67 / 86
七章 この世の終わり
六十七話 この世の終わり⑦
しおりを挟む
──これまでか
目の前が真っ暗になった時……グシャン!! 何か潰れる音が聞こえた。
「ガシュピン、大丈夫か!?」
神野君の声だ。網膜が再び光を感じ始める。目の前にはゾンビの潰れた顔があった。両腕はまだ掴まれたままだ。俺は夢中でそれを引き剥がした。
「噛まれてないか?」
「うん……」
答えてから全身の痛みに気付き、ちょっと不安になる。どこか、知らない内に噛まれてないか……自信ない。
起き上がると、心配そうにこちらを見つめるナツさんがいた。相当派手に転んだが大丈夫だろうか。
「怪我は?」
「擦りむいた。少し」
薄闇でもナツさんの右こめかみが黒ずんでいるのが分かる。
ああ、突然地面に投げ出されたから防御出来なかったんだな。女の子なのに顔を……言いようのない責任感を感じてしまう。
「頭は? 打ったりしてない?」
「大丈夫だ。怪我は大したことない」
代わりに神野君が答えた。ここで、もたついてる訳にはいかない。無形の圧力を感じ、俺達はその場をすぐに離れた。
ゾンビが出て来た小道から、今度はゆるやかな上り坂を登って行く。車輪の回転する音がやけに大きく聞こえる。
ジーーートン、ジーートン、ジーーー……トン……
住宅街は小道が入り組んでおり、外灯も少ない。脇道から今のように、突然ゾンビが飛び出して来る可能性がある。
坂を登り切った所で、自転車は捨て置くことにした。マンションまでは目と鼻の先だ。
しばらく歩くと住宅が途切れ、視界が開けた。道の両脇は広々とした畑に挟まれている。ここから急な下り坂を下れば、マンションの裏口に着く。全く、坂だらけの地形だが。
ここまで来れば……安心して肩の力が抜けていく。そういえば、二カ月前、ここで久実ちゃんと再会したんだった。
初めてゾンビを倒した俺は、坂の下に大群が控えていることに全く気付いてなかった。自警団に入っていた久実ちゃんが俺を助けてくれたのだ……本人が名前すら知らない十手で……
そうか、よくよく思い出してみれば久実ちゃんは命の恩人だな。ごめんなさい。ビッチとか思ってしまって。久実ちゃんへの怒りがだいぶ収まってきた所で坂の下を見る。
「え……神野君……これ?」
坂の下に広がる光景を目の当たりにして、俺は凍り付いた。車がスレスレで行き違うのがやっとな細い道である。坂の下には鉄柵に守られたマンションの通用口があった……あるはずだった。
今、通用口とその周りは墨で塗られたように真っ黒だ。闇の中で蠢いている何かは……
ゾンビである。
鉄柵を覆い隠すように、道の端から端まで数え切れないほどのゾンビがひしめき合っていた。銃でもあれば別だが、この状況で突破するのは不可能だ。
「正面玄関へ回ろう」
嫌な予感を感じつつ、さっきの国道へ出るため道を戻ろうとした。
「ちょっと待て!」
神野君が道路沿いの畑を指差す。
え? 畑を横切れってか……幾ら何でもそれは……まあ、非常時だしいいか。
小学生の頃、この畑を突っ切ってマンションの北側へ行きたい衝動に駆られたことが何度もある。というのも、我が家は北側の部屋だったからだ。
ごめんなさい。一応、心の中で謝りながら畑に踏み込む。……ジャガイモかな。収穫期なのにごめんなさい。ネギもある。俺はなるべく作物を踏まぬよう、畝の間を歩いた。その横を神野君がズカズカ平気で踏みつけて行く。
「ちょ、神野君、おい!」
「何?」
「何?じゃねぇよ。人様の畑の作物、踏み荒らすんじゃねえよ」
「……ジャガイモだから、上の部分踏んでも大丈夫っしょ」
む。そうなのか……でも、何か嫌なので止めさせた。小さい子も見ていることだし。
畑を過ぎて林の手前で曲がる。マンション側には広大な休耕地が広がっていた。その脇、道路側には田舎だった頃の名残だろう。小さな林がある。全て近所の農家の土地だが、傾斜がキツいため大部分は放置されていた。
子供の頃はよくここで遊んだ。久実ちゃんとも何度か。今ぐらいの時期は桑の実が沢山なるから、指先を紫にして夢中で食べたものだ。あの頃は町がゾンビだらけになるなど、想像もしてなかったな。
今、役立っている生き残る術は、不思議とこの頃に経験したことばかりである。フェンスを乗り越えたり、鬼ごっこで逃げたり、戦いごっこで戦ったり……
マンションを囲む金網フェンスまで時間はかからなかった。
裏から見てマンションの敷地は下がった位置にあり、フェンス下は切り立った擁壁だ。通用口からだと、階段を降りてマンションの敷地へ入る。フェンスは通用口の周りにコの字を描いて下がりながら、敷地を囲んでいた。ゆえにマンションの端、南北へ進むにつれて傾斜は緩やかになった。
擁壁の高さは一番傾斜のきつい所で三メートル。今居るのはマンションの北端なので、擁壁の高さは一メートル程度。子供でも何とか飛び降りれる高さだが……
問題はナツさんがどうやってこのフェンスを乗り越えるか、だ。ナツさんに聞くと、「ムリ」と首を振った。
短い話し合いの結果、俺が先に乗り越え、様子を確認してからナツさんを受け取ることになった。
──にしても、最近よくフェンス乗り越えるな。
普通の大人であれば、成人してからフェンスを乗り越えたりしないだろう。泥棒以外は。
さっき転んだせいで全身がズキズキする。いつもより体が重く感じられた。くそっ! ダイエットするか。
ついこの間も同じことを思ったような……。とにかくフェンスを乗り越え、マンション側へ降り立つ。瞬間、足裏にビリビリッと衝撃が走った。
うう……何でいつもこんな目に……神様、今度こそ体鍛えます。特にアキレス腱を──
幸い、そこまで大事には至らなかった。捻挫とか最悪骨折なんかしたら洒落にならないけどな? 周りにゾンビの気配もないようだ。フェンスの向こう側で神野君がナツさんを押し上げるので、俺が受けとる。
神野君に合図してから両手を上げた。自転車に乗せた時、以外と重かったから覚悟した方がいい。
米俵二つ分ぐらいか。両手にナツさんの重みを感じた時、神野君が叫んだ。
「ガシュピン、後ろ!」
バン!
振り向くのと同時に聞こえたのは銃声だ。俺の後ろ、ほんの一メートルほどの距離にゾンビが一匹くずおれる。更にその後ろに二匹……
それ以上、首を後ろには向けられなかった。ナツさんの重さに耐えきれず尻餅をついたからである。
バン! バン!
銃声はまだ続く。ナツさんから手を離し、ようやく後ろを見る。先ほどいた二匹が倒れていた。俺は視線を銃声の聞こえた方、マンションの外階段へと移した。
「青山君!」
ライフルを構えた青山君が四階の踊場に見えた。
「早く、こっちへ!」
青山君が怒鳴った時、角の向こう……マンションの正面側からゾンビが何匹も押し寄せて来た。
目の前が真っ暗になった時……グシャン!! 何か潰れる音が聞こえた。
「ガシュピン、大丈夫か!?」
神野君の声だ。網膜が再び光を感じ始める。目の前にはゾンビの潰れた顔があった。両腕はまだ掴まれたままだ。俺は夢中でそれを引き剥がした。
「噛まれてないか?」
「うん……」
答えてから全身の痛みに気付き、ちょっと不安になる。どこか、知らない内に噛まれてないか……自信ない。
起き上がると、心配そうにこちらを見つめるナツさんがいた。相当派手に転んだが大丈夫だろうか。
「怪我は?」
「擦りむいた。少し」
薄闇でもナツさんの右こめかみが黒ずんでいるのが分かる。
ああ、突然地面に投げ出されたから防御出来なかったんだな。女の子なのに顔を……言いようのない責任感を感じてしまう。
「頭は? 打ったりしてない?」
「大丈夫だ。怪我は大したことない」
代わりに神野君が答えた。ここで、もたついてる訳にはいかない。無形の圧力を感じ、俺達はその場をすぐに離れた。
ゾンビが出て来た小道から、今度はゆるやかな上り坂を登って行く。車輪の回転する音がやけに大きく聞こえる。
ジーーートン、ジーートン、ジーーー……トン……
住宅街は小道が入り組んでおり、外灯も少ない。脇道から今のように、突然ゾンビが飛び出して来る可能性がある。
坂を登り切った所で、自転車は捨て置くことにした。マンションまでは目と鼻の先だ。
しばらく歩くと住宅が途切れ、視界が開けた。道の両脇は広々とした畑に挟まれている。ここから急な下り坂を下れば、マンションの裏口に着く。全く、坂だらけの地形だが。
ここまで来れば……安心して肩の力が抜けていく。そういえば、二カ月前、ここで久実ちゃんと再会したんだった。
初めてゾンビを倒した俺は、坂の下に大群が控えていることに全く気付いてなかった。自警団に入っていた久実ちゃんが俺を助けてくれたのだ……本人が名前すら知らない十手で……
そうか、よくよく思い出してみれば久実ちゃんは命の恩人だな。ごめんなさい。ビッチとか思ってしまって。久実ちゃんへの怒りがだいぶ収まってきた所で坂の下を見る。
「え……神野君……これ?」
坂の下に広がる光景を目の当たりにして、俺は凍り付いた。車がスレスレで行き違うのがやっとな細い道である。坂の下には鉄柵に守られたマンションの通用口があった……あるはずだった。
今、通用口とその周りは墨で塗られたように真っ黒だ。闇の中で蠢いている何かは……
ゾンビである。
鉄柵を覆い隠すように、道の端から端まで数え切れないほどのゾンビがひしめき合っていた。銃でもあれば別だが、この状況で突破するのは不可能だ。
「正面玄関へ回ろう」
嫌な予感を感じつつ、さっきの国道へ出るため道を戻ろうとした。
「ちょっと待て!」
神野君が道路沿いの畑を指差す。
え? 畑を横切れってか……幾ら何でもそれは……まあ、非常時だしいいか。
小学生の頃、この畑を突っ切ってマンションの北側へ行きたい衝動に駆られたことが何度もある。というのも、我が家は北側の部屋だったからだ。
ごめんなさい。一応、心の中で謝りながら畑に踏み込む。……ジャガイモかな。収穫期なのにごめんなさい。ネギもある。俺はなるべく作物を踏まぬよう、畝の間を歩いた。その横を神野君がズカズカ平気で踏みつけて行く。
「ちょ、神野君、おい!」
「何?」
「何?じゃねぇよ。人様の畑の作物、踏み荒らすんじゃねえよ」
「……ジャガイモだから、上の部分踏んでも大丈夫っしょ」
む。そうなのか……でも、何か嫌なので止めさせた。小さい子も見ていることだし。
畑を過ぎて林の手前で曲がる。マンション側には広大な休耕地が広がっていた。その脇、道路側には田舎だった頃の名残だろう。小さな林がある。全て近所の農家の土地だが、傾斜がキツいため大部分は放置されていた。
子供の頃はよくここで遊んだ。久実ちゃんとも何度か。今ぐらいの時期は桑の実が沢山なるから、指先を紫にして夢中で食べたものだ。あの頃は町がゾンビだらけになるなど、想像もしてなかったな。
今、役立っている生き残る術は、不思議とこの頃に経験したことばかりである。フェンスを乗り越えたり、鬼ごっこで逃げたり、戦いごっこで戦ったり……
マンションを囲む金網フェンスまで時間はかからなかった。
裏から見てマンションの敷地は下がった位置にあり、フェンス下は切り立った擁壁だ。通用口からだと、階段を降りてマンションの敷地へ入る。フェンスは通用口の周りにコの字を描いて下がりながら、敷地を囲んでいた。ゆえにマンションの端、南北へ進むにつれて傾斜は緩やかになった。
擁壁の高さは一番傾斜のきつい所で三メートル。今居るのはマンションの北端なので、擁壁の高さは一メートル程度。子供でも何とか飛び降りれる高さだが……
問題はナツさんがどうやってこのフェンスを乗り越えるか、だ。ナツさんに聞くと、「ムリ」と首を振った。
短い話し合いの結果、俺が先に乗り越え、様子を確認してからナツさんを受け取ることになった。
──にしても、最近よくフェンス乗り越えるな。
普通の大人であれば、成人してからフェンスを乗り越えたりしないだろう。泥棒以外は。
さっき転んだせいで全身がズキズキする。いつもより体が重く感じられた。くそっ! ダイエットするか。
ついこの間も同じことを思ったような……。とにかくフェンスを乗り越え、マンション側へ降り立つ。瞬間、足裏にビリビリッと衝撃が走った。
うう……何でいつもこんな目に……神様、今度こそ体鍛えます。特にアキレス腱を──
幸い、そこまで大事には至らなかった。捻挫とか最悪骨折なんかしたら洒落にならないけどな? 周りにゾンビの気配もないようだ。フェンスの向こう側で神野君がナツさんを押し上げるので、俺が受けとる。
神野君に合図してから両手を上げた。自転車に乗せた時、以外と重かったから覚悟した方がいい。
米俵二つ分ぐらいか。両手にナツさんの重みを感じた時、神野君が叫んだ。
「ガシュピン、後ろ!」
バン!
振り向くのと同時に聞こえたのは銃声だ。俺の後ろ、ほんの一メートルほどの距離にゾンビが一匹くずおれる。更にその後ろに二匹……
それ以上、首を後ろには向けられなかった。ナツさんの重さに耐えきれず尻餅をついたからである。
バン! バン!
銃声はまだ続く。ナツさんから手を離し、ようやく後ろを見る。先ほどいた二匹が倒れていた。俺は視線を銃声の聞こえた方、マンションの外階段へと移した。
「青山君!」
ライフルを構えた青山君が四階の踊場に見えた。
「早く、こっちへ!」
青山君が怒鳴った時、角の向こう……マンションの正面側からゾンビが何匹も押し寄せて来た。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
#この『村』を探して下さい
案内人
ホラー
『この村を探して下さい』。これは、とある某匿名掲示板で見つけた書き込みです。全ては、ここから始まりました。
この物語は私の手によって脚色されています。読んでも発狂しません。
貴方は『■■■』の正体が見破れますか?
箱の中の澄花
シュレッダーにかけるはずだった
ホラー
閉ざされた箱の中の世界で、あなたの軌跡を証明するーーーー
澄花と初めて出会って以来、あの湖に蛍達は現れない。
瑞希は澄花に連れられ、毎年のようにあの湖に足を運んでいる。今年こそはいるんじゃないか。そんな淡い期待を抱き、二人は子供が入ることを禁止されている山の麓にある誰にも秘密の湖へ向かった。
「やっぱり今年もいないか。」
「うん、いないね。」
わかってはいたが、あの夜の幻想的な光景が目に焼き付いてしまい、毎度落胆してしまう。
大人しく引き返そうとした二人の前に、突如怪しげな仔猫が現れる。そこから二人は現実離れした不思議な`モノ‘に遭遇し、彼等の住む村の怪奇に巻き込まれてゆく。
怪奇屋茶房
かいほう
ホラー
一話完結です。空想も有り、本物も有り? もしかすれば実体験かも? もあるかもしれません(笑)
それは読んで頂いた方の想像にお任せいたします。もしかすると、読まれた後に何かが起こるかも・・・。
こちらでは何かが起こった場合の責任は一切受け付けてはおりませんのであしからず。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる