ごめんなさい。わたくし、お義父様のほうが……

黄札

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27、予選

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 療養明け、僕はルイーザにチェス大会へ出たい旨を伝えた。ルイーザはたいそう驚いて、それから喜んでくれた。

 だが、大きな問題が一つ。
 ピヴォワン領の予選はもう終わっていたんだ。僕は全然知らなかった。

 ちなみにピヴォワン卿は予選落ちだったそう。僕は初めてのチェスでこの人に負けたんだが、今となっては良い思い出だ。
 祖父としての威厳を保ちたいらしく、あれ以来、卿は対戦してくれない。負けず嫌いは血筋らしいね。

 ルイーザは意気消沈していた僕に遠慮して、出場を断念していた。
 なんだか僕のほうが、やるせなくって悔しくって、彼女の分もがんばりたいと思った。無念を晴らすじゃないけど、彼女以上の成績を残して喜ばせたい。見直してもらいたい気持ちも、もちろんあるよ?

 さて、居住地域の予選に出られなかった場合、本戦へ進む選択肢は二つある。

 一つは王都地区の予選に出る。僕はもともと王都住まいだったから、母の実家の住所で申し込めば通るんだよ。

 あともう一つは、国外枠の予選に出場する。こちらは住所不定でも参加できる。どちらにしても狭き門だ。
 
 王都は強豪揃いで、予選でも勝ち進むのは難しい。国外枠は言うまでもなく、他国のトップクラスのプレイヤーが集まる激戦区だ。

 僕はひるんだりしなかった。予選の難易度が高いくらい、なんてことないさ。僕が狙っているのは上位クラス。僕を負かしたエドガーは絶対に上位10位以内に入るだろう。再戦して雪辱を晴らすには、たかだか予選で負けているわけにいかない。

 チェス大会は年々、出場者が増え、難易度が高くなっている。他国からも強者がやってくるし、世界規模になってきているんだ。

 国から出される賞金も、年々つり上がっているんだって。大会を運営するジェラーニオ家は入れ食い状態だよ。あ、ジェラーニオ家はルイーザの実家だったな。

 王都にあるジェラーニオ邸が本戦の会場となる。観戦費や広告費以外にも、莫大な金が動く。邸宅で使用される家具や絵画、タペストリー、彫刻、ドレス、食事……すべてがノヴォジャーナルで取り上げられるんだ。
 貴族のトレンドだよ。一流のものが集まり、流行の発信地となる。

 闘技会や馬上槍試合に準ずる競技へと変わってきているんじゃないかな? いまや、観戦できるのは、貴族のステータスの一つだ。

 僕とノエルは従者を二人つけてもらい、王都へ向かうことになった。王都の予選はぎりぎり間に合わず、国外枠の予選に出る。

 貴族のサロンではなく、郊外に張られた大きな天幕が会場さ。あちらこちらで対局していて、異様な熱気に包まれていた。

「坊っちゃんたち、迷子にならぬよう、離れないでください」

 保護者然とした従者にイラつきながら、僕とノエルはクジで決められたチェスボードの前に座った。

 僕の最初の対局相手は隣国の酔っ払い。胸くそが悪くなるほど、酒臭かった。外国人だから、言葉も通じないしね。
 ガヤガヤうるさくて、酒場以上に気が散る。サロンでお上品に指す貴族チェスとはちがうよ。ここでは、知能だけではなく、精神力や集中力も試される。それら、全部をひっくるめてチェスの能力だ。

 エドガーからしたら、劣悪な環境なんか、屁でもないんだろうな。相手がどんな大人だろうが、ふてぶてしく笑って、怜悧な視線を向ける。彼はまちがいなく、本戦まで勝ち進んでいるはず。

 チェック――

 逃げるか? なかなか投了しないなぁ、酔っ払いは。よっぽど負けたくないのか、逃げ回る。僕は駒を一つずつ潰していって、丸裸にしてやるしかなかった。

 ルイーザと初めて対戦した時のことを思い出してしまった。キングだけにされちゃったんだっけ……
 彼女、だいぶ手加減してくれていたんだよなぁ。
 僕の今の気持ちを当時のルイーザに重ねてみる。あのころの僕は事実、裸の王様だった。
 自尊心ばかり高くて、同調しない奴はみんな敵。友達なんかできるはずもないよ。

 ノエルが友達第一号だ。第一号以降、増えるかどうかは別にして。

 ……うん、初友は初戦敗退か。
 君にしてはよくやった。出場しただけでも、僕は評価しているよ。人間、第一歩を踏み出すことが肝要なんだ。
 僕が勝って、必ずや溜飲を下げさせてやるからな!

 僕は順当に勝ち上がった。負ける気がしない。僕の敵は歩兵ポーン好きの変人、エドガーだけさ。 
 エドガーに対しては勝ちたいというより、また戦いたいという気持ちのほうが強いかな? 勝ちたい気持ちも当然あるよ。だが、あの野生の天才とふたたび、相見あいまみえたいというかね。
 勝ち負けは重要、それよりも大切なのは挑戦すること、楽しむことだとノエルが教えてくれた。僕はもう負けることを恐れたりしない。

 負けた時の反応はさまざまだった。庶民もいるから、舌打ちしたり、駒を投げつけたり、マナーが悪いのもいる。こういうのは、出場停止にするとか、罰則をもうけたほうがいい。
 僕がエドガーに負けた時? ああ……僕は成長途中なんでね……

 本戦で戦うことになったら、世界中が注目する。皆のお手本になるよう、競技精神あふれる態度で臨むに決まってるじゃないか。



 決勝戦は天幕の中央で行われた。予選というのに、僕が赴くころには人だかりができていた。
 ノエルや従僕たち、身内ですらなかなか前へ進めない。

 注目度が高いのは、僕の対局相手が原因だった。
 ラヴァーント公爵は隣国の王弟。かなり、高貴な身分の人だ。チェス盤の周りにはフルアーマーの兵士、立派なヒゲの参謀っぽい人やら、女性の応援団やら、お付きの者がたくさんいる。身の回りの世話をする小者まで小綺麗な格好をしているよ。この人の周りがリアルチェスじゃん! 人間を並べてチェスができるよ。

 そんな人が庶民に混じって、対局しているなんて、チェスの世界は特殊だよね。
 でも、大会初出場のこの人が注目されているのは、身分じゃない。大規模なチェス大会がない隣国では、強者の名は口伝くちづてに広まっていく。貴族社会で、彼に勝てる人はいないとまで囁かれているんだよ。現実は王弟、チェスの世界では王と呼ばれている人なのさ。隣国では、ね。
 優勝候補として、挙げられる人物の一人だった。

 チェス盤に向かい合う僕は、無名の少年。周りの視線も冷たい。どこぞの野良犬かと、好奇の目を向けられることもある。
 仕方ないよね。僕とノエルは長めのダブレット※に長靴下の旅装姿だ。丈夫だが、装飾の施されていない簡易な服は庶民と大差ない。
※ダブレット……前閉じタイプの上衣。

 ふざけるなよ? チェスに身分や経歴、年齢は関係ない。自由で平等な競技なんだ! 僕は憤った。しかし、以前抱いていた歪んだ価値観が我が身に返ってくるとはな……

 人のふり見て、我がふり直せじゃないけど、反面教師になる大人は多いよ。

 編み込まれた白い髪はかつらだろう。老いた顔には豊かすぎる毛量だ。色素の薄い目は嘲るように僕を見ている。
 僕は向かいに座った老翁をにらみ返した。
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