ごめんなさい。わたくし、お義父様のほうが……

黄札

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6、相変わらず

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 唖然とするわたくしを無視して、アルマンは聞いてもいない近況を話します。
 ピヴォワン邸を出たあと、騎士団寮で数ヶ月過ごし、その後はずっと、愛人のマルグリット宅に住んでいるとのことでした。

「しかも、父上は意地悪して、マルグリットとの結婚をいまだに認めてくれないんだよ。子供だって、産まれているというのにさ」

 そんなことは初耳でした。レオンはわたくしや子供たちを守るために、アルマンに関するすべての情報をシャットアウトしていたのです。
 アルマンの独白は続きます。

「僕は長男だからね。おいおい、この家と爵位と領地を継ぐ権利があるんだ。それなのに金銭的援助はなし。ほとんど、見捨てられたも同然の状態なんだよ。僕から婚約者を奪ったあげく、酷い仕打ちだと思わないかい?」

 レオンの真意はわかりかねますが、アルマンの言い分も、もっともではあります。ただ、間違っているところは訂正しなければ、なりません。レオンの悪評を一方的に広められては、たまりませんから。

「婚約を解消したのは、あなたが申し出たからでしょう? レオンがさせたわけでは、ありません。相続の件は話し合って決めるべきだと思います。争うつもりはございません」

 自分の息子に、どうしても相続させたいというわけでもないですし。ノエルは剣に興味があり、レオンのような強い騎士に憧れています。アルマンに家を継ぐ気があるのなら、わたくしはそれでも構わないと思っていました。

 アルマンのいやらしい目つきが、疑り深くなりました。

「へぇーー……自分の父親より年上の男を籠絡ろうらくさせてしまうだけはあるね? 表面上は無欲を装ってるわけか」
「無欲も何も、庶民のするような恋愛結婚ですし、わたくしが欲しかったのは家名や財力ではありませんから」
「言葉ではなんとでも言えるよね? 父上みたいなオジサンをだますのは簡単だっただろう?」
「だましていません……どういったご用件でいらっしゃったのですか? そんなことをおっしゃりに来たのなら、お引き取り願います」

 わたくしの我慢は限界を迎えそうでした。アルマンは相変わらず、不快な人です。わたくしだって、言い返しますよ。毅然とした態度を取ったことで、ようやく本題に入りました。

「ああ、ちょっとね……用立ててほしいお金があって……投資したい事業があるんだ……」

 やはり、お金のことでした。
 アルマンは白々しく熱弁します。

「新しく発見された鉱山でなんと、ダイヤが採れるそうなんだよ! その山の持ち主は他の事業で手一杯だから、破格の価格で譲ってくれるっていうんだ」

 そんな嘘みたいな話、よく信じられますよね。世間知らずのわたくしだって、わかるような話です。ましてや、わたくしの父は鉱山経営で失敗して、借金をこさえたこともあるんですよ? 当てつけと捉えられても、おかしくありません。

「わずかな投資で巨万の富が築けるんだ。ピヴォワン家は安泰さ。君の息子や娘にも楽をさせてやれるよ」
「残念ながら、お金の管理をしているのはレオンです。わたくしにおっしゃられても、ご協力できません」

 わたくしは即答いたしました。あなたのような人が家族にいなければ、安泰ですよ。金銭感覚もなければ、常識的観念もない、あなたのような人がいなければね――嫌味は心のなかでつぶやくだけに留めました。

 アルマンはしつこく食い下がります。

「そんなこと言っても、金庫の合い鍵とか、持ってるんじゃないのか? 領地の証書や未回収の借用書、手形でもいい。妻なんだから、君だって財産の一部を所有しているはずだろう? まさか、何も預けられてない? だとしたら、全然信用されてないんだね」

 いくらあおられても、わたくしは知らぬ存ぜぬで通しました。当然でしょう。こんな話に引っかかるのは、アルマンみたいな愚か者だけです。

 どんなに話しても、手応えがないものですから、とうとうアルマンはしびれを切らしました。

「ところで、老人が夫だと、女盛りの君には物足りないだろう? 本当は後悔してるんじゃないのかい?」
「いいえ。毎日満たされておりますが」
「嘘ばっかり……オジサン相手だと、くたびれるばっかりでつまらないはずだ。特に夜は……」

 話はわたくしとレオンの夜の生活にまで及びました。アルマンはオジサンより若い男のほうがいいと、決めつけます。

「かわいそうに……君は他に男を知らないから、そういうものだと思ってしまっているのだね。ろくに満足できずに、毎晩枕を濡らしているのだろう?」
「夫婦間の話をするつもりはありません。失礼ですよ? レオンはちゃんと務めを果たしています。夫を侮辱するつもりでしたら、お帰りください」

 いい加減、わたくしもイライラしてきました。失礼にもほどがあります。かなり強めに言ってやろうかと思い始めたころ、アルマンがわたくしの腕をつかんできました。
 
「ここはもともと僕の家だ! 出て行くのは君のほうだろう!」

 ヒョロヒョロの優男とはいえ、女に比べたら力があります。わたくしは怖くなって、動けなくなってしまいました。
 しかも、こんなことまで言うのです。

「これから僕の部屋へ行って、若い男の良さを体に教え込んでやろう」

 アルマンが使っていた部屋は、そのままにしてあります。使用人が定期的に掃除はしているようですけど、まさかその部屋に連れ込む気? アルマンの好色な目つきに、わたくしはゾッとしてしまいました。

 でも、抵抗しようにも体は動かせないし、声も出せません。恐怖に直面した時、何もできなくなるということを初めて知りました。

 その時、先ほど気になった柱の影から、救世主が現れたのです。

「お母さまから手を離せ! このウンコ野郎!!」

 長男のノエルでした。手には木剣を持っています。柱のうしろで一部始終を見ていたのでしょう。グリーンアイには、怒りの炎が灯っていました。

 アルマンは彼が腹違いの弟だと、即座に理解した様子でした。自分の相続権をかっさらおうとしている仇敵。つまり、目の上のタンコブだと。憎悪に満ちた顔で、ノエルをにらみつけます。

「生意気なクソガキだな? 知らないのか? 家の中で一番エラいのは父親、その次は長男だ。貴様は敬愛すべき兄に盾突いたんだ」

 わたくし、防衛本能が働きました。ノエル>自分。大切な息子を守りたいという気持ちが、恐怖を凌駕したのです。
 アルマンの手を振り払い、わたくしはそのくたびれた中年顔をキッと見据えました。

「お引き取り願います! 人を呼びますよ? レオンにも全部報告しますから! いくらご子息でも、許可なくわたくしに触れたら、レオンは激怒するでしょう。ご自分の身が大切なら、言動には気をつけることです」

 レオンに報告すると言ったとたん、アルマンはひるみました。殴られた時の記憶がよみがえったのでしょう。レオンがアルマンを殴ったのは、あの一度だけとわたくしは聞いております。

 恐怖と悲しみで顔を歪めるアルマンに対し、小さな騎士が迫りました。

「とっとと、出て行け!! お母さまにはもう、指一本触れさせはしないぞ! ゴミクズはゴミ箱へ帰れ!!」

 どこでこんな悪い言葉を覚えたのでしょう? 状況が状況でなければ、叱っていました。
 アルマンは気迫でノエルに負けていました。今にも飛びかからん勢いの少年に対し、アルマンは一歩下がります。グリーンアイがレオンと重なり、恐ろしくなったのでしょう。

 瞳の色だけでなく、ノエルはレオンの強い心を引き継いでいます。身体から吹き出る闘志や生命力は、もやし男の比ではありません。男としての器の違いを見せつけられたアルマンは、逃げ腰になりました。

「クソガキが……今に後悔させてやるからな……」

 そう、捨てゼリフを吐いて、アルマンは去っていきました。
 わたくしは、愛息子に守られたのです。 




※明日から毎日21:10に更新します。
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