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65話 帰還
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三日はあっという間に過ぎる。
ソフィアは調査隊を隣国に派遣させた。彼らがまだ現地へ入ってもいないのに、鳥が持ってくる知らせは、めまぐるしく変化していく。グーリンガムでは革命の指導者となった聖職者たちが中心となって、国家運営をしていくらしい。今のところ、リエーヴに敵対する気はないようだ。支援するか否かは、国王リヒャルトの判断待ちとなった。
リエーヴ軍が王都に到着したという連絡は昼過ぎに入った。立て続けに入ってくる報告は喜ばしいものばかりだ。メインストリートは紙吹雪が舞い、喜びの喝采で賑わっている。戦士たちは馬の歩みを緩め、ときおり観衆にも応えているそう。華やかな凱旋パレードだ。国王と騎士団の勇姿を見ようと各地から人が押し寄せているため、ものすごい大混雑だという。
あらかじめ沿道にロープを張ったり、シュミレーションをさせておくなど、警備を整えておいて良かったとソフィアは思う。
「街道の地面は花や紙吹雪で覆われ、どこもかしこも大渋滞。パレードの先頭辺りは、身動きできない状態が続いているそうでございます。先の戦争の時と比べると、考えられないぐらいの歓待をお受けになられているとのこと……」
報告をドア越しに聞きつつ、ソフィアは着替えた。リヒャルトと会うまえに身だしなみを整えようと思ったのだ。若くて美しい国王にふさわしい自分でありたい。何もないまっさらな白は初めて着るかもしれなかった。グーリンガム時代には絶対に着なかった可愛らしいデザイン。フリルをふんだんに使った乙女チックなドレスである。我ながら、赤毛のおかっぱ頭に合っていると思う。ティアラをつければ、王妃というよりか王女だ。数歳、若く見える。
(だって、わたくしまだ十七よ? 若いうちに目一杯、オシャレを楽しまなきゃね)
身長が高いから大人びて見られることが多く、こういう可愛らしい格好は敬遠し続けてきた。ところが、ある時、気づいてしまったのだ。牧場のノア宅にて、伯爵夫妻が来るというので掃除をしている時だったか。意外にも黒ドレス+白エプロンのメイドスタイルが大好評だったのである。これで、可愛い系もイケるのだとソフィアは開眼した。
ルツは大げさに目を潤ませる。
「なんと、愛くるしい御姿……まだ、御子じゃったころのことを思い出すようですじゃ。幼いころは明るい色のドレスをよくお召しになられていて、天真爛漫で本当にかわいらしかった……」
「んもぅ……そんなに感動すること? 帰還する旦那様を出迎えるために着替えただけよ?」
「まるで、花嫁姿のようですじゃぁ……」
そういえば、ソフィアは結婚式を挙げていない。財政不安を理由に先延ばししていたところ、牧場経営を始めてしまい、忙しくてそれどころでは、なくなってしまったのだ。
ドア越しの報告はなおも続く。現地にいる者が状況を速記し、鳥に届けさせるのである。
「道路に飛び出した子供がおりまして、危うく馬と衝突しそうになりました。先頭にいらっしゃった国王陛下がお気づきになり、子供を無事保護されたとのこと……」
「心温まるエピソードね」
凱旋パレードのリヒャルトは映えるだろう。均整のとれた身体に甲冑をまとい、銀色の髪をなびかせる。ただでさえ、ハイパーイケメンだ。白馬にまたがる姿は神の使いに見えるかもしれない。彼が騎士たちを引き連れて、堂々と馬を駆けさせるさまを想像し、ソフィアはため息をついた。
「わたくしも沿道でリヒャルト様の美々しいお姿を拝みたかったわ」
離れた所から見るリヒャルトが格別だということを、ソフィアは知っている。間近で見る彼はソフィアだけのものだが、遠目に見る彼は冷酷そうでゾッとするほど美しい。
(贅沢な悩みね。いつもとちがう彼が見たいだなんて)
そんなことを思って苦笑いしていると、不意打ちを食らわされた。
「王妃殿下にご報告申し上げます! ただいま、国王陛下が入城されたとのことです!!」
ドアの向こうで叫ぶのは、先ほどまで王都の様子を教えてくれた学匠ではなく、兵士の声だ。
「まあ!! どうしましょう!!」
「もう、着付けはほぼ終わっておりますじゃ。中庭にて出迎えましょう」
ソフィアは動揺した。ひと月ぶりの再会は緊張する。
「ねぇ、わたくし、大丈夫かしら? 髪が短い他に変なところはない?」
「ご心配なく。髪もティアラもドレスも全部、お似合いですじゃ」
ソフィアは高鳴る胸を押さえる。いよいよ彼に会える。
最後に別れた時、彼は泣きそうな顔をしていた。二人きりならともかく、周りには大勢の騎士たちがいる。だから、ソフィアは泣いたりせず、王妃の顔で別れたのだ。彼の威厳を損なわせないように──
出迎えるのはその時と同じ庭園だ。主殿を出て馬蹄型階段を下りる。ソフィアは侍女たちを階段の所で待たせた。
真ん中に噴水、その周りに花壇。出立前、ピンとしていたひまわりは重そうな首を垂れ、茶色くなっている。あまり美しい風景ではないが、刈ってしまってはもったいない。種を無駄にすべきではないだろう。
(この種……お菓子に入れられるのよね。この間のビスコッティに入れるのもいいし……)
また余計な思考モードに入ってしまった。いよいよ会えるのだとドキドキしていたのに、ソフィアの意識はそれた。
(まだ熟成はされてないかしら? 種の状態は?……ふむ、なかなか大ぶりね……)
ソフィアは種を一つ取って、確かめてみた。園芸用にしては大きく肉厚だ。味はどうか? 割って中身を確かめようとしたとたん、腕をつかまれた。
「勝手に花壇へ入り込み、種を盗んだ。城中の物を毀損した罪で逮捕する!」
ちょっとかすれた低音、いつまでも聞いていたいその声の主は……
「リヒャルトさま!!」
目の前で銀髪がゆれる。銀と赤。リヒャルトは両サイドに赤毛を編み込んでいた。ソフィアを捉える銀の双眸が笑う。昼間の月がそこにあった。
「ひと月ぶりに夫を出迎えるというのに、ひまわりの種なんかに気移りするとは重罪だぞ?」
「ど、どうして!? 入城したばかりでは??」
「それに君の格好! なんでそんなに可愛らしい格好をしているんだ? そのまま、寝室へ連れて行ってしまいたくなるじゃないか!」
ガーリーな白いドレスに興奮している。エロは健在だ。階段の影に隠れて、ソフィアが出てくるのを待っていたのだろうか。わざわざ、驚かせるために? 振り返ると、ルツを含めた侍女たちが口を押さえてうつむいている。どうやら、ハメられたようだ。
「相変わらず天然だねぇ。君を驚かせるために、一人で抜け出したんだ。今頃、騎士たちはまだ城門の辺りだよ」
「なんていうことをするのです! 国王がいなくなっては、皆心配する……」
それ以上は言葉を続けられなかった。キスをされたのである。長く甘いキスのあと、リヒャルトはソフィアを抱きしめた。
「会いたかったよ! ソフィア!」
ソフィアはすぐに言葉を返せない。想いが溢れてきて、吐いた息が嗚咽に変わった。彼の金属の肩当てを涙で濡らす。
「おや? 泣いているのか? 本当に君は泣き虫だね」
「誰が泣き虫にしたと思っているのです! 全部、あなたのせいですよ?」
「私のせいでこんなに可愛くなったというのか? それは光栄なことだな!」
彼のせいで泣き虫になったのは事実である。グーリンガムにいたころは、どんなにつらくても泣くことなどなかった。
「あなたのせいで、弱くなったのです。わたくしがどのような思いで待っていたか、おわかり?」
「ああ、すまなかった」
急にリヒャルトは真顔になる。ソフィアはその頬を軽くつねった。驚かせたお返しだ。そんなことで主導権が握られると思ったら、大間違いだとわからせてやることにした。ソフィアはもっとすごいネタを持っているのだ。
「わたくし、妊娠しております」
「は!?」
「あなたの御子を身籠っているのです」
目を見開くリヒャルトにソフィアは満足する。やっと言えた。とても長い一ヶ月だった。
そして、リヒャルトの匂いを胸一杯に吸い込んで、
「おかえりなさい」
と、彼にしか聞き取れない声でささやいた。
ソフィアは調査隊を隣国に派遣させた。彼らがまだ現地へ入ってもいないのに、鳥が持ってくる知らせは、めまぐるしく変化していく。グーリンガムでは革命の指導者となった聖職者たちが中心となって、国家運営をしていくらしい。今のところ、リエーヴに敵対する気はないようだ。支援するか否かは、国王リヒャルトの判断待ちとなった。
リエーヴ軍が王都に到着したという連絡は昼過ぎに入った。立て続けに入ってくる報告は喜ばしいものばかりだ。メインストリートは紙吹雪が舞い、喜びの喝采で賑わっている。戦士たちは馬の歩みを緩め、ときおり観衆にも応えているそう。華やかな凱旋パレードだ。国王と騎士団の勇姿を見ようと各地から人が押し寄せているため、ものすごい大混雑だという。
あらかじめ沿道にロープを張ったり、シュミレーションをさせておくなど、警備を整えておいて良かったとソフィアは思う。
「街道の地面は花や紙吹雪で覆われ、どこもかしこも大渋滞。パレードの先頭辺りは、身動きできない状態が続いているそうでございます。先の戦争の時と比べると、考えられないぐらいの歓待をお受けになられているとのこと……」
報告をドア越しに聞きつつ、ソフィアは着替えた。リヒャルトと会うまえに身だしなみを整えようと思ったのだ。若くて美しい国王にふさわしい自分でありたい。何もないまっさらな白は初めて着るかもしれなかった。グーリンガム時代には絶対に着なかった可愛らしいデザイン。フリルをふんだんに使った乙女チックなドレスである。我ながら、赤毛のおかっぱ頭に合っていると思う。ティアラをつければ、王妃というよりか王女だ。数歳、若く見える。
(だって、わたくしまだ十七よ? 若いうちに目一杯、オシャレを楽しまなきゃね)
身長が高いから大人びて見られることが多く、こういう可愛らしい格好は敬遠し続けてきた。ところが、ある時、気づいてしまったのだ。牧場のノア宅にて、伯爵夫妻が来るというので掃除をしている時だったか。意外にも黒ドレス+白エプロンのメイドスタイルが大好評だったのである。これで、可愛い系もイケるのだとソフィアは開眼した。
ルツは大げさに目を潤ませる。
「なんと、愛くるしい御姿……まだ、御子じゃったころのことを思い出すようですじゃ。幼いころは明るい色のドレスをよくお召しになられていて、天真爛漫で本当にかわいらしかった……」
「んもぅ……そんなに感動すること? 帰還する旦那様を出迎えるために着替えただけよ?」
「まるで、花嫁姿のようですじゃぁ……」
そういえば、ソフィアは結婚式を挙げていない。財政不安を理由に先延ばししていたところ、牧場経営を始めてしまい、忙しくてそれどころでは、なくなってしまったのだ。
ドア越しの報告はなおも続く。現地にいる者が状況を速記し、鳥に届けさせるのである。
「道路に飛び出した子供がおりまして、危うく馬と衝突しそうになりました。先頭にいらっしゃった国王陛下がお気づきになり、子供を無事保護されたとのこと……」
「心温まるエピソードね」
凱旋パレードのリヒャルトは映えるだろう。均整のとれた身体に甲冑をまとい、銀色の髪をなびかせる。ただでさえ、ハイパーイケメンだ。白馬にまたがる姿は神の使いに見えるかもしれない。彼が騎士たちを引き連れて、堂々と馬を駆けさせるさまを想像し、ソフィアはため息をついた。
「わたくしも沿道でリヒャルト様の美々しいお姿を拝みたかったわ」
離れた所から見るリヒャルトが格別だということを、ソフィアは知っている。間近で見る彼はソフィアだけのものだが、遠目に見る彼は冷酷そうでゾッとするほど美しい。
(贅沢な悩みね。いつもとちがう彼が見たいだなんて)
そんなことを思って苦笑いしていると、不意打ちを食らわされた。
「王妃殿下にご報告申し上げます! ただいま、国王陛下が入城されたとのことです!!」
ドアの向こうで叫ぶのは、先ほどまで王都の様子を教えてくれた学匠ではなく、兵士の声だ。
「まあ!! どうしましょう!!」
「もう、着付けはほぼ終わっておりますじゃ。中庭にて出迎えましょう」
ソフィアは動揺した。ひと月ぶりの再会は緊張する。
「ねぇ、わたくし、大丈夫かしら? 髪が短い他に変なところはない?」
「ご心配なく。髪もティアラもドレスも全部、お似合いですじゃ」
ソフィアは高鳴る胸を押さえる。いよいよ彼に会える。
最後に別れた時、彼は泣きそうな顔をしていた。二人きりならともかく、周りには大勢の騎士たちがいる。だから、ソフィアは泣いたりせず、王妃の顔で別れたのだ。彼の威厳を損なわせないように──
出迎えるのはその時と同じ庭園だ。主殿を出て馬蹄型階段を下りる。ソフィアは侍女たちを階段の所で待たせた。
真ん中に噴水、その周りに花壇。出立前、ピンとしていたひまわりは重そうな首を垂れ、茶色くなっている。あまり美しい風景ではないが、刈ってしまってはもったいない。種を無駄にすべきではないだろう。
(この種……お菓子に入れられるのよね。この間のビスコッティに入れるのもいいし……)
また余計な思考モードに入ってしまった。いよいよ会えるのだとドキドキしていたのに、ソフィアの意識はそれた。
(まだ熟成はされてないかしら? 種の状態は?……ふむ、なかなか大ぶりね……)
ソフィアは種を一つ取って、確かめてみた。園芸用にしては大きく肉厚だ。味はどうか? 割って中身を確かめようとしたとたん、腕をつかまれた。
「勝手に花壇へ入り込み、種を盗んだ。城中の物を毀損した罪で逮捕する!」
ちょっとかすれた低音、いつまでも聞いていたいその声の主は……
「リヒャルトさま!!」
目の前で銀髪がゆれる。銀と赤。リヒャルトは両サイドに赤毛を編み込んでいた。ソフィアを捉える銀の双眸が笑う。昼間の月がそこにあった。
「ひと月ぶりに夫を出迎えるというのに、ひまわりの種なんかに気移りするとは重罪だぞ?」
「ど、どうして!? 入城したばかりでは??」
「それに君の格好! なんでそんなに可愛らしい格好をしているんだ? そのまま、寝室へ連れて行ってしまいたくなるじゃないか!」
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「なんていうことをするのです! 国王がいなくなっては、皆心配する……」
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ソフィアはすぐに言葉を返せない。想いが溢れてきて、吐いた息が嗚咽に変わった。彼の金属の肩当てを涙で濡らす。
「おや? 泣いているのか? 本当に君は泣き虫だね」
「誰が泣き虫にしたと思っているのです! 全部、あなたのせいですよ?」
「私のせいでこんなに可愛くなったというのか? それは光栄なことだな!」
彼のせいで泣き虫になったのは事実である。グーリンガムにいたころは、どんなにつらくても泣くことなどなかった。
「あなたのせいで、弱くなったのです。わたくしがどのような思いで待っていたか、おわかり?」
「ああ、すまなかった」
急にリヒャルトは真顔になる。ソフィアはその頬を軽くつねった。驚かせたお返しだ。そんなことで主導権が握られると思ったら、大間違いだとわからせてやることにした。ソフィアはもっとすごいネタを持っているのだ。
「わたくし、妊娠しております」
「は!?」
「あなたの御子を身籠っているのです」
目を見開くリヒャルトにソフィアは満足する。やっと言えた。とても長い一ヶ月だった。
そして、リヒャルトの匂いを胸一杯に吸い込んで、
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