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39話 放火犯
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放火犯が捕まったと報告が入ったのは、食後のホットチョコを楽しんでいる時だった。
侍女が騎士団長ジモンのサインと、簡潔に事柄だけ記した手紙を持ってきたのである。どこの誰が、どこに囚われているのか? ソフィアは現状を確認せずにはいられなくなった。
甘い時間はあっけなく、終わりを告げる。ベッドの上で夫婦仲良く朝食を食べ、一日そこで過ごすつもりだったのに。リヒャルトが強い不満を抱くのは当然だろう。
だが、顔に出ても口には出さなかった。ついさっき、ソフィアを怒らせたことがストッパーになっている。
「ああ……あなた、機嫌を損ねないで。帰ってきたらずっと、わたくしはあなたのものですから。これからは毎日、一緒に寝ましょう?」
この言葉を聞いて、落ち込んでいたリヒャルトの顔はパッと明るくなった。とても、わかりやすい。
「本当か? 本当に毎日!?」
「ええ。そんなことは以前より、許しています。わたくしたち夫婦なのだし、当然でしょう?」
「うん、そうだな! 当然だ!……も、もちろん、キス以上のことをしてもいいの……だよな?」
「ええ。ちゃんと、お風呂に入ってからね?」
「ぅおおおおお!」
リヒャルトが俄然やる気になっているので、ソフィアは不安になった。
(そこは見た目どおり、クールでいてほしかったわ)
そう思っても、エロに熱意を燃やすハイパーイケメンもレアである。ソフィアは吹き出してしまった。
「あ、笑ったな? 夜は泣かせてやるから、覚悟するがいい!」
「くすくす……もぅ、イキるのやめて……」
「笑っていられるのも、今のうちだ。何度も絶頂を味わわせてやる!」
「あの……わたくし、初めてなんですけど、ちゃんとわかってらっしゃる?」
こんなアホなやり取りをしたあと、互いの着替えを手伝い、身支度をした。昨晩は解かれたコルセットの紐を通して結んでもらう。下着姿くらいなら、ソフィアは見られても平気になっていた。
髪もリヒャルトに結ってもらった。自分のが終わったら、ソフィアが彼のを編む。ふた月ぶりの夫婦の時間だ。二人でいられる時間は限られている。日常の何気ない作業も、ソフィアたちにとっては至福の時だった。
キスして別れた後は切り替える。ソフィアは騎士団本部へと向かった。
※※※※※※※
騎士団本部は城内にある。調練場では、甲冑姿の騎士たちが訓練を行っており、怒号や剣撃の音が飛び交っていた。前世でも文化部だったし、こういう血気盛んな場所はソフィアにそぐわない。ルツは早速、執務室で書類を精査しており、ソフィアは一人きりだ。侍女一人連れずに、男所帯へ入り込むのは勇気ある行為だと我ながら思う。
ケツ顎ジモンがいるのは、調練場の奥にある物々しい建物である。黒レンガで建築された本部の建物は、どこかの庁舎っぽかった。国の施設というのはどこも同じ雰囲気だ。
そのいかにもお堅い本部の入り口で、ソフィアは取り次ぎをお願いした。広々としたホールを横目に回廊を歩き、応接室で待たされることになる。
現れたジモンは少々焦った様子だった。
「ソフィア様! どうされましたか? わざわざお越しいただくなんて……」
「手紙をよこしたのはジモン、あなたのほうでしょう?」
「はい、衛兵隊が放火犯を捕らえたので、ひとまず連絡をと。呼んでくだされば、私のほうから出向きましたのに」
そうか、上の立場にいるソフィアが呼び出せばよかった。しかしながら、そんな面倒な上下間のルールはどうでもいい。フットワークは軽いほうがベターだ。
「犯人は近隣の農民でした?」
「そのようですね。焼けた現場に現れ、耕作し始めたそうです。捕まえて尋問したところ、土地がほしかったから放火したと。山を焼いて耕作し、利益を出せば自分のものになると思ったらしいです」
「犯人と会って話せるかしら? 牢に案内してくださる?」
「ふぇっ!!?? ソフィア様が牢に行かれるのですか!?」
「なにを今さら驚いているのです。わたくしは農家でパンをこねる公爵夫人ですよ?」
ケツ顎も切り替えが早い。驚いたのは数秒で、テキパキと雑務の引き継ぎを下官に指示した。ソフィアが待ったのは数分だ。すぐさま、騎士団を出ることができた。
重罪人や裁判が必要なややこしい罪人は主殿の地下牢に囚えられ、すぐに判決がくだるタイプは城外近くの牢に留置させられる。
リエーヴの王城は環状の城壁に囲われていて、その中に主殿や教会、騎士団本部などが密着して建てられてあった。二重に張り巡らされた城壁の間は通り道や倉庫、兵士の待機場、牢として利用している。ソフィアが、この城壁の内部に入るのは始めてだった。
同じ城内でも居住空間によって、まるでちがう。兵士たちの醸し出す荒々しさにソフィアは萎縮した。
「ご婦人が行かれるような場所ではないですよ? 今からでも引き返しましょう?」
狭い通路を歩きながら、ジモンは何度も振り返り、ソフィアの顔色を確認した。通路の幅が狭くて、二人並んで歩けないのだ。衛生面が保たれていないのだろう。汗と糞尿の匂いが漂ってくる。匂いの発生源は通路と一緒に続く牢からである。鉄格子のはまった昔ながらの牢屋と狭い通路。牢の中から罪人が手を伸ばせば、触れることも可能だ。
「わたくしは、実際に会って事情を聞いてみたいのです。近隣の農民なら、会ったことがあるかもしれませんし」
「ですが、どのみち、縛り首にされる運命ですよ。放火の罪は重いです」
「えっ!?」
ちょうど先導する兵士が止まった。ここですと案内された牢には、赤茶けた髪の農民がうずくまっている。殴られたのか。目の周りが黒ずんでいるのは痛々しい。彼が顔を上げたとたん、ソフィアはハッと息を呑んだ。
「ボドさん?」
ソフィアの問いかけに対し、ボドは目をそらした。
知っている農民かもしれないという懸念はあった。だが、それがボドだったとは想定外だ。彼が焼き畑をしたのは、禁止されるまえの話だ。今は真面目に、自分の耕作地で農業をしている。
「ボドさん、どうして?」
ボドにはいろいろと世話になっている。ライ麦の種やヨーグルトを分けてもらったり、それに彼はソフィアの牧場で働くノアの彼氏だ。
口を閉ざすボドに代わって、兵士が事情を説明してくれた。
「じつのところ、放火犯は別におりまして……引っ捕らえ、城へ輸送する途中にこの男が逃がしてしまいました。仕方なく共犯者とみなし、牢につないだというわけです」
ボドが犯人ではないとホッとしたものの、この状況はどうしたものか。ソフィアは対話を試みようと、ボドに呼びかけた。
「ボドさん、わたくしはあなたの口から事情を聞きたいのです。お話ししていただけますか?」
連れてきてくれた兵士には帰るようお願いする。厳めしい顔をするジモンを牽制し、ソフィアはボドを促した。
「さあ、ボドさん、話して? ノアを泣かせる気ですか? あなた、このままいくと縛り首ですよ?」
「ケッ……あんたこそ、ふた月も留守にしてなにしてたんだよ?」
「わたくしは全国を回り、資金を集めたり、受注を取り付けたりしていました」
「結構なこった。オレらの村じゃ、ガキが一人、冬を越せずに死んだよ。与えられた農地で作物が実らなければ、オレたちはそれまでなんだよ」
「わたくしが聞きたいのは、なぜ放火犯を助けたのかってことです。あなたは共犯ではないですよね?」
ノアからの手紙で、ボドの農地の緑も回復しつつあると聞いていた。今は春が芽吹き始める季節だ。ボドは不良農民に見えて、農業には真摯に向き合っていた。ソフィアの牧場で草木灰や腐葉土を混ぜているのも真似していたし、雑穀が荒れ地に強いと聞いてからは植えたりもしていた。自分の農地がいい方向へ向かっているのに、山野を燃やすなんてことはしないはずである。
「ああ、そうだな。オレは共犯じゃねぇ。ただ、ダチを助けたかっただけだ」
ボドはあっさり告白した。これでソフィアの心は決まった。
「わかりました。では、あなたにはここを出てもらいましょう」
揺れるジモンを尻目にどうやって助けるか、ソフィアは方策を練り始める。ノアを泣かせたくないのはもちろんのこと、ボドの能力を信じたい気持ちもあった。
侍女が騎士団長ジモンのサインと、簡潔に事柄だけ記した手紙を持ってきたのである。どこの誰が、どこに囚われているのか? ソフィアは現状を確認せずにはいられなくなった。
甘い時間はあっけなく、終わりを告げる。ベッドの上で夫婦仲良く朝食を食べ、一日そこで過ごすつもりだったのに。リヒャルトが強い不満を抱くのは当然だろう。
だが、顔に出ても口には出さなかった。ついさっき、ソフィアを怒らせたことがストッパーになっている。
「ああ……あなた、機嫌を損ねないで。帰ってきたらずっと、わたくしはあなたのものですから。これからは毎日、一緒に寝ましょう?」
この言葉を聞いて、落ち込んでいたリヒャルトの顔はパッと明るくなった。とても、わかりやすい。
「本当か? 本当に毎日!?」
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「ええ。ちゃんと、お風呂に入ってからね?」
「ぅおおおおお!」
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「あ、笑ったな? 夜は泣かせてやるから、覚悟するがいい!」
「くすくす……もぅ、イキるのやめて……」
「笑っていられるのも、今のうちだ。何度も絶頂を味わわせてやる!」
「あの……わたくし、初めてなんですけど、ちゃんとわかってらっしゃる?」
こんなアホなやり取りをしたあと、互いの着替えを手伝い、身支度をした。昨晩は解かれたコルセットの紐を通して結んでもらう。下着姿くらいなら、ソフィアは見られても平気になっていた。
髪もリヒャルトに結ってもらった。自分のが終わったら、ソフィアが彼のを編む。ふた月ぶりの夫婦の時間だ。二人でいられる時間は限られている。日常の何気ない作業も、ソフィアたちにとっては至福の時だった。
キスして別れた後は切り替える。ソフィアは騎士団本部へと向かった。
※※※※※※※
騎士団本部は城内にある。調練場では、甲冑姿の騎士たちが訓練を行っており、怒号や剣撃の音が飛び交っていた。前世でも文化部だったし、こういう血気盛んな場所はソフィアにそぐわない。ルツは早速、執務室で書類を精査しており、ソフィアは一人きりだ。侍女一人連れずに、男所帯へ入り込むのは勇気ある行為だと我ながら思う。
ケツ顎ジモンがいるのは、調練場の奥にある物々しい建物である。黒レンガで建築された本部の建物は、どこかの庁舎っぽかった。国の施設というのはどこも同じ雰囲気だ。
そのいかにもお堅い本部の入り口で、ソフィアは取り次ぎをお願いした。広々としたホールを横目に回廊を歩き、応接室で待たされることになる。
現れたジモンは少々焦った様子だった。
「ソフィア様! どうされましたか? わざわざお越しいただくなんて……」
「手紙をよこしたのはジモン、あなたのほうでしょう?」
「はい、衛兵隊が放火犯を捕らえたので、ひとまず連絡をと。呼んでくだされば、私のほうから出向きましたのに」
そうか、上の立場にいるソフィアが呼び出せばよかった。しかしながら、そんな面倒な上下間のルールはどうでもいい。フットワークは軽いほうがベターだ。
「犯人は近隣の農民でした?」
「そのようですね。焼けた現場に現れ、耕作し始めたそうです。捕まえて尋問したところ、土地がほしかったから放火したと。山を焼いて耕作し、利益を出せば自分のものになると思ったらしいです」
「犯人と会って話せるかしら? 牢に案内してくださる?」
「ふぇっ!!?? ソフィア様が牢に行かれるのですか!?」
「なにを今さら驚いているのです。わたくしは農家でパンをこねる公爵夫人ですよ?」
ケツ顎も切り替えが早い。驚いたのは数秒で、テキパキと雑務の引き継ぎを下官に指示した。ソフィアが待ったのは数分だ。すぐさま、騎士団を出ることができた。
重罪人や裁判が必要なややこしい罪人は主殿の地下牢に囚えられ、すぐに判決がくだるタイプは城外近くの牢に留置させられる。
リエーヴの王城は環状の城壁に囲われていて、その中に主殿や教会、騎士団本部などが密着して建てられてあった。二重に張り巡らされた城壁の間は通り道や倉庫、兵士の待機場、牢として利用している。ソフィアが、この城壁の内部に入るのは始めてだった。
同じ城内でも居住空間によって、まるでちがう。兵士たちの醸し出す荒々しさにソフィアは萎縮した。
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狭い通路を歩きながら、ジモンは何度も振り返り、ソフィアの顔色を確認した。通路の幅が狭くて、二人並んで歩けないのだ。衛生面が保たれていないのだろう。汗と糞尿の匂いが漂ってくる。匂いの発生源は通路と一緒に続く牢からである。鉄格子のはまった昔ながらの牢屋と狭い通路。牢の中から罪人が手を伸ばせば、触れることも可能だ。
「わたくしは、実際に会って事情を聞いてみたいのです。近隣の農民なら、会ったことがあるかもしれませんし」
「ですが、どのみち、縛り首にされる運命ですよ。放火の罪は重いです」
「えっ!?」
ちょうど先導する兵士が止まった。ここですと案内された牢には、赤茶けた髪の農民がうずくまっている。殴られたのか。目の周りが黒ずんでいるのは痛々しい。彼が顔を上げたとたん、ソフィアはハッと息を呑んだ。
「ボドさん?」
ソフィアの問いかけに対し、ボドは目をそらした。
知っている農民かもしれないという懸念はあった。だが、それがボドだったとは想定外だ。彼が焼き畑をしたのは、禁止されるまえの話だ。今は真面目に、自分の耕作地で農業をしている。
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「ああ、そうだな。オレは共犯じゃねぇ。ただ、ダチを助けたかっただけだ」
ボドはあっさり告白した。これでソフィアの心は決まった。
「わかりました。では、あなたにはここを出てもらいましょう」
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