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32、博物館
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さあ、うきうき博物館デートの始まりだよ。
王立博物館は王都の郊外にあった。高いフェンスの向こうに庭園が広がり、古代の宮殿を思わせる建物がそびえる。
まず、僕とルイーザは絵画のギャラリーに入った。僕を十人並べても、お釣りがくる幅の絵画が山とある。ほとんどが宗教画かな。
僕は絵に興味ないから、これはルイーザの趣味。退屈な絵画鑑賞も彼女と一緒なら天国さ。
僕とルイーザは恋人のように手をつなぎ、館内を回った。
絵画鑑賞が終わったらお待ちかね、動物の骨格標本、剥製コーナーへ行くよ。
巨大鮫や大猿、ヒュドラの骨格標本は大迫力! 剥製コーナーには魚竜やワイバーン、ユニコーンもいた。
山奥や洞窟などでハンターたちが捕獲した希少な獣の数々……心躍るね! 一般人が見られるのは標本や剥製だけど、それだけでも躍動感が伝わってくる。
「男の子って、大きな動物が好きね? ノエルも楽しめたんじゃないかしら?」
ルイーザってば、こんなことを言って気分をぶち壊すんだ。そりゃあ、僕もチラッとは思ったよ。ノエルは大はしゃぎするだろうなって。だけど、今日は二人のデートだからね!
ノエルのことは忘れましょう。また、家族で来ればいいでしょう? 今日はその下調べだと思って……
「館内が広すぎます。絵画や化石の展示は飽きてしまうでしょうし、事前に来ておいたほうが家族で来た時、段取りよく楽しめますよ」
「そうね! 子供と大人とじゃ、関心が異なるものね」
その言葉も引っかかるなぁ……僕にノエルのお守りをさせるつもりですか……。その間に夫婦で美術品鑑賞とか??
まあ、それはそれで、おもしろそうだけどさ。ルイーザをピヴォワン卿に取られるのは、気分が悪い。それにノエルのやつ、ちゃんと見張っとかないと展示品を壊すかもしれないぞ。
ミイラの展示はルイーザが怖がって、見ることが叶わなかった。今度、家族で来た時に見るとしよう。
めぼしいギャラリーをだいたい回ったあと、館内にあるカフェで一息つくことになった。
酒場はめずらしくないが、カフェは王都にも二か所しかない。僕もルイーザも入るのは初めてだ。
さて、初めてのカフェやいかに?
独特の薫香はコーヒーだろうか。香木やハーブより穏やかな感じがする。煙草臭はしなかった。煙草を吸いたい人はテラス席に座るみたい。フルフェイスひげ率の高い酒場とはちがい、ジュストコールに身を包んだ貴族しかいないね。ドレスコードのある博物館内だから当然か。
女子供の入店は断られるかと思いきや、ルイーザが名乗ったらすんなり入れちゃった。ピヴォワンとジェラーニオ、どちらかの名前が利いたんだろうね。
雰囲気としては、ジェラーニオ夫人のサロンに似ているかな。大人たちは、なんか小難しい話をしている。
……あれ? 対局?
奥のテーブルで「チェック」とか「キャスリング」とか言っている。僕とルイーザはコーヒーを飲んでから、見に行くことにした。一日、チェスは禁じられているけど、見るだけならと、かろうじて許可してもらったんだ。
コーヒーは苦くて飲めなかったな……。代わりにアイスクリームを食べた。ソルベは口直しによく食べるんだよね。でも、牛乳ベースのアイスクリームは初めてだ。チョコとプレーンと頼んで、ルイーザとシェアする幸せよ。
ルイーザはビスケットと一緒に食べたらいいかも!……と、大喜びしていた。
それで、飲食後にチェスをしているテーブルのほうへ向かったんだが、見物人はまだらだった。そんなにおもしろい対局でもないみたい。
あーあ、気取ってるだけで、両者力不足。これはステイルメイト(引き分け)になるな。勉強にならない棋譜の並べ方だ。
小指を立てて駒を移動し、わざわざチェックとか宣言するのは極めてダサい。戦略なんかないし、戦術もかじった程度だろう。
意外と町の酒場のほうが、いい対局が見られたりして。チェスが流行してから、こういうファッションチェスが増えたと聞いたことがある。嗜んでいるだけで、女の子にモテるとか、知識人っぽく装えるとか、そういう俗っぽい意識で始める輩が結構いるんだって。
僕もルイーザの気を惹くために始めたし、人のことは言えないよ。けど、なんかこういうのって、興ざめしちゃうよね。サロンにいる貴族は強いプレイヤーばかりだから、僕の目が肥えてしまったのかもしれない。
がっかりした僕はルイーザに目配せして、ギャラリーへ戻ろうと思った。そうしたら、声が聞こえてきたんだ。
「g3,a6,Bd6,Ne4,Rxe4……Re7+……」
ドキッとして、声のしたほうを見たよ。隣には僕より頭一つ分高い少年が立っていた。対局している人たちには聞こえてないだろう。ブツブツと口の中でつぶやいている。
チェックメイトするにはどうすればいいか、シュミレーションしているんだよ。最初は白番、次に黒番で勝つ棋譜を言っていた。相手側がどのように打つかも想定してね。
最後に「くだらん」と吐き捨てるようにつぶやいて、去ろうとした。
その声で思い出したよ。野生の獣じみたかすれ声。僕を簡単に打ち負かしたあいつだ。
「エ、エドガー!? エドガー・バルテルミー??」
「んん?? 今はその名じゃねぇけどな。なんで、オレの名を知っている?」
ベレー帽もかぶってないし、薄汚いチュニック姿でもない。すっかり貴族仕様になった少年は、僕を怪訝そうな顔で見ている。帽子で気づかなかったけど、栗色のクルクルした髪をしているんだな。小綺麗にした今では、誰も元庶民だなんて思わないだろう。
んなことは、どうでもいい。自分より弱い奴のことは覚えてないってか? ふざけるなよ?
「ほら、以前酒場で対局した……駒を取らずにチェックメイトしただろう?」
「あっああ! 思い出した。あん時のクソガキか? こんなところで会うとは奇遇だな?」
人を小馬鹿にした態度は健在だった。そのくせ、破顔して再会を喜ぶ。僕としては、今現在の彼の境遇が気になった。
「どうしたんだ? 貴族の格好をして……」
「あー、これか? 優秀さを見込まれてな、養子になった。オレも貴族様の仲間入りさ」
テラスで煙草を吸っていた彼の後見人と思われる人が、手招きしている。黒ひげの恰幅のいいおじさまだ。うちのお祖父さま、ピヴォワン卿より若い。
「じゃあな! また、どこかで会えるかもな」
「待てよ。チェス大会の本戦には出るのか?」
「もちろん!……あ、おまえもか?……ちったぁ、上達したんだな。じゃあ、本戦で。戦えるのを楽しみに待ってるよ!」
エドガーの野性味は薄まった気がした。野良犬も飼い犬になれば、変わるのかな。
華奢な背を見送り、ルイーザは言う。
「ロテュス伯爵……有名な実業家よ。お子さんがいらっしゃらなかったけど、彼が養子になったのね」
金持ち貴族が老後の世話をさせるために、養子をとったのか。いや、優秀さを見込まれてってことは……
「ロテュス卿は王議会でも発言力を増していると聞くわ。あの子の将来は廷臣かもね」
そうか、子飼いの廷臣を王廷に放つというわけか。
王立博物館は王都の郊外にあった。高いフェンスの向こうに庭園が広がり、古代の宮殿を思わせる建物がそびえる。
まず、僕とルイーザは絵画のギャラリーに入った。僕を十人並べても、お釣りがくる幅の絵画が山とある。ほとんどが宗教画かな。
僕は絵に興味ないから、これはルイーザの趣味。退屈な絵画鑑賞も彼女と一緒なら天国さ。
僕とルイーザは恋人のように手をつなぎ、館内を回った。
絵画鑑賞が終わったらお待ちかね、動物の骨格標本、剥製コーナーへ行くよ。
巨大鮫や大猿、ヒュドラの骨格標本は大迫力! 剥製コーナーには魚竜やワイバーン、ユニコーンもいた。
山奥や洞窟などでハンターたちが捕獲した希少な獣の数々……心躍るね! 一般人が見られるのは標本や剥製だけど、それだけでも躍動感が伝わってくる。
「男の子って、大きな動物が好きね? ノエルも楽しめたんじゃないかしら?」
ルイーザってば、こんなことを言って気分をぶち壊すんだ。そりゃあ、僕もチラッとは思ったよ。ノエルは大はしゃぎするだろうなって。だけど、今日は二人のデートだからね!
ノエルのことは忘れましょう。また、家族で来ればいいでしょう? 今日はその下調べだと思って……
「館内が広すぎます。絵画や化石の展示は飽きてしまうでしょうし、事前に来ておいたほうが家族で来た時、段取りよく楽しめますよ」
「そうね! 子供と大人とじゃ、関心が異なるものね」
その言葉も引っかかるなぁ……僕にノエルのお守りをさせるつもりですか……。その間に夫婦で美術品鑑賞とか??
まあ、それはそれで、おもしろそうだけどさ。ルイーザをピヴォワン卿に取られるのは、気分が悪い。それにノエルのやつ、ちゃんと見張っとかないと展示品を壊すかもしれないぞ。
ミイラの展示はルイーザが怖がって、見ることが叶わなかった。今度、家族で来た時に見るとしよう。
めぼしいギャラリーをだいたい回ったあと、館内にあるカフェで一息つくことになった。
酒場はめずらしくないが、カフェは王都にも二か所しかない。僕もルイーザも入るのは初めてだ。
さて、初めてのカフェやいかに?
独特の薫香はコーヒーだろうか。香木やハーブより穏やかな感じがする。煙草臭はしなかった。煙草を吸いたい人はテラス席に座るみたい。フルフェイスひげ率の高い酒場とはちがい、ジュストコールに身を包んだ貴族しかいないね。ドレスコードのある博物館内だから当然か。
女子供の入店は断られるかと思いきや、ルイーザが名乗ったらすんなり入れちゃった。ピヴォワンとジェラーニオ、どちらかの名前が利いたんだろうね。
雰囲気としては、ジェラーニオ夫人のサロンに似ているかな。大人たちは、なんか小難しい話をしている。
……あれ? 対局?
奥のテーブルで「チェック」とか「キャスリング」とか言っている。僕とルイーザはコーヒーを飲んでから、見に行くことにした。一日、チェスは禁じられているけど、見るだけならと、かろうじて許可してもらったんだ。
コーヒーは苦くて飲めなかったな……。代わりにアイスクリームを食べた。ソルベは口直しによく食べるんだよね。でも、牛乳ベースのアイスクリームは初めてだ。チョコとプレーンと頼んで、ルイーザとシェアする幸せよ。
ルイーザはビスケットと一緒に食べたらいいかも!……と、大喜びしていた。
それで、飲食後にチェスをしているテーブルのほうへ向かったんだが、見物人はまだらだった。そんなにおもしろい対局でもないみたい。
あーあ、気取ってるだけで、両者力不足。これはステイルメイト(引き分け)になるな。勉強にならない棋譜の並べ方だ。
小指を立てて駒を移動し、わざわざチェックとか宣言するのは極めてダサい。戦略なんかないし、戦術もかじった程度だろう。
意外と町の酒場のほうが、いい対局が見られたりして。チェスが流行してから、こういうファッションチェスが増えたと聞いたことがある。嗜んでいるだけで、女の子にモテるとか、知識人っぽく装えるとか、そういう俗っぽい意識で始める輩が結構いるんだって。
僕もルイーザの気を惹くために始めたし、人のことは言えないよ。けど、なんかこういうのって、興ざめしちゃうよね。サロンにいる貴族は強いプレイヤーばかりだから、僕の目が肥えてしまったのかもしれない。
がっかりした僕はルイーザに目配せして、ギャラリーへ戻ろうと思った。そうしたら、声が聞こえてきたんだ。
「g3,a6,Bd6,Ne4,Rxe4……Re7+……」
ドキッとして、声のしたほうを見たよ。隣には僕より頭一つ分高い少年が立っていた。対局している人たちには聞こえてないだろう。ブツブツと口の中でつぶやいている。
チェックメイトするにはどうすればいいか、シュミレーションしているんだよ。最初は白番、次に黒番で勝つ棋譜を言っていた。相手側がどのように打つかも想定してね。
最後に「くだらん」と吐き捨てるようにつぶやいて、去ろうとした。
その声で思い出したよ。野生の獣じみたかすれ声。僕を簡単に打ち負かしたあいつだ。
「エ、エドガー!? エドガー・バルテルミー??」
「んん?? 今はその名じゃねぇけどな。なんで、オレの名を知っている?」
ベレー帽もかぶってないし、薄汚いチュニック姿でもない。すっかり貴族仕様になった少年は、僕を怪訝そうな顔で見ている。帽子で気づかなかったけど、栗色のクルクルした髪をしているんだな。小綺麗にした今では、誰も元庶民だなんて思わないだろう。
んなことは、どうでもいい。自分より弱い奴のことは覚えてないってか? ふざけるなよ?
「ほら、以前酒場で対局した……駒を取らずにチェックメイトしただろう?」
「あっああ! 思い出した。あん時のクソガキか? こんなところで会うとは奇遇だな?」
人を小馬鹿にした態度は健在だった。そのくせ、破顔して再会を喜ぶ。僕としては、今現在の彼の境遇が気になった。
「どうしたんだ? 貴族の格好をして……」
「あー、これか? 優秀さを見込まれてな、養子になった。オレも貴族様の仲間入りさ」
テラスで煙草を吸っていた彼の後見人と思われる人が、手招きしている。黒ひげの恰幅のいいおじさまだ。うちのお祖父さま、ピヴォワン卿より若い。
「じゃあな! また、どこかで会えるかもな」
「待てよ。チェス大会の本戦には出るのか?」
「もちろん!……あ、おまえもか?……ちったぁ、上達したんだな。じゃあ、本戦で。戦えるのを楽しみに待ってるよ!」
エドガーの野性味は薄まった気がした。野良犬も飼い犬になれば、変わるのかな。
華奢な背を見送り、ルイーザは言う。
「ロテュス伯爵……有名な実業家よ。お子さんがいらっしゃらなかったけど、彼が養子になったのね」
金持ち貴族が老後の世話をさせるために、養子をとったのか。いや、優秀さを見込まれてってことは……
「ロテュス卿は王議会でも発言力を増していると聞くわ。あの子の将来は廷臣かもね」
そうか、子飼いの廷臣を王廷に放つというわけか。
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