所だね。今では乳母の子とも仲良くやっているよ。ノエルと三人で遊ぶこともある。もう意地悪はしない。
 庭師に木のベンチを設えてもらってから、僕らはたびたび入り浸るようになった。
 その日、剣の稽古を終えた僕とノエルはここで休んでいた。

「ローランは将来のこと、考えてる?」

 深刻な顔をしたノエルに質問されたんだ。唐突だった。
 初夏の風がノエルの短い黒髪を散らしていた。僕は若葉の香りのするその風を吸い込んだ。

 将来のこと? 考えているわけないじゃないか。僕の当面の目標はルイーザに愛されること、チェスでエドガーに勝つことぐらいだよ。それ以上先のことなど、脳裏に浮かんだこともなかった。
 ノエルだって同じだと思っていたよ。それなのに、ノエルは至極まじめな顔でこんなことを言うんだ。

「おれはね、騎士になりたいんだ。家を継ぐ気はない」
「家を継いだって、騎士にはなれるだろう?」
「いーや、賢いおまえなら、国際情勢がわかるだろう?」

 ノエルの言うとおり、ここ数年、近隣諸国は不穏な動きをしている。ピヴォワン卿が若いころに経験した戦争が、ふたたび勃発してもおかしくない状況だ。

「死ぬかもしれないのに、家は継げない」
「死ぬなんて、気安く言うなよ!」
「死を覚悟で、おれは国王に忠誠を誓うつもりだ。国や民を守りたい」

 僕は言葉を失った。殺されるかもしれないと思ったことは何度もあるが、誰かのために死のうと思ったことは一度もない。
 
 大事に育てられ、幸せに生きてきたノエルがどうしてそんなことを言うのか。命の重さをわかってないんじゃないかと、憤った。と同時に、深緑の瞳をキラキラさせるノエルがまぶしかった。

「バカッ! 命はそんなに軽いもんじゃないっ!!」
「わかっているよ。だから、おれはみんなのために戦いたいのさ」

 まっすぐな視線に射られ、僕はひるんだ。九歳とは思えない覚悟だよ。何も考えてなかった僕のほうが、よっぽどガキじゃないか。

「だからさ、ローラン。おまえにピヴォワン家を継いでもらいたい」
「僕にそんな権利はない」
「血統は問題ないだろう。おれはおまえの父親に継承権を讓るつもりだよ。もともと、おれは次男だから権利も何もないんだが」

 僕の父親はボンクラだよ。あんなのに家を継がせたら、没落するに決まっている。ノエルも僕と同じ不安は感じていたようで、

「一度しか会ったことないが、おまえの父親はろくでもないな? でも、おまえなら大丈夫だと思ったんだ。おれより賢いしね」

 いずれ、僕が相続することまで想定していたようだ。僕はかぶりを振り続けた。

「よく、そんなことが言えるもんだ。ピヴォワン卿が、僕の父と母の結婚を反対しているのは知っているよな? 母と祖父はこの家を乗っ取ることも考えて、僕を送り込んだんだよ?」

 ノエルの思い描く未来は悪い結果しか招かない。母たちの思惑どおりだよ。あの邪悪なプルーニャ家に、大切なものを全部壊されてしまう。

「母たちは奪うことしか考えていない。彼らの手にこの家の権利が渡ったら、大変なことになる」

 君はルイーザを泣かせたいのか? マイアやエレクトラだって、あいつらの毒牙にかけられる。みんな不幸になるんだよ。

「おまえはちがうだろう」

 ノエルは濁りのないグリーンアイを向ける。深い緑はピヴォワン城の湖を思い出す。僕は心の奥底まで見透かされた気がした。
 
「ぼ、僕は嘘つきだし、性格が悪い……ほら、忘れたのか? 来たばかりのころ、ここであったことを」
「一年前の話だよ。おまえは変わった」

 どうして、僕なんかを信頼するんだ? 僕は君の母親によこしまな感情を抱いている。最低な男だぞ?

「変わってないよ。人間の本質は何があっても変わらない。僕は利己主義者で性根が腐っている。ピヴォワン家の人たちとはちがう」
「家族を守りたい気持ちは?」
「あるに決まってるだろ!……えっと、ここで言う家族っていうのは、ルイーザや君らのことだよ。僕を捨てたプルーニャ家のことじゃない」

 守りたいからこそ、その案に反対している。ノエル、君は浅はかだ。
 憤然とする僕に対して、ノエルは微笑んだ。

「それを聞いて安心した」
「僕にこの家を継ぐ気はない。君が継いで、家族を守れ」
「じゃ、父上が死んで、おれが死んだときは、代わりにローランがみんなを守ってくれるか?」
「当然だろ!」

 ここで、僕は言わされたことに気づいた。ノエルは僕の気持ちを確かめたかったんだ。また、はめられたんだよ、この馬鹿に。
 僕はごまかそうと、咳払いした。

「もしもの時のことは置いといて、騎士になろうが自分の責務からは逃れるなよ? 僕は横で支えるだけだ」
「うん。ありがとな、ローラン!」
「あと、絶対に死ぬな!!」

 にやにやするノエルを殴ってやりたい。けど、ルイーザの面影がチラつく綺麗な顔にそんなことはできないさ。

 初めの日、とことん嫌な奴だった僕をノエルはかばった。自分の立場が不利になろうとも口を閉ざし、糾弾しなかったんだ。あの時、ノエルが訴えれば、追い出すことは容易だったはず。僕が乳母の子にしたことは許されることではないよ。チェスから逃げていたときだってそう。

 ピヴォワン家に来てから、僕は何度もこいつに助けられている。
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