ごめんなさい。わたくし、お義父様のほうが……

黄札

文字の大きさ
上 下
13 / 51

13、チェスは簡単?

しおりを挟む
 ローランがチェスに興味を持ってくれたのは、喜ばしいことでした。
 愛息子のノエルはまったくの無関心ですもの。負けるからと、対戦もしてくれません。

「これはチェスと言って……」
「そんなことは、わかっていますよ。僕が疑問に思ったのは、そんなくだらない遊び、大人がやって楽しいんですか?……ってことです」

 な、なんてことを……これはレオンじゃなくても、ムッとしますよ? チェスがくだらない遊び? 人が楽しんでいる趣味をそのようにけなすのは、いただけません。

 わたくしは怒りを隠すのに苦労しました。

「えっ、ええ……楽しいわよ? 心理的な駆け引きや戦略を考えるのが、おもしろいの」
「そうは思えませんけどね。子供だって今どき、そんな馬鹿げた遊びはしませんよ。脳が退化しそう」

 ええ。うちのノエルは嫌がって全然遊んでくれませんけど、あざけったりはしません。

「それは言い過ぎじゃないかしら? やってみないと、おもしろさに気づけないことって、あるわよ?」
「いやぁ……やるまでもないでしょう? どこからどう見ても、子供っぽいままごとにしか見えません。実際に戦略を練って、兵を動かすのは大変なことですよ。ちゃっちい盤上でそんなゴッコ遊びをしてるなんて、情けない話です」

 あのぅ……実際に戦略を練って兵を動かした人なら、わたくしの前に座っているのですが……

「僕なら、そういうゲームはしたくないなぁ。僕は兵を率いる側の人間になるつもりですから、ままごと遊びに影響された変な策に惑わされては困るんですよ」
「そんなに簡単なものでも、なくってよ?」
「簡単に決まってますよ。駒の種類は歩兵とキングとクイーン、それと僧侶と塔ぐらいでしょ?」

騎士ナイトを忘れてる」

 ここで、怒り心頭のレオンが口を挟みました。あーー、カンカンですよ? 実戦で華々しい戦績を残された方です。その方に知ったかぶりはマズいでしょう。

 意外にも、レオンは落ち着いていました。乱れ知らずの口ひげの先は、ピンと上を指しています。

「簡単だというのなら、勝てるのだろうな?」
「当然ですよ。馬鹿らしいから、やらないだけです」
「あいにく、私はチェスをつまらないとも、簡単だとも思わない」
「それは残念です。あなたほどの名声を得た人が……」

「いいかい? 騎士の世界では決闘裁判というのがある。戦いで平等に罪を裁くのだ」
「??……騎士の話です? 決闘裁判は野蛮な方法だと思いますが。力で、どうにかしようだなんて……」

「単なる力ではない。プレッシャーに耐えうる精神力、戦闘技術、勝つための知略、チャンスをものにできる才覚、神に愛される能力。最後に運を味方にできた者が勝てる。君は無神論者かね?」
「その質問には答えたくありません。脱線してますが、意図的に論点をずらそうとされてます?」

 子供から見れば、レオンは怖いオジサンです。よくもまあ、物怖じせずに受け答えができるものだと、わたくしは感心してしまいました。
 言い争いは続きます。

「論点ずらしではないさ。全部つながっている。さっきも言ったように、勝敗を決めるのは強さだ。決闘裁判というのは、非常に原始的かつ合理的な裁判なのだよ?」
「意味がよくわかりませんが、世の中が弱肉強食ということをおっしゃりたいので? なるほど……強者が勝利して、弱者を淘汰するという点に関しては、決闘裁判は合理的です」

 よかった。二人の意見が合致しました。これで仲直り……と思いきや、

「ふむ、強さは正義だと君は考えるのだね? ならば、証明せねばならぬな?」
「え? 僕がです? 何を証明するんですか?」
「先ほど、君はチェスを簡単だと馬鹿にした。私はチェスを愛している。愛する人をけなされた時、君ならどうする? 名誉を回復したいと思うだろう?」
「それはあなたの問題であって、僕の問題では……」
「君は一方的に偽りの認識をもってして、チェスの名誉を傷つけた」
「チェスがくだらない根拠は、さっき述べたはずです」
「ままごとだの、駒の数だのは根拠にならない。簡単だと言うのなら、証明しなさい」

 ローランは黙りました。減らず口を叩くのにも、限度があるということでしょうか。相手が悪かったですね。

「大人は自分の言ったことに責任を持つ。人の上に立つ者は、なおさら気をつけねばなるまい。将来、兵を指揮するような人物になりたいなら、逃げてはいけない」

 レオンは言い聞かせるように話します。まっすぐなグリーンアイは、笑っていました。不敵な笑みといったところでしょうか。
 そんな顔をされたら、また惚れ直してしまうではないですか。

「何度も言うよ。君はチェスが簡単だと言った。世の中が弱肉強食だとも。男に二言はないはず。私は愛するチェスの名誉を回復するため、君に戦いを申し込む」

 チェックメイト――

 心の声がつぶやきます。さあ、逃げ場を失ったキングはどうするでしょうか? まさか、裸の王様ではないですわよね?

「受けてたちましょう」

 ローランの緊張した声が、広間に響きました。

 

 というわけで、レオンとローランがチェス対決をすることになったわけですが、すぐには試合を始められませんでした。

 あれだけ見下し発言をしておいて、ローランはチェスのルールすら知らなかったのです。わたくしが一から教えることになりました。

「ん? なんで歩兵ポーンはニマス動けるんです? 移動範囲と取れる駒の位置がちがうのも、腑に落ちません」
「ポーンは地味だけど、特殊な駒なのよね。ニマス動けるのは初動だけよ? アンパッサンという技もあるわ。これは使っても使わなくてもいいんだけど……あとで説明するわね。それと、相手の陣地の一番奥に行くと、キング以外の好きな駒に変えることができるのよ」

「好きな駒って、一番強い駒に変えるに決まってるじゃないですか? わざわざ、好きな駒っていうルール設定にする必要あります?」
「ええ。だいたいみんな、クイーンにするわね。でも、まれに……」

 わたくしは騎士ナイトの駒をポーンと入れ替えました。

「ナイトにすることもあるわ。ほんとに、ごくごくまれだけどね。わたくしも噂で聞いただけ。遊び以外では見たことないわ」
「嫌いだなぁ、そういう無駄ルール。変化する駒は指定すべきですよ。くだらない」
「そうかしら? ゆとりがあったほうが、わたくしは良いと思うわ。娯楽ですもの」
「娯楽に興じるのは幼稚ですよ。僕は教養を得られるものにしか、興味がないです」

 文句が止まりませんねぇ。でも、楽しいです。ローランも口でああは言っても、興味津々ではないですか。青い目が生き生きしているのですよ。こんな彼を見るのは初めてです。

「ねぇ、ローラン。あなたはどの駒が一番好き?」
「そんなの決まってるじゃないですか? 一番強い女王クイーン以外に選択肢はないですよ」
「強さっていうのは、一つの駒では成り立たないわ。わたくしは、他の駒にない動きをするナイトが好き」

 わたくしは、視線をレオンへと移動させます。満足そうに微笑むわたくしのナイトが好きなのは、クイーンですよ。やはり血筋ですわね。
 クイーンが好きな理由はわたくしみたいだから……ですって。わたくし、そんなに女傑みたいかしら? 素敵なナイトに守られるか弱いお姫様ですわよ?

 トスはレオンがやります。白と黒のポーンをふさいだ両手の中で混ぜ合わせ、それぞれの拳で握りました。さ、お選びなさい。

 神妙な面持ちで、ローランが選んだ右手から出てきたのは、白でした。

 先手必勝ですよ。頑張って!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処理中です...