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九章 調達(最終章)

八十一話 調達③

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 ショッピングモール敷地内にゾンビが0、という訳ではなかった。外よりはマシだが、広い駐車場内に点々とバラけた状態で動き回っている。群れだったら、太刀打ち出来ない数かもしれない。

 一見、巨大施設のガラス張り部分は傷もなく、割られてもなかった。周りを大きな道路で遮られているため、侵入されなかったのだと思われる。

 これは期待できる!
 
 これまでに回ったスーパーの惨憺たる有り様を思い出し、俺は口元を緩ませた。

 問題はどうやって侵入するかだ。ガラスを割るにしても、音でゾンビを引き寄せてしまう。取り敢えず青山君の案で俺達は屋内駐車場へ入った。
 
 

 薄暗い駐車場はガランとして車は一台も止まってなかった。ボンヤリした光を放つ自販機が見える。そこが施設内へ繋がる連絡通路だと分かった。あんまり静かだと気になるのが足音だ。俺達は爪先立ちで小走りし、連絡通路へと向かった。

 当然、自動ドアの鍵は閉まっている。ガラスを破らねば侵入不可。今のところ、周りにゾンビの気配はない。なんとなーく、青山君と目が合った。


「ガラス破るのはお得意だろ?」

 ドヤ顔の青山君に尋ねる。
 

「さて、僕の出番か」

 案の定、嬉しそうに答えた。


「音は立てるなよ」 
 
 と神野君。


「うん、それは無理かな」


 青山君は言うなり、リュックからビニールテープを出した。

 ん? まさか??

 思った通り、ガラスにビニールテープを貼り出した。そして、手伝おうとする久実ちゃんを手で制す。


「すぐ終わるから」


 俺は我慢できず口を開いた。


「おい、テープ貼ってから叩くだけかよ?」

「そうだよ。何か?」

「この間みたく窓枠にマイナスドライバー刺してチャチャチャっと……」

「それな、多分こういうとこのは強化ガラスだから割るのに時間かかると思う」

「そうなのか……」


 自動ドアの下部、十数センチ四方に青山君はテープを貼った。そこに金槌を思いっきり叩き付ける。ガラスが割れる騒音はテープで抑えられたものの、鈍い衝撃音は駐車場内に響いた。

 俺の背筋をゾゾゾ……と悪寒が走る。
 
 ちょっとした音でも鳥肌立つようになっちまったな。もはや、大きな音恐怖症だ。これ、PTSDみたいにずっと引きずらないといいんだけど。ゾンビがこの世からいなくなった後、果たして国は保障してくれんのかね。俺達の心に残った傷痕をさ。

 たった今開けた小さな穴へ青山君が手を差し込み、鍵を開ける。次の瞬間、けたたましいサイレン音が鳴り響いた。


「やべぇ……あれだ!」

 
 ガラスを挟んだ向こうの天井を神野君が指差した。黒い半円型の防犯カメラである。

 スピーカー内蔵型で不審者を捉えた途端、サイレンが鳴るようになっているらしい。手動で自動ドアをこじ開け、俺達は中へ入った。


「ガシュピン! 頼む! 肩車だ!」


 神野君の言うとおり、しゃがんで肩を差し出す。その後すぐに後悔した。

 ──重い

 天井は低いので、肩車すれば何とか届く。神野君は防犯カメラにハンマーを叩き付けた。

 ガチャンッ!

 ゾンビのクラッシュ音とは違う硬質な破壊音。それにより猛烈なサイレン音が止まり、気の抜けた俺は尻餅をついた。上に乗っていた神野君はバランスを崩し、床に転がる。


「ちょっ……ガシュピン、気をつけろよ。危ねぇだろ」


 幸い二人共、怪我はない。俺達が防犯サイレンを何とかしている間、久実ちゃんと青山君は自動ドアを元通り閉め、鍵をかけていた。

 奥にもう一枚あった自動ドアも同じ要領で開ける。サイレンはもう鳴らなかった。


「さあ、行くぞ」
 

 神野君を先頭に俺達はモール内へと入った。一階はガラス張りの所が多く、最上階の三階まで大きな吹き抜けがある。吹き抜け部分の屋根はガラス張りだから、昼間は照明が消えていても充分明るかった。

 俺達は二手に別れて、まず二階と三階を調べることにした。神野君と青山君、俺と久実ちゃん……まあ、そうなるわな。

 調べるのはゾンビが隠れ潜んでいないか、侵入可能箇所はないか、工具など使用出来る物もあればゲットする。食料品のある一階は最後、皆で確認することになった。
 


 二階は神野君達に任せ、俺と久実ちゃんはエスカレーターを上った。

 誰もいないショッピングモールは不思議な感じがする。何というか、夢の中のような……。ゾンビだらけの街中やマンションよりも非現実的でファンシーなのだ。
 
 三階はほとんど衣料品店で、それ以外は映画館、家具店、それとゲームコーナーぐらいか。俺と久実ちゃんは無言で歩いた。
 
 気まずい……うん、予想はしてたけど……俺は話す台詞を懸命に考えていた。
 
 急に久実ちゃんがピタリと足を止める。

 
「どうした? 何かあったか?」


 辺りを見回すが、ゾンビの気配は見当たらない。服屋の店先で着飾るマネキン。陳列台の上、綺麗に畳まれている服。子供の背丈に合わせた自販機。雑貨屋の前に置かれたロボットはしょんぼりしている。そんな風に見える。もうちょっと先には案内板と地図が見えた。
 
 このショッピングモールの中心にポッカリ空いた吹き抜け。その吹き抜けを分断する道が真っ直ぐ通っている。案内板とベンチはそこにあった。

 風景が無味乾燥に感じられるのは、主役である人間がいないからか、それともこの気まずい空気のせいか……


「田守君、私、まだこの間の返事、聞いてない」


 切り出した久実ちゃんに俺はすぐ答えられなかった。


「相当勇気出して言ったんだけどな。私ってそんなに魅力ない?」


 黙っているのをいいことに、久実ちゃんは一方的に喋る。


「それとも何? 奥手過ぎて返事が出来ないと?」

「両方違うよ」


 急に答えたので、久実ちゃんは俺の顔をまじまじと見つめた。


「俺のことを好いてくれるのは有り難いと思ってる。でも、俺はニートの引きこもりだ。結婚して子供を作るという当たり前のことが出来ない。そうじゃなくとも、世の中こんな状態で世界が終わってしまうかもしれないし」


 冷静に答えたつもりだった。だが……


「田守君、世界は終わらないよ」

 久実ちゃんは俺の目をジッと見つめた。


「世界は終わらない」
 
 言い聞かせるように、繰り返す。俺は少々怯んだ。


「でっ、でも……」

「世界は終わらないし、少しすれば全て元通りになる。今まで通り世界は続いて行く」

「……」

「田守君はそうやって逃げてるだけ。自分の楽な方へ逃げてるだけなんだ。だからいつまでも就職しないでブラブラしてる」

「うるせぇな。俺は面倒くさいことが嫌いなんだよ。言っとくけど、付き合うために働くのは嫌だかんな」

「分かってるよ。今はいい。働かなくても……それと私の気持ちを受け止めることとは別に考えて欲しいの」

「う……気持ちを受け止める……」


 何だかよく分からなくなってきた。気持ちを受け止めるって何だ? 付き合うってことは要は……


「じゃあ、これで……」

 久実ちゃんはいきなり俺の手を握ってきた。


「これが嫌じゃなければ、繋いだままでいて」


 指に温もりがじんわり伝わってくる。嫌かどうかだって?そんなん決まってる。

 嫌じゃない……
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