ごめんなさい。わたくし、お義父様のほうが……

黄札

文字の大きさ
上 下
12 / 51

12、性質の悪いひと

しおりを挟む
 理想と現実は一致しないことが、ほとんどです。レオンとの結婚は理想というより、思いがけず訪れた幸せでした。人間、高望みすると良くないのですよ。

 性質たちの悪い人が一朝一夕で、変わることもありません。こちらがどんなに心を砕いても、想いは伝わらないのです。
 
 ローランは、わたくしたちに心を開いてくれませんでした。
 
 一線を引くことは構わないです。殻に閉じこもっていても、周囲を気遣う優しさを持っていれば、いずれ外へ出てくるでしょう。しかしながら、ローランは内にこもり、誰をも敵とみなすタイプでした。ノエルや使用人からローランの話を聞くたび、わたくしは悲しくなりました。
 
 使用人に、ぞんざいな態度をとったり、教育係を馬鹿にしたり、使用人の子供には王のごとくふるまいます。

 ノエルの格好を貧乏臭いと言ってきたのには、苦笑しましたが。 
 服を貸そうと言ったら、僕を庶民に落とすつもりかと怒ったとのこと。これは、まあ仕方のないことですわね。普段は元気よく動き回れるように、ノエルはチュニック+ブレイズのインナーウェア姿ですから。

 着替えをさせないわけにもいきませんので、ローランにはノエルのよそ行きのジュストコールを着てもらいました。身長差もわずかですし、痩せているから、違和感なく着られるのです。
 替えの服は仕立て屋を呼んで、至急仕立ててもらいました。

 他には、自分の家は毎日パーティー三昧ざんまいだったのに、この家の生活は質素だと見下してきたり、侯爵家といってもたいしたことないんだな、と嘲笑するそうです。

 また、ノエルに対しては、まだママの乳を吸っているとか、甘ったれとか。ノエルは憤慨していましたが、わたくしは笑ってしまいました。だって、いかにも男の子らしいあおり方じゃないですか? ただの嫉妬だから気にしなくていいと、ノエルには伝えておきました。

 こんな調子ですから、ノエルとローランの間には険悪な空気が漂っていました。

 じつはあの翌日、わたくしはノエルにあやまったのです。ノエルは「そんなこと」と一笑に付しました。
 グリーンアイはレオンと同じでした。まっすぐ射るような視線は、甘い感情を呼び起こします。

 でも、八歳にしてこの器の大きさよ……と感動したのは勘違いで、じつは強がっていただけでした。

 夜になると、ノエルは一緒に寝ると言い張って聞きませんでした。
 共寝するのは週に一回、決まった曜日です。レオンもそう。週の大半はわたくし、双子と寝ます。
 自分の番ではないのに、わがままを言うなんて……。母の愛を確かめたかったのでしょうね。まだまだ、かわいい盛りです。

 そよそよと寝息をたて、愛らしい寝顔を見せるノエルを見て、ふと思いました。母親と離れて過ごすローランは平気なのでしょうか?
 平気なわけないですよね。ノエルと一つしか変わらないんですもの。知らない屋敷に置いていかれ、孤独な夜はどんなにか心細いことでしょう。

 ふてぶてしく、かわいげのないふうを装っていても、子供は子供です。大人が守ってやるべきなのです。一人で枕を濡らしているであろうローランに、わたくしは心を痛めました。

 ローランの言動はマルグリットの影響かと思われます。感謝できないところや、人によって態度を変えるのは良くないですね。

 わたくし、最初の日のような暴力行為だけは、やめてほしかったのです。
 ですから、ローランを呼び出し、きつく言い聞かせようとしました。
 ローランの言い分は、乳母の子とノエルが嘘をついて自分を陥れようとしている――でした。想定内ではありますが、落胆はします。

 わたくしはノエルが何も言わなかったことを伝えました。それには驚いてましたけど、都合が悪いから話さないのだと、すぐに切り返してきました。

 彼は絶対に自分の非を認めようとしません。あなたがそう言い張るのなら、追求するのはやめますと、わたくしは話を終わらせざるを得ませんでした。ただし、再度トラブルを起こすなら、ここに居続けられる保障はありませんと。

 本当は、脅すようなことを言いたくなかったです。この子の過酷な状況を考えれば、無償の愛で包みこんでやるべきでしょう。ですが、わたくしには、かけがえのない家族がいます。聖人でも救世主でもありません。凡人は優先順位をつけるしかないのですよ。罪悪感と戦い、見捨てる時は見捨てるのです。

 “脅し”の甲斐あってか、大きな揉めごとはなく、日々は過ぎていきました。
 態度が悪いため、小競り合いくらいはあります。気の合わない子と生活するノエルの負担は、計り知れません。双子に加害しないかと不安もありました。

 手に負えないようだったら、全寮制の学校に入れてしまおうというレオンの提案がたびたび、脳裏をかすめました。
 やはり、わたくしはただのお人好しです。善人ではありません。



 転機はローランが来て、一ヶ月たったある日のことでした。

 特に用事のない日でしたから、レオンとわたくしは大広間でチェスを楽しんでいたのです。双子はお昼寝中でした。
 久しぶりの夫婦の対戦は白熱しました。結婚してから、レオンは弱くなったのですが、いやに食らいついてきます。ちなみに、わたくしは大会順位7位を堅持しており、レオンは32位まで落ちてしまいました。

 わたくしのほうが、断然強いのですよ。勝利はほぼ確定しているのに、無駄な手を打って引き伸ばしてくるのですよね。そこでチェックする?……っていう。

 寂しがり屋の旦那様は、妻とのゲームを是が非でも長引かせたいようでした。そんなね、あなた? 勝敗を決してから、再戦すればいいでしょうに。

 週に一回の夫婦の日以外、夜は子供たちと過ごしていますし、王都にいる間は忙しくて、二人きりの時間をなかなか作れません。わたくしだって、最近はむつみ合いが足りないと思いますよ? もっとイチャイチャしたいです。
 恋人気分を味わいたいのはわかりますけども、それは悪手ですわ。

 内心、愚痴っても、下手なチェスでがっついてくる彼はかわいいです。その一方で、出会ったころの知的でスマートな姿が神格化されていきます。昔の彼がこの世のものとは思えないぐらい、神々しい存在として脳内で再生されてしまうのですよ。

 もっと、クールな人でしたのに……まったく、子供っぽいんですから。

 呆れていたところ、二階からローランが下りてきました。広間の奥に二階へ通じる階段があるのです。
 おや? ノエルと一緒に勉強をしていたのでは? 抜けてきたのでしょうか?

 ローランは広々した空間をぶらぶら歩き、わたくしたちの近くまでやってきました。
 つい先日、仕上がったばかりのジュストコールを着ています。初日に着ていたような凝った作りでないにしても、貴族らしい服装でした。シンプルな仕立てのほうがローランに似合っていると、わたくしは思います。あんまり、ゴテゴテ着飾らせると、女の子みたいですもの。こればっかりは、好みの問題ですけどね。

 ローランはチェス盤を、さして興味もなさそうな目で眺めていました。

 レオンは気づいているのでしょうが、丸無視です。夫婦の時間を邪魔されたくないのでしょう。大人げないひと……

「どうしたの? 勉強中では?」

 わたくしが聞くしかありませんでした。だって、気になるでしょう? 話しかけてほしそうに、周囲をうろついているのですよ?

「ああ、ダルいので抜けてきました」 

 レオンの耳がピクッと動きました。あーあ、怒られますよー。邪魔したあげく、そのセリフはいけません。
 
 わたくしは言葉を返さないことで、危険を伝えてあげました。ローランは言い訳をします。

「先生はできないほうばかり、見るんですね。ノエルの理解力が足りないため、僕の勉強が遅れてしまいます」

 そう、きましたか……。
 ノエルはたしかに、勉強が不得手ですわね。

「先生がノエルを見ている間は、自習すればいいんじゃない?」
「それにも限度がありますよ。一人で勉強しているのと同じです」
「困ったわね。均等に見てくれるよう、伝えておくわ」
「それも、どうかなぁ……先生のレベルが低いと思いますし、僕相手だと、上手く教えられないのかもしれません」

 この失礼発言は問題ですよ? レオンのこめかみが、ヒクヒク動いたではありませんか。ローランは空気を読みません。

「ノエルって、かなり遅れてるんじゃないですか? 僕が六歳くらいにやってたことを、まだ勉強していますよ?」

 もう……レオンの前でやめて……

「ノエルは勉強が苦手だけど、優しい子よ。遅れていると感じるのは、君のレベルが高いからじゃないかしら?」
「そうかもしれませんね。僕には三歳から教師がつけられてましたから。読み書きは、ほとんどしゃべるのと同時でしたよ。それより、何をされているんです?」

 ローランはチェス盤を指して、尋ねました。
 話がそれて、わたくしは安堵しました。これ以上、ノエルの悪口を言い続けられたら、間違いなくレオンがキレてましたからね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

処理中です...