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31、禁じます

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 冬は温かい思い出となり、芽吹きの季節がやってくる。
 薔薇ばらが咲くころに、僕たちは王都の屋敷へ戻った。野趣に富んだ城の生活とは一転、都会的な刺激が待っている。

 十歳になった僕は、ルイーザの実家に入り浸るようになった。
 目的はジェラーニオ夫人が主催するサロンさ。
 煙草の匂いが充満するなか、大人たちは濃い酒を飲み、談笑し、批評し議論する。美意識の高い彼らが鑑賞するのは一級の美術品や前衛的な文学の数々……思想はここから生まれ、理論や学問が巣立っていく。トップクラスの知識人が集まる場所。

 僕みたいな子供が場違いだってことぐらい、わかっているよ。現にルイーザは僕が煙草臭くなるのを気にして、渋い顔をする。彼女の実家でなければ、子供は出入りできない場所だ。
 でもさ、ここは一流のチェスプレイヤーが集まる場所でもあるんだよね。城にいる間は引きこもって独学するしかなかったから、切磋琢磨できるのはとても嬉しいことなんだよ。
 僕に足りないのは実戦経験だ。

 酸いも甘いも噛み分けた大人相手に、僕はチェスを指した。
 初めのうちは何度か負けたよ。やっぱり戦い慣れてないからね。こんなんで夏、本戦を勝ち抜けるのかって思った。タイムリミットはあと二ヶ月。躍起になっていたのかな。
 誰彼構わず、対局を申し込む僕にルイーザは眉をひそめた。でも、僕はやめなかった。彼女に好かれたいと思って始めたチェスだけど、いつの間にか存在意義が変わっていたんだ。

「一日、チェスを禁じます」

 とうとう、ルイーザにこんなことを言われて愕然とした。
 
 僕は談話室に呼び出されていた。深刻そうな顔で、話があるから来なさいと言われて行ってみれば、これだよ。

「どうしてですか!? ルイーザには、僕の行動を抑制する権利があるんですか??」
「あなたを家族だと思っている。それに、あなたは守らなくてはならない子供よ」

 子供扱いしてくるルイーザに僕は反発した。

「自由を制限することが、守ることになるというんですか?」
「場合によってはね。だって、最近のあなたは全然幸せそうじゃないもの」
「幸せか、幸せでないかは僕が決めることです。母親でもないあなたが、僕に命令することはできないはずだ」

 それを聞いて、ルイーザは顔を歪めた。眼鏡の奥の目が潤んでいる。

「そうね、わたくしは母親ではないわね。それはわかっているわ。でも、養育する者として、あなたが間違っていたら、教えなくてはいけない」
「自分の道は自分で決めます。置いてくれることには感謝しますけど、言いなりになるつもりはありません」

 大好きな彼女を傷つけてしまっただろうか。ルイーザはうつむいて、「ごめんなさい」とつぶやいた。突っぱねてから、僕は慌てた。

「あやまらなくても……」
「差し出がましいことを言ってしまったわね。でも、あなたのことが心配だったの。やっぱり、わたくしなんて、母親にはなれないんだわ……」
「母親にはならなくていいです」

 僕の言葉にルイーザは唇を噛んだ。

 あーあ、やってしまったな……
僕は拒絶しているわけじゃないんだよ。あなたのことを愛している。けれど、それは母親に対するものではないんだ。

 しょげ返る彼女を見て、胸が苦しくなった。彼女は自分が嫌われていると思っている。その正反対だってことに、気づきもしないんだ。僕は感情を抑えきれなくなった。

「あなたのことが好きです」
「え??」
「母親に向ける愛情とはちがうんです」

 ついに、告白してしまった! 成り行きで言ってしまったよ。彼女の顔が怖くて見れない。

 しばし、沈黙という緊張時間を過ごした。
 彼女には愛する夫がいる。僕の気持ちが明るみに出た時、このままここにいられる保証はなかった。プルーニャ邸へ逆戻りか、寄宿舎に入れられるか。本戦に出場どころか、チェスを指すことができなくなるかもしれない。
 僕は身を固くして、ルイーザの答えを待った。

 ややあって、聞こえてきた彼女の声はなぜか笑を含んでいた。

「では、お友達としてなら、どうかしら? お友達としてのわたくしの助言なら、聞き入れてくださる?」

 ちがうんだよなぁ……
 勘違いしてくれるのは、この状況下ではありがたいが……
 鈍感な彼女は僕の好意が清いものと信じて、疑っていないようだ。
 僕はその案を受け入れることにした。

「いいでしょう。助言は聞き入れます」
「あなたにはチェスを楽しんでもらいたいの。勝つことばっかりに気をとられて、楽しむことを忘れていない?」

 僕がチェスを楽しんでいない?……うん、たしかにそうだ。王都に帰ってきてからというもの、無我夢中で上達することしか考えていなかった。
 ああ、ノエルに気づかされたことを忘れていたよ。
 僕は勝つためにチェスをやっているんじゃない。好きだから、楽しいからやっているんだ。「負けるのが怖い」から、「挑戦してみよう」に変わったのではなかったのか。

 何をやっているんだろうね。ルイーザのことまで傷つけて、エゴを優先していた。反省した僕が選ぶ道は一択だよ。

「わかりました。一日、チェスを忘れることにします」

 ルイーザはパァッと顔を輝かせた。こういうところなんだよな。賢女と思いきや、子供っぽいところもある。そのギャップがたまらないんだよ。ああっと、見とれている場合じゃない。釘を差しておかねば。

「その代わり、ルイーザも僕と過ごしてくださいね。僕からチェスを奪うんなら、当然だ」

 双子のお世話は良しとして、ノエルと遊んでと言われたら、嫌だもんね。ノエルとは充分遊んでいるから! 共に過ごす時間は城にいたころより減ったけど、彼はつねに僕の生活圏にいる。

「うん。じゃあ、せっかくだからノエルも一緒に……」

 ほーら、来た。
 ノエルは友達だよ。ベタベタする必要はない。それに、これはルイーザを独り占めできる千載一遇のチャンスだ!

「何をするにしても、ノエルとは一緒のことが多いですし、僕はルイーザと二人きりで過ごしたいです」

 僕の意思は固いぞ? さぁ、どうする??

「そうなのね? 甘えてくれるのは嬉しいわ!」

 笑顔が見れてよかった。しかも彼女、照れて赤くなっている。白い肌が染まっているのはエロティックだ。頰から首筋、胸元へと徐々に赤みが薄くなってピンクに変わる。裸に剥いて、そのグラデーションを味わいたい。薄いピンクが白に戻る、その境目を確認したい。

 僕のよこしまな妄想など、つゆ知らず、ルイーザは無邪気に予定を立てようとした。

「ローランは何をしたい? チェス以外でやりたいことや、行きたい場所があったら言いなさい」

 ルイーザと一緒だったら、なんだって楽しいよ。

「サーカスや観劇もいいわね……街を散策するのもいいし……あっ! 博物館はどうかしら!?」

 先月、国内初の博物館が開館した。入館に必要なのは紹介状とドレスコードのみで、ほとんど一般公開されている。
 それまでは、貴族が趣味の一部を展示する小規模なものしかなかったんだ。それも、一部の有識者にしか公開されない。

 知的好奇心旺盛のルイーザはかねてより、興味があったのだろう。僕も行ってみたいと思っていたよ。ノエルには難しいだろうし、二人でデートするには最適な場所だ。
 博物館にはミイラや古代の化石、恐竜の標本、絶滅した動物の剥製なんかがある。

 ワクワクするなぁ!!
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