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16、あまあま
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レオンは寝ずにわたくしのことを待っていました。今日は週一回、レオンと寝る日だったのですよ。
……まあ、怒ってますわよね。顔を見ずとも、わかります。
「ごめんなさい……つい没頭してしまって……」
がっちりと太い腕に抱きすくめられて、息が止まるかと思いました。あぁぁ……男臭い、それと独特なチーズ臭がっ……脳のいろんな所を刺激します。
でも、彼ってば、ここまでわたくしを誘惑しておいて、
「もう遅いから寝なさい」
ですって。抱きしめたあと、裸に剥いておいて、それはないでしょう? 上からすっぽりと、ネグリジェを着せられてしまいました。冷めたお湯で足を洗われ、体が疼きます。
キスをしようとしても、避けられてしまいました。これは、相当おかんむりですね。
「ごめんなさい。どうか、許して」
「一晩、反省しなさい」
「うぅ……あなたの喜ぶことなら、なんでもします。だから……」
「明日も私と寝なさい。これは命令だよ?」
「はい……」
双子と寝る日ですが、致し方ありません。この身を旦那様に捧げます。
ベッドに入ってからも、機嫌の直らぬレオンの背中にわたくしはピタッとくっつきました。せめて、匂いだけでも嗅がせてください。
怒らせてしまうことって、あまりないんです。彼、わたくしには甘々ですから。
普段、甘やかされてるぶん、冷たくされるとキツいですよ? 半身を奪われたみたいになって、不安で、たまらなくなります。
情けないことに、わたくしは子供に戻って泣いてしまいました。でも、彼の大きな背中が濡れ濡れになって、びしょびしょのグチャグチャになっても、振り向いてはくれませんでした。
悲しかろうが、疲労感に襲われます。夢と現実を行ったり来たりし、気持ちよくなって眠りにつきました。
翌朝、わたくしは改めて自分の至らなさを恥じました。二度と同じ過ちを繰り返すものかと、心に誓います。
熱中して周りが見えなくなるのは治しようがないとして、対策を講じることはできます。
寝るまえに声をかけてと、使用人にお願いするとか、柱時計の音が届く場所でやるとか、きちんと考えることにしました。回廊に設置された柱時計の音が大きく響くのは、小サロンか玄関ホールです。談話室は離れているので、聞き逃してしまいました。
決意を胸に、眠い目をこすりこすり、身支度をします。レオンはおはようのキスをしてくださいました。わたくしは約束を守りますからね。今夜は旦那様に脳が蕩けるほど、愛してもらいます。
それはそうと、朝食のあと、ローランはノエルとチェスをしていました。子供二人が仲良く遊んでいる姿は微笑ましいです。
あれだけ険悪だった二人が冗談を飛ばし合い、キャッキャッとチェスを指しているのですよ? 夢ではないかと思いました。チェスに感謝ですね!
我が子ながら、ノエルも人目を引くほどの美形です。ローランは言うまでもなく天使ですし、二人セットですと、星が舞っているかのごとき錯覚まで覚えます。なんと贅沢な光景なのでしょう。ずっと見ていたいです。
残念ながら、数分も経たぬうちに家庭教師がやってきて、子供たちを連れ去ってしまいました。あとには、対戦中の盤面だけが残されます。ふむ……ローランたら、昨日教えた陣形をさっそく使ってますわね。ノエルは、といいますと……あああ、何も考えていません。
こうまで差をつけられてしまうとは。この対戦は、猫がネズミをもてあそぶようなものです。ノエルを慰みものにするおつもり? わたくしに敗れた恨みを、息子で晴らそうというのですか?
……ハッ! また、チェスの世界に、のめり込むところでした。わたくしは盤から目をそらし、双子のもとへ走ります。昨日の埋め合わせをしますからね。たっぷり、お母様を独占させてあげます。
数時間後――
存分に遊び、疲れ果てたマイアとエレクトラは愛くるしい寝顔を見せていました。ようやく、お母様の休憩タイムです。お茶の時間ですよ。
大きい子たちの勉強も、そろそろ終わるころでしょうか。お菓子を用意させ、先にお茶を楽しんでいると、ローランがやってきました。ノエルがいないということは、あーあ……補習タイムですわね。
ローランの開口一番はこれです。
「ルイーザ、チェスを教えてください!」
「朝のノエルとの対戦は終わったの?」
「ええ。休み時間に決着をつけました。僕が勝ちましたよ!」
聞かなくてもわかりますが、念のための確認です。そりゃそうでしょうね。チェス歴三年のノエルを、覚えて二日目のローランは簡単に超えてしまいました。
金髪と目を輝かせ、教えられるのを待つローランは無邪気な天使です。でも、今日は自制しましょう。昨日もこれぐらいの時間から、ずっと彼につきっきりだったのですよ? 双子のマイアとエレクトラに、さみしい思いをさせてしまいました。ノエルもそうです。勉強を見てあげる約束を果たせずにいます。
「ある駒を使って、罠をしかける方法を試してみたいんです。ノエルはまんまと引っかかりましたが、ルイーザならどうかなって」
「おもしろそうね。でも、今日は遅くなりすぎないようにしましょう。あと、時間を決めてやりましょうね」
少しがっかりしたあと、ローランは座ってもいいですかと、わたくしの向かいに腰掛けました。テーブルでは、焼き菓子が甘い匂いを発しています。
聞かれるまえに勧めました。この子、甘いものが大好きなんですよね。クッキーやビスコッティを前にすると、ノエル以上に子供らしくなってしまいます。
頬張る子のため、冷ましたお茶を持ってくるよう、使用人に告げました。そんなにいっぱい口へ入れては、喉に詰まらせてしまいますよぅ?
「食べすぎないでね。夕食が食べられなくなってしまうわ」
「んぐんぐ……あい……ぐっっっ」
ほら、言ったでしょう? わたくしはローランの背中をさすってやり、飲み下すまで待ちました。
ゴックン……さ、次は一つずつ食べるのですよ。ローランは懲りずにお皿の上を物色しています。
「ピスタチオ入りのビスコッティが少ししか残ってません。もっと、追加で作らせることは、できないのですか?」
それね? 大人気なのよ。わたくしも大好きだし、みんなが食べるからすぐに売り切れちゃうの。ノエルや双子もまだ食べてないのに、独り占めしちゃダメよ?
「ピスタチオは秋が収穫時期なの。今あるのは去年の残り。だから、ピスタチオの焼き菓子は、そんなにたくさんを作れないの」
くわえて、ピスタチオは栽培地域が限定されるため、結構高価なのよね。
今の時期は果実が豊富。旬のものを食べましょうよ。菓子工房では、長持ちするドライフルーツやシロップ漬けを作るのに忙しいかと思われます。
今の時期はいちご、ぐみ、桑の実、ベリー系も豊富ね。あと、瓜や夏みかん……ピールの砂糖漬けもたんまり作っているかしら?……工房の内情を想像しているうちに、わたくしはハタと思いつきました。
「そうだわ! 菓子工房を見学してみない?」
まえから思っていたのですが、ローランは貴族以外の人に対して、態度が悪いのです。さまざまな職種の人がいて、世の中は成り立っているわけですから、リスペクトは必要だと思うのですよ。
チェスと同じです。不要な駒などないじゃないですか。塔も騎士も使い方次第では、すごい力を発揮します。歩兵? 最強の駒に変われる可能性を秘めた素晴らしい駒じゃないですか! 守られるだけの王が一番つまらないと、わたくしは思うのですがね。
菓子工房に問い合わせたところ、見学の許可が下りたので、ノエルも誘って行くことになりました。
思いつきで実行することになった社会科見学。どんな効果が期待できるのやら……わたくし、ワクワクしております。
……まあ、怒ってますわよね。顔を見ずとも、わかります。
「ごめんなさい……つい没頭してしまって……」
がっちりと太い腕に抱きすくめられて、息が止まるかと思いました。あぁぁ……男臭い、それと独特なチーズ臭がっ……脳のいろんな所を刺激します。
でも、彼ってば、ここまでわたくしを誘惑しておいて、
「もう遅いから寝なさい」
ですって。抱きしめたあと、裸に剥いておいて、それはないでしょう? 上からすっぽりと、ネグリジェを着せられてしまいました。冷めたお湯で足を洗われ、体が疼きます。
キスをしようとしても、避けられてしまいました。これは、相当おかんむりですね。
「ごめんなさい。どうか、許して」
「一晩、反省しなさい」
「うぅ……あなたの喜ぶことなら、なんでもします。だから……」
「明日も私と寝なさい。これは命令だよ?」
「はい……」
双子と寝る日ですが、致し方ありません。この身を旦那様に捧げます。
ベッドに入ってからも、機嫌の直らぬレオンの背中にわたくしはピタッとくっつきました。せめて、匂いだけでも嗅がせてください。
怒らせてしまうことって、あまりないんです。彼、わたくしには甘々ですから。
普段、甘やかされてるぶん、冷たくされるとキツいですよ? 半身を奪われたみたいになって、不安で、たまらなくなります。
情けないことに、わたくしは子供に戻って泣いてしまいました。でも、彼の大きな背中が濡れ濡れになって、びしょびしょのグチャグチャになっても、振り向いてはくれませんでした。
悲しかろうが、疲労感に襲われます。夢と現実を行ったり来たりし、気持ちよくなって眠りにつきました。
翌朝、わたくしは改めて自分の至らなさを恥じました。二度と同じ過ちを繰り返すものかと、心に誓います。
熱中して周りが見えなくなるのは治しようがないとして、対策を講じることはできます。
寝るまえに声をかけてと、使用人にお願いするとか、柱時計の音が届く場所でやるとか、きちんと考えることにしました。回廊に設置された柱時計の音が大きく響くのは、小サロンか玄関ホールです。談話室は離れているので、聞き逃してしまいました。
決意を胸に、眠い目をこすりこすり、身支度をします。レオンはおはようのキスをしてくださいました。わたくしは約束を守りますからね。今夜は旦那様に脳が蕩けるほど、愛してもらいます。
それはそうと、朝食のあと、ローランはノエルとチェスをしていました。子供二人が仲良く遊んでいる姿は微笑ましいです。
あれだけ険悪だった二人が冗談を飛ばし合い、キャッキャッとチェスを指しているのですよ? 夢ではないかと思いました。チェスに感謝ですね!
我が子ながら、ノエルも人目を引くほどの美形です。ローランは言うまでもなく天使ですし、二人セットですと、星が舞っているかのごとき錯覚まで覚えます。なんと贅沢な光景なのでしょう。ずっと見ていたいです。
残念ながら、数分も経たぬうちに家庭教師がやってきて、子供たちを連れ去ってしまいました。あとには、対戦中の盤面だけが残されます。ふむ……ローランたら、昨日教えた陣形をさっそく使ってますわね。ノエルは、といいますと……あああ、何も考えていません。
こうまで差をつけられてしまうとは。この対戦は、猫がネズミをもてあそぶようなものです。ノエルを慰みものにするおつもり? わたくしに敗れた恨みを、息子で晴らそうというのですか?
……ハッ! また、チェスの世界に、のめり込むところでした。わたくしは盤から目をそらし、双子のもとへ走ります。昨日の埋め合わせをしますからね。たっぷり、お母様を独占させてあげます。
数時間後――
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大きい子たちの勉強も、そろそろ終わるころでしょうか。お菓子を用意させ、先にお茶を楽しんでいると、ローランがやってきました。ノエルがいないということは、あーあ……補習タイムですわね。
ローランの開口一番はこれです。
「ルイーザ、チェスを教えてください!」
「朝のノエルとの対戦は終わったの?」
「ええ。休み時間に決着をつけました。僕が勝ちましたよ!」
聞かなくてもわかりますが、念のための確認です。そりゃそうでしょうね。チェス歴三年のノエルを、覚えて二日目のローランは簡単に超えてしまいました。
金髪と目を輝かせ、教えられるのを待つローランは無邪気な天使です。でも、今日は自制しましょう。昨日もこれぐらいの時間から、ずっと彼につきっきりだったのですよ? 双子のマイアとエレクトラに、さみしい思いをさせてしまいました。ノエルもそうです。勉強を見てあげる約束を果たせずにいます。
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「おもしろそうね。でも、今日は遅くなりすぎないようにしましょう。あと、時間を決めてやりましょうね」
少しがっかりしたあと、ローランは座ってもいいですかと、わたくしの向かいに腰掛けました。テーブルでは、焼き菓子が甘い匂いを発しています。
聞かれるまえに勧めました。この子、甘いものが大好きなんですよね。クッキーやビスコッティを前にすると、ノエル以上に子供らしくなってしまいます。
頬張る子のため、冷ましたお茶を持ってくるよう、使用人に告げました。そんなにいっぱい口へ入れては、喉に詰まらせてしまいますよぅ?
「食べすぎないでね。夕食が食べられなくなってしまうわ」
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ほら、言ったでしょう? わたくしはローランの背中をさすってやり、飲み下すまで待ちました。
ゴックン……さ、次は一つずつ食べるのですよ。ローランは懲りずにお皿の上を物色しています。
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「ピスタチオは秋が収穫時期なの。今あるのは去年の残り。だから、ピスタチオの焼き菓子は、そんなにたくさんを作れないの」
くわえて、ピスタチオは栽培地域が限定されるため、結構高価なのよね。
今の時期は果実が豊富。旬のものを食べましょうよ。菓子工房では、長持ちするドライフルーツやシロップ漬けを作るのに忙しいかと思われます。
今の時期はいちご、ぐみ、桑の実、ベリー系も豊富ね。あと、瓜や夏みかん……ピールの砂糖漬けもたんまり作っているかしら?……工房の内情を想像しているうちに、わたくしはハタと思いつきました。
「そうだわ! 菓子工房を見学してみない?」
まえから思っていたのですが、ローランは貴族以外の人に対して、態度が悪いのです。さまざまな職種の人がいて、世の中は成り立っているわけですから、リスペクトは必要だと思うのですよ。
チェスと同じです。不要な駒などないじゃないですか。塔も騎士も使い方次第では、すごい力を発揮します。歩兵? 最強の駒に変われる可能性を秘めた素晴らしい駒じゃないですか! 守られるだけの王が一番つまらないと、わたくしは思うのですがね。
菓子工房に問い合わせたところ、見学の許可が下りたので、ノエルも誘って行くことになりました。
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