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九章 調達(最終章)

八十三話 調達⑤

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「はぁー、食った、食った」


 一週間振りだよ、ちょっと気持ち悪くなるぐらい食ったのは……
 

「さっ、デザートのアイスを取りに行くか」


 アイスも食べ放題だからな。夢のようだ。以前A県の一部区域が封鎖された時は電力全てストップしていたが、今回は大丈夫だ。A県の時は、まだ残ってる人がいるのに云々で色々と批判されてたからなー……テレビで。


「まだ食べるの?」

 不満そうな久実ちゃんと目が合う。


「いいんだよ、別腹、別腹」

「その前に暗くなるから今日の内に一仕事済まそうぜ」
 

 神野君の言葉に俺は溜め息を吐いた。体がダルくて重い腰を上げる気にならない。食い過ぎで血糖値が高くなってる。


「ほらほら、腹ごなし、腹ごなし」
 
 青山君が茶化すように言う。


「まだ、一階も全部調べてないしな。もう六時だ」


 夏だから七時くらいまで明るいとはいえ、時間がない。照明を付ければ、ゾンビを引き寄せる。夜は暗いままで我慢しなければならないのだ。

 俺は渋々腰を上げた。仕事というのは従業員用駐車場に置いてある車を通用口の前まで移動させることだ。

 また、俺達は二手に別れる。車の移動は神野、青山ペアに任せ、俺と久実ちゃんは一階の探索をする事になった。

 まず、外側に沿って歩き、ガラスの割れている箇所がないか、開いている扉がないか調べることにする。一階はガラス張りになっている所が結構多い。時間がかかりそうだった。

 モールの端はペットショップと電気屋だ。発売されたばかりのゲームが気になり、電気屋の方へ自然と足が向いてしまう。


「ちょっと、田守君……」

 久実ちゃんに腕を掴まれた。また、責めるような目で見てくる。


「少し、ゲーム、見るだけ……」


 ちょっとぐらいいいだろうよ。ゾンビだらけで家に引きこもるしかないんだから、ゲームぐらい……元々引きこもりだけど……


「駄目だよ。ゲーム貰ったら、それ窃盗だからね」


 うるせぇな。本当に。そんなこと言うなら、乳ぐらい揉ませろってんだ。俺の心情を察してか、久実ちゃんはますます目を剥いて迫ってきた。


「監視カメラだってついてるし……駄目だよ。絶っっ対、駄目」


 さっき電気制御室へ行った時、食料品売場以外のブレーカーを落としたから監視カメラは気にしなくて大丈夫って、神野君が言っていた。


「それに……やだ……見て!」


 久実ちゃんは言いかけて、電気屋の向かいにあるペットショップを指差した。

 ガラス張りの店内にぐったりとした犬や猫の姿が見える。まさか、モールが休業になってからずっと放置されていたのか……
 

「行ってみようよ」


 気は進まないが、久実ちゃんに促されるまま、俺はペットショップの中へ入った。
 
 意外にもすんなり開く自動ドア。据えた臭いが鼻をつく。途端に空気がヒンヤリした。あれ? クーラーついてた?
 犬、猫のためにここだけクーラーが付けっぱなしだったのか、涼しかった。
 
 入り口近くに置かれたケージ。中でぐったりしていた犬が俺達に気付き、跳ねるように飛び起きて激しく吠え始めた。売れ残りの柴犬か。成犬だから啼き声がでかい。それに釣られて他の犬達も吠え始めた。


「ヤバい。出よう」


 ペットショップは外に面しており、尚且つガラス張りで外から丸見えである。犬の吠え声は確実に外へ漏れている。現に外の駐車場をうろついていたゾンビ数匹、こちらへ向かって来るのがガラス越しに見えた。

 だが、久実ちゃんは俺の腕を掴んで離そうとはしなかった。


「餌を上げようよ。そうすれば大人しくなる」


 必死な目で訴えかけてくる犬を前に俺は従うしかなかった。まず、鳴き声がでかい犬猫に餌をやり、水を取り替えてやる。子供の頃、小型犬を飼ってたからやり方は何となく分かる。相当腹が減っていたのか、皿が餌で満たされると、どの犬もピタリと静かになった。

 取り敢えず、ゾンビを引き寄せるサイレンが収まって、俺はホッとした。外を見ると、五、六匹、ゾンビがガラスに張り付いている。良かった。この程度なら大丈夫だ。

 次にハムスターや鳥類だ。小動物の区画へ移動しようとすると、久実ちゃんにまた腕を掴まれた。


「待って! トイレも綺麗にしてあげないと……」


 えぇー……そこまで……。でもまあ、仕方ない。動物達に罪はないしな……

 途中、神野君から終わったとの連絡が入ったので一階の探索はお願いすることにした。


「ねぇ、田守君、神野君達が見つけたゾンビって、ペットの世話をしに来た人だったんじゃないかな?」


 袋からペットシーツを出しながら、久実ちゃんが言った。言われてみれば……一週間以上放置されていたにしてはケージの中は綺麗だった。ここだけクーラーが付きっぱなしだったのも腑に落ちる。

 こんな危険な状態なのに、わざわざペットのために出勤してゾンビになってしまったのか……やるせなさを感じ、俺は心の中で合掌した。

 

 動物の世話を終えた時には薄暗くなっていた。神野君達がやって来たのは丁度いいタイミングだ。


「一階調べるのも、物資の準備も全部終わったからな。何もしなかった罰として明日はガシュピンが運転しろよ」

「……構わないけど。ゾンビは? いた?」

「いなかった」


 だとしたら、電気室にいたゾンビは噛まれた状態で建物内に入り、数日経ってからゾンビ化したのかもしれない。


「そんなことより、どこで寝る?」
 

 青山君が尋ねた。俺が答えるより前に神野君が口を開く。


「俺達は決まってるんだよな。さっき丁度いい場所を見つけた。一階の枕専門店にでかいソファーベッドがあったから、そこで」


 三階の家具屋には、ベッドが二台以上置いてあったはず……そこで皆そろって寝た方が……


「私達は三階で寝る」
 
 久実ちゃんが先に答えた。


「……そっか。枕屋のソファーベッドは二人用一台だけだったからな。まあ、無理して皆集まって寝る必要はないし、何かあったら携帯に知らせてくれればいいよ」
 

 神野君は寝る場所に関して、それ以上何も言ってこなかった。
 
 その後、従業員の休憩室でゲームをしたり、漫画を読んだりして時間を潰した。そんなに広くはないが、会議室のようなスペースがあってテレビも置いてある。

 ゲーム機は……電気店から拝借。久実ちゃんは神野君達には何も言わなかった。

 ゲームをしながら、我ながら呑気だなあと思う。ゾンビだらけになり、ゴーストタウンと化した場所で人がいないのをいいことに、好き放題やってる。きっと、俺達は世界最後の日もゲームしたり、アニメ見たりしているんだろうな……

 ゲームの世界は現実と同じくらいシュールだ。子供なのか、大人なのか分からない見た目のキャラクターが街中にペンキを塗りたくる。街にはプレイヤー以外の人間は誰もいない。廃墟なのか、遊ぶために作られた場所なのか……設定はいまいち分からない。俺達はただ、与えられた場所、手に入れた道具、限られた時間で戦う。それはゲームでも現実でも同じことだ……
 

 さすがに深夜十二時を回った所で、そろそろ寝ようということになった。


「ちょっと待って! ニュースやってないかな、ちょっと回してみて」
 

 青山君が部屋を出ようとする俺達を止めた。
 ニュースって……こんな深夜にもやってるのか……
 切り替わった画面一杯、別に見たくもない顔が映った。


「シタ先生!」


 嬉しそうに叫ぶ青山君。あ、ああ、確かこいつのファンなんだっけ……キーホルダー持ってたしな……

 ゾンビ評論家、下飯木したいいきは鬼気迫る表情で俺達に呼びかけた。


「封鎖区域の皆様、もし生き残り、この番組を見ているのであれば……決して……決して諦めないで下さい……」


 相変わらず、勿体ぶった話し方しやがる。ムカつくから消せよとは言えなかった。青山君は食いつくように見入っている。


「じゃ、俺達はもう寝るわ。お休みーー」


 聞いてるか分からない青山君ではなく、眠そうな神野君に伝え、俺は久実ちゃんと部屋を出た。
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