ごめんなさい。わたくし、お義父様のほうが……

黄札

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9、美少年

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 置き去りにされた美少年をどうすればいいのでしょうか。わたくし、困ってしまいました。身勝手なマルグリットには腹が立ちますが、子供に罪はありません。

 ひとまず、会話を試みることにいたしました。

「ローランと言ったわね? わたくしは、この家の女主人のルイーザと申します」
「えぇ、存じておりますよ。奥さま」

 受け答えをするローランの顔を、つい無邪気なノエルと重ねてしまいます。ノエルは大人とこんなに堂々とやり取りできるかしら? 年齢一つ違いにしては、差が大き過ぎます。

「ごめんなさいね。あなたをお預かりするという話は、たった今聞いたばかりで、支度も何もしていないの」
「ええ。承知しておりますから、大丈夫ですよ」

 お預かりするも何も、承諾すらしていないのですが。平然としているローランに、わたくしは疑問を覚えました。

「あの……あなたは事前に聞いてらっしゃったのかしら?」
「もちろん。うまいことやれと、母に言い聞かせられましたから」
「えっと……それなら、なぜ荷物はお持ちでないのかしら?」
「荷物なんか、ないですよ。僕の身の回りの物は全部売っ払って、金にするそうです」

 わたくし、絶句いたしました。この子、着の身着のままで来たってことです?

「ここのお宅はお金持ちだから、身の回りのものは用意していただけると聞きました」

 マルグリットのずうずうしさに呆れるより、この子のことが心配になってしまいました。

「生活必需品は用意するけど、サイズの合う着替えがないの。ちょっとキツイかもしれないけど、当面はうちのノエルの服を貸すしかなさそうね。あ、ノエルというのは、わたくしの息子よ。八歳だから、あなたとは一つちがい」

 見れば見るほど、キレイな子です。金髪と青い目は母親譲りでしょう。顔立ちは若いころのアルマンに似ていました。いえ、アルマンより美形です。
 見知らぬ屋敷に置いていかれたにもかかわらず、悲しそうな顔一つ見せません。身のこなしが完璧、物腰柔らかなのには、妙な違和感がありました。

 彼は今、母親に捨てられた状態なのです。普通は泣いたり、不安そうな顔をするでしょう。
 ふてぶてしい……のではなく、子供らしい振る舞いができない子なのかもしれないと思いました。

 そんな憐憫の情もあり、面倒を押し付けられてしまったと、動揺する態度をわたくしは改めました。知らないうちに、彼を傷つけてしまったかもしれません。

「あまりに突然のことで、驚いてしまっただけよ。あなたは気を使う必要ないわ……って言ったって、無理だろうけど……そうだわ! 今、お茶会の真っ最中なの! ノエルが食べ尽くしてなければ、お菓子がまだ残っているはずよ。さぁ、参りましょう」

 話している最中にローランのお腹がギュルギュルなったので、わたくしの緊張は解けました。
 どんなに大人びていても、九歳の男の子です。頬を赤らめる姿にホッとしました。
 
 ノエルならお腹が鳴ったと大笑いでしょうから、 生理的反応を恥じらう行為は子供らしくないかもしれません。でも、これがローランの素顔のような気がして、嬉しくなりました。

 ステンドグラスを通る陽光が赤みを帯びてきました。お茶会を放置してしまい、マダムたちに申しわけなく思います。

 わたくしは薔薇のアーチをくぐり、ローランを庭園へ案内しました。玄関ホールを出て噴水を挟み、左が薔薇園、右が垣根の迷路です。彼はノエルと友達になれるでしょうか。触れ合ったことのないタイプですから、ノエルにとって良い刺激になるといいです。


 突如、現れた美少年にマダムたちは驚き、喜びました。女性は美を愛でる生き物です。眼福を味わい、最後に大盛り上がりとなりました。

 よっぽどお腹が減っていたのでしょう。ローランはテーブルの上に残っていた焼き菓子を片っ端から、つまみ始めました。

 事情があって、預かることになったと説明すると、マダムたちはそれ以上聞いてきませんでした。
 貴族の世界で不義の子はめずらしくありません。こういった訳ありの子は使用人として雇われたり、親戚の養子になったりするのです。

 下世話な好奇心はありましょうが、マダムたちは遠慮してくださいました。ただし、プルーニャ男爵の名には、眉をひそめるマダムもいらっしゃいました。
 だいたいは、その名をご存じなかったようでしたけど、悪評以外の噂はなさそうです。

 ノエルは同じ年頃の子に興味を持ちました。クッキーやタルトを次々に口へ放り込んでいくローランを、目を丸くして眺めています。
 豪快な食べっぷりは微笑ましいですね。上品な子でも、やっぱりお腹はくのですよ。口をいっぱいにしているのは、子供らしくてかわいげがありました。

 ノエルを紹介したところ、ローランは少し驚いた顔になりました。チュニックに破れたブレイズ姿ですから、使用人と思ったのかもしれません。

「もう食べるのはやめて、遊ぼうよ!」

 ノエルが袖を引っ張り、ローランは迷惑がっている様子でした。

「ノエル、無理を言ってはダメよ? ローランが食べ終わってからになさい」

 ノエルが口を尖らせるのは、平常運転です。暴れん坊でも、心根の優しい子なので、強引なことはしないでしょう。

 お茶会はお開きの時間でした。急な来客で、もてなしが不充分になってしまったことを詫び、わたくしはマダムたちを見送ります。

 門から戻った時、すでにノエルたちの姿は見えませんでした。片付けをする使用人に聞くと、垣根の迷路で遊んでいるとのこと。昼寝から目覚めたばかりの双子を、乳母が追いかけていました。夕暮れ目前です。地平線に引っかかる太陽が気持ちをかします。
 ノエルたちの様子を見に行こうとして、わたくしは気づきました。

「ハッ! 晩餐の準備を一人分増やしてもらわないと!」

 転んで泣いている双子の妹、エレクトラを抱き上げ、わたくしは厨房へ小走りしました。逃げ足の速いマイアのことは、乳母に任せるとしましょう。



 シェフに話して、外へ出たころには日が沈んでいました。エレクトラは乳母に渡します。ノエルたちはまだ帰ってきていませんでした。邸内とはいえ、子供は家に入る時間ですから、少々心配になってきました。

 庭園は青い静寂しじまに塗り替えられていました。
 垣根の迷路から言い争う声が聞こえてきて、背中にヒヤッとしたものを感じました。迷路といっても、たいそうなものではありません。わたくしは慌てて、声のほうへ向かいました。行く途中、弾丸みたいに飛び出してくる乳母の子と、ぶつかりそうになりました。

「あ! 奥さま、大変です! ケンカです!」

 ノエルとよく遊んでくれる子が鼻血を出していたので、わたくしは拭いてあげました。

「どうしたの? ケガをしてる?」
「たいしたことないです。ローランさまに転ばされて……」

 「やめろ!!」というノエルの声がして、わたくしは話を最後まで聞けませんでした。声は生け垣を一つ隔てた向こうです。声の発生場所へ行き着くためには、グルリと迂回せねばなりません。わたくしは走りました。

 渦巻き状に置かれた垣は、中心部分で袋小路を作っています。その行き止まりに、ノエルたちはいました。

 木剣を手に立ち尽くすノエルと、しゃがみ込むローラン。生け垣の葉がたくさん地面に落ちていました。

 わたくしは言葉を飲み込みました。色を失った生け垣は暗すぎます。闇が、あちらこちらを塗りつぶしていました。

 人を傷つけてはいけません――わたくしがいつもノエルに言っていることです。使用人の子であっても、手が出てしまった時は厳しく叱っていました。レオンのような正しい人に育ってほしいからです。

 どうか間違いであってほしい、そんなわたくしの願いを嘲笑うかのごとく、月がのぞいていました。
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