王子様と乳しぼり!!婚約破棄された転生姫君は隣国の王太子と酪農業を興して国の再建に努めます

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16話 ライ麦パン

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 脱穀のやり方は古典的だ。凹凸のある脱穀板に麦穂を載せ、棍棒でひたすら叩く。少量なので牛に牽かせるタイプの脱穀機は使わなかった。

 脱穀係はもちろん……ケツ顎騎士団長ジモンである。なんで私がこんなことを──と、露骨に嫌な顔をしているが、ソフィアももちろん手伝った。

「ジモンさんはもっと農民の苦労を知るべきです。普段食べているパンはこうやって作られるのですよ?」
「ソフィア閣下が物知り過ぎるのです。私は武人ですから、単純作業には向きません」
「肉体トレーニングだって、単純な動作の繰り返しでしょう? 身体を鍛えていると思えば、苦痛も軽減するのではないですか?」
「なるほど……」

 とはいえ、おしゃべりしているうちに終わった。
 籾殻を外したライ麦は、不良農民ボドが持ってきた唐箕とうみを使って、ゴミと本体に分ける。
 唐箕というのは、落下する脱穀麦に風を吹き付け、軽いゴミや籾殻を吹き飛ばす道具だ。ソフィアは前世の郷土資料館で見たことがある。
 仕組みは非常にシンプル。装置の上部から脱穀麦を入れ、サイドのハンドルをグルグル回す。回すことで内部に風が起こり、飛ばされた籾殻を横から排出する。綺麗になった麦本体だけが落下穴から落ちてくる。

「へぇーーー……こうやって、使うのですね。おもしろいです」
「唐箕かけを喜んでやる貴族様を初めて見たよ。やっぱりアンタ、ヘンな女だな」

 「無礼者ッ」と、ジモンが青筋を立てたのでソフィアは「まあまあ」となだめる。反抗的だったボドが馴れ馴れしい口を聞くのは、心を開きかけているからである。
 不揃いな八重歯を見せて、ハハハッと笑うボドはかわいげがある。ソフィアは、非行少年を更生させようとする中学校教諭の気分だ。
 綺麗に脱穀したライ麦を石臼で製粉後、いよいよパン作りとなった。そこで問題点が一つ。

 イーストがない!!

 前世のライ麦パンはサワードゥという天然酵母を使っていた。しかし、それは乳酸菌。乳製品がメジャーではないこの世界に果たして乳酸菌はあるのか?

(そうだ! 実家の城ではワイン酵母でパンを作ってたわ!)

 職人に菓子作りの指導をしていただけあって、ソフィアは厨房の事情に詳しい。

「ボドさん、ワイン……いいえ、エール(ビール)でも構わないわ! いただけるかしら?」
「いいぜ。発酵に使うんだな? エールでいいか?」
「話が早いわ。お願いします」
「でも、パン焼き窯は村長のとこか、教会にしかねぇよ?」

 不便だ。レンガを積んで簡単に作れるパン焼き窯が各家庭にない。たしか、前世の中世ヨーロッパでも同じだったとソフィアは思い出した。

(農民を支配するために、主食のパンを焼く権利まで奪っていたのよね……そのうち、こういうのも変えていきたいけど)

 粉だらけになって、パンをこねるのも一興。ジモンも少しずつ乗り気になってきた。物作りというのは楽しいものだ。

 脱穀から始めて、製粉、発酵、パン焼き窯の所へ輸送──パン一つ焼くのに相当の手間がかかった。焼き上がったパンを試食できるころには外は真っ暗だ。
 最初はイヤイヤだったジモンと、不信感満載だったボドの変化が感慨深い。なんだか、淀んでいた目がキラキラ輝いて見えるのである。汚れた大人が童心に返った……みたいな?

「普段、何も考えずに食べていましたが、口に入るまでにこれだけ手間がかかっているのですね……」

 しみじみと言うジモンが着席するテーブルには、小麦2:ライ麦8と5:5の割合で作った家族サイズのライ麦パンが二個並んでいる。慣れない味だと嫌悪されるかもしれないと思い、小麦粉を混ぜてみた。
 すぐには座らず、ソフィアは立って給仕をする。天然酵母のハードタイプパンにはチーズが一番合うのだが、この世界にはない。パンを焼きに行っている間、ある材料だけでシチューを作らせてもらった。当然、ボドには満足できるだけの金を支払っている。

 その名も、漬けたばかりの塩漬け肉と赤ワインのシチュー。まんまだが、思った以上にうまくできた。ハーブの香りもよし。害虫よけで植えたのだろう。畑の脇にあったローズマリーを使わせてもらった。

 ボドのボロ屋は大勢の村人で賑わっていた。なぜ、こんな状況になったのかというと、いかつい見た目のジモンが脱穀している姿が人を呼び寄せ、さらには公爵夫人がパン作りをしていると噂が広まって、集まってしまったのである。

 元陰キャ嬢ソフィアは騒がれるのが苦手だ。しかしながら、仕事モードの今はこれもチャンスと捉えられる。農民たちにライ麦の有効活用を布教し、有益な農法を広められたら一石二鳥である。

 ソフィアは自信を持って、ライ麦パンを切り分けた。不良農民ボドも、

「まずかったらライ麦の種も譲ってやらねぇし、笑い種にして言いふらしてやるからな?」

 などと憎まれ口をたたきつつ、期待に満ちた茶色の目で見てくる。
 ソフィアもシチューを盛り付け終わると、ドキドキしながら口に入れた。パン作りは前世以来だ。失敗したら、本当の笑い物である。しかし、そんなことを恐れていては前進できまい。笑われようが、構うまいとソフィアは思った。

 しばし、無言。見物に来ていた農民たちは息を呑む。咀嚼音だけがボロ屋に響いた。試食後のボドとジモンの反応は、

「ん……そんなに悪くはねぇな? すんげぇ、うまいってわけでもねぇが、まぁまぁだ」
「うむ……まずくはないです……おいしいですよ? 普通にイケます」

(なに? この微妙な反応?)

 ソフィアのなかでは、かなりおいしくできたのだが。

(だって、ここ異世界よ?)

 前世と変わらぬライ麦パンを作れたのだから、もっと誉めてほしい。ソフィアは不満をパンと頬張り、ワインで流し込んだ。やっぱり、チーズと一緒に食べたい。
 切り分けたライ麦パンを集まってきた野次馬にも振る舞う。

「んん、うまい!!」
「なかなかイケるじゃないか!」
「これ、偽小麦で作ったのか?」
「んまい、んまい!」

「ライ麦は栄養分が豊富で病気の予防にもなります。骨の病や肺病を防ぐことができるのですよ。しかも、荒れ地で簡単に育つ!」

 ここぞとばかりにソフィアはライ麦の長所をアピールした。
 誉めてくれる野次馬たちがありがたい。調子にのったソフィアはシチューの椀も回して、試食させた。

「シチューに合うな!」
「食べ応えがある!」
「赤毛のネェちゃん、料理うまいな!」

 好評である。それもそのはず。冬越しに備えて塩漬けされた豚肉は程よく熟成され、質のよいベーコンとなっている。これが冬の終わりになると臭くなったり、マズくなるらしいのだが、今は最良の状態なのだ。それを炒めた根菜と赤ワインで煮込み、小麦粉でトロみをつけただけでも結構なごちそうになる。
 鼻高々のソフィアがボドを見ると「ふん」と鼻を鳴らされた。

「いい気になるなよ? 赤毛の公爵夫人、偽小麦は売ってやる。けど、土地を売るつもりはねぇからな?」
「やった!! 売ってくれるのですね!!」

 第一目標クリアー! ソフィアはジモンと手を取りあって小躍りしたい気分だった。だが、あからさまに喜ぶソフィアを牽制しようと、言葉が追いかけてくる。

「なにがそんなに嬉しいか知らねぇが、オレはぜーーーったい、土地は手放さねぇからな? なにがあっても!」
「それでいいと思います。お互い情報を共有していけばいいのですよ。ご自分で荒れ地を復活されたいのなら、それはそれで構わないです。こちらのやり方を真似されても結構ですし」
「すげぇ自信だな?」
「ええ。これから牧場を経営していくのだから、ある程度の自負がなければやっていけません」

 丸い目で凝視するボドをソフィアが見据えると、パラパラと手を叩く者が出てきた。降り始めの雨音にも似たそれはだんだんと増えていき、最後には激しい大雨となった。
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