王子様と乳しぼり!!婚約破棄された転生姫君は隣国の王太子と酪農業を興して国の再建に努めます

黄札

文字の大きさ
上 下
14 / 66

14話 牛舎

しおりを挟む
 リヒャルトの領地へ着くまえに、寄り道をしてしまった。
 成り行きでソフィアは牛舎を見せてもらう。元は国有地、現在は農民に管理を任せている牧場の牛舎である。突然、王族の馬車が停まったかと思ったら、見学させてほしいと言われ、オーナーも困惑しただろう。

 外観はボロボロの掘っ建て小屋だ。窓も足りない。やはり、思っていた以上に牛は劣悪な環境で暮らしていた。清掃は行き届いていないし、狭く不衛生な環境だから病気も蔓延しやすい。
 悪臭漂いハエが飛び回る牛舎内へ平然と入っていくソフィアに、リヒャルトは吃驚していた。腕をつかまれ引き返すよう促されるも、ソフィアは断る。仕事モード強し。

 換気×。衛生×。飼料×。水△。広さ×。牛の健康状態△。(毛並み×。便△。食欲△)
 五段階でランク付けした場合、最低Eランクになる。まず、飼育小屋を建て直さないとダメなレベルだ。ソフィアは手帳に細かく書き付けた。

 口を半開きにし、呆けるリヒャルトに気づいたのは牛舎を出てからだった。ハイパーイケメンでもこういうマヌケ顔は愛嬌がある。

「申し訳ございません! リヒャルト様……わたくし、つい夢中になってしまいまして……」
「……で、なにかわかったのか?」
「飼育状況は最悪です。他の牛舎も調べさせる必要があるでしょう」
「だいたいどこも同じだと思うのだが……」
「細かいチェックシートを作成して、それを元に評価してもらいましょう。畜産業を営むすべての農家が調査対象です。まず、現状を把握しないと、話は進められませんから」
「わかった。急遽、調査団を設立しよう。チェックシートは君が?」
「ええ。わたくしが作ります。人材集めはなるべくスピーディーにお願いしますね。それと、いくつか確認したい点がございます。牛糞は肥料として利用してないのですか?」
「牛糞は運搬などのコストがかさむため、各農家、肥溜めに入れていると思う」
「ここらへんもチェック項目に入れておきましょう」

 ソフィアは手帳を取り出し、気になる点を書き出した。あと、一番引っかかっていたことを尋ねなければ……

「リヒャルト様、昨日見せていただいた貨幣税台帳の項目に肉牛はあっても、乳製品はありませんでした。乳製品の生産販売はしてないのでしょうか?」

 麦など主食となる穀類は現物税として徴税するが、それ以外は収益の五割を貨幣で納税させている。その収入源の項目に乳製品がなかったのである。

「乳製品?」
「乳牛から取った牛乳を加工したもののことです。チーズとかバターとか……」
「乳牛? 牛の乳のことか? 肉用の牛はいるが、牛の乳はその子供のためのものだ。乳を取ったりはしない」

 ソフィアはハッとした。この世界には酪農業がない!!

 古代から飲用されていたとはいえ、前世の世界でも乳業が産業として確立したのは、十八世紀以降だったと記憶している。酪農業自体の歴史は古いのに、事業としては成り立たなかった。

 なぜ、近年まで酪農業が産業になり得なかったのか。肉牛とはちがう乳牛のための新しいサイクルを構築するのが面倒だったのもあるだろう。また、品質を低下させず輸送するにはコストがかかる。輸送に適した加工品も作るのは大変だ。

(でも、ここは寒冷地だし飼育にも輸送にも適してるわ)

 思い返せば、乳製品がないために苦労したではないか。実家の菓子職人を助ける時は四苦八苦した。クッキーやビスケットもバターを使わず、ラードや植物油を代用したのだ。普段の食事がなんとなく味気ない、物足りない原因もこれだ!
 
(乳業を始めれば、カルシウム不足も改善される)

 高齢貴族に多い骨軟化症も改善されるかもしれない。病などで長時間屋外に出ず、日光を浴びないと骨が弱る。貴族には骨の病が多かった。

「リヒャルト様、念のためお聞きしますが、牛乳を飲まないのは宗教上の理由ではないですよね?」
「ああ、母乳が出ない母親なんかは動物の乳を使ったりもするし、貴族や王族の料理には使用されることもある」

 これで、ソフィアは腹を決めた。
 この国で酪農業を興す!
 財政を立て直すにあたり、新しい産業を興すべきだと思っていた。酪農業が最もしっくりくる。

「仔牛は肥育用の牧場へ送ります。頭数を管理して、放牧地をローテーションで使います。牛舎を解放し、放牧して牛糞を自然へ返しましょう。穀類、牧草、休閑と輪作させます。そうすれば、土地が痩せることはありません」

 感極まったソフィアは、これからの展望を夢中で話していた。
 マヌケ顔のリヒャルトの反応が微妙なのは、知識量の差か。ソフィアは戻った馬車のなかで酪農の未来を語り続けた。

 このお菓子は絶対商品化させたい!……そう思ったら、なにがなんでも上層部を説得したかった。苦手なプレゼンでもなんでもやる。その商品(企画)の良いところを、伝わりやすい言葉でこれでもかってぐらいアピールする。相手が白髪ゴリラだろうが、ハイパーイケメンだろうが、関係ないのだ。
 仕事上なら、イケメン相手でも堂々としていられる。ソフィアは前世の仕事人間ぶりを発揮した。畜産系の大学にいたから、農業、畜産の知識は多少ある。専門的な内容も噛み砕き、つまびらかに説明した。質問には全部答える。

 当初、リヒャルトは呆気に取られていたが、次第に険しい表情になり、それが好奇心に満ちた楽しげな顔へと変わっていった。銀色の瞳は生き生きとして、少年のような輝きを放つ。ソフィアの提案におもしろい、やってみたいと興味を持ってくれている。

 まず、綿密なチェックシートのもと、全国の農地の実態を把握する。不作が続いている農地には指導が必要だ。次、地域ごとに農家を集め、勉強会をする。地域を分けるのは、土壌の成分や気候で適した農法は変わるからである。
 荒れ地は国が買い取り、土壌改良する。そのまえに、試験的に牧場経営したいとソフィアは申し出た。

「君が牧場を!?」

 これには乗り気だったリヒャルトも驚いた。ソフィアはひるまない。

「ええ。それと、買い取った荒れ地の回復ですが、いろいろやってみましょう。雑草の処分はたぶん、埋めるか燃やすか、鋤込むですよね? 処分に困っている農家は多いと思うんです。それと、国有地は王都からも近いです。町中や街道に落ちる枯れ葉もいただきましょう」
「もらってどうするのだ?」
「集めて畑に撒いて燃やします。草木灰という肥料になるのです。それをすき込み、荒れ地でも育ちやすい雑穀類、粟、ひえ……ライ麦、大麦などを栽培します。それから、牧草を植え……」
「粟、稗??」
「……ああ、そうか……この国にはないかもしれませんね。ライ麦は?」
「わからない……」
「では、調査項目にイネ科の雑草も付け足しましょう。作物として優秀な雑草もあります」
「雑草も役に立つのだな?」
わざわいも三年経てば用に立つ。役に立たないものなどありません」

 その後、リヒャルトの農地を見せてもらい、チェック項目が増えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...