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七章 この世の終わり

六十七話 この世の終わり⑦

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 ──これまでか


 目の前が真っ暗になった時……グシャン!! 何か潰れる音が聞こえた。


「ガシュピン、大丈夫か!?」
 

 神野君の声だ。網膜が再び光を感じ始める。目の前にはゾンビの潰れた顔があった。両腕はまだ掴まれたままだ。俺は夢中でそれを引き剥がした。


「噛まれてないか?」

「うん……」


 答えてから全身の痛みに気付き、ちょっと不安になる。どこか、知らない内に噛まれてないか……自信ない。

 起き上がると、心配そうにこちらを見つめるナツさんがいた。相当派手に転んだが大丈夫だろうか。


「怪我は?」

「擦りむいた。少し」


 薄闇でもナツさんの右こめかみが黒ずんでいるのが分かる。
 
 ああ、突然地面に投げ出されたから防御出来なかったんだな。女の子なのに顔を……言いようのない責任感を感じてしまう。


「頭は? 打ったりしてない?」

「大丈夫だ。怪我は大したことない」
 

 代わりに神野君が答えた。ここで、もたついてる訳にはいかない。無形の圧力を感じ、俺達はその場をすぐに離れた。
 
 ゾンビが出て来た小道から、今度はゆるやかな上り坂を登って行く。車輪の回転する音がやけに大きく聞こえる。

 ジーーートン、ジーートン、ジーーー……トン……

 住宅街は小道が入り組んでおり、外灯も少ない。脇道から今のように、突然ゾンビが飛び出して来る可能性がある。
 
 坂を登り切った所で、自転車は捨て置くことにした。マンションまでは目と鼻の先だ。

 しばらく歩くと住宅が途切れ、視界が開けた。道の両脇は広々とした畑に挟まれている。ここから急な下り坂を下れば、マンションの裏口に着く。全く、坂だらけの地形だが。

 ここまで来れば……安心して肩の力が抜けていく。そういえば、二カ月前、ここで久実ちゃんと再会したんだった。
 
 初めてゾンビを倒した俺は、坂の下に大群が控えていることに全く気付いてなかった。自警団に入っていた久実ちゃんが俺を助けてくれたのだ……本人が名前すら知らない十手で……
 
 そうか、よくよく思い出してみれば久実ちゃんは命の恩人だな。ごめんなさい。ビッチとか思ってしまって。久実ちゃんへの怒りがだいぶ収まってきた所で坂の下を見る。


「え……神野君……これ?」


 坂の下に広がる光景を目の当たりにして、俺は凍り付いた。車がスレスレで行き違うのがやっとな細い道である。坂の下には鉄柵に守られたマンションの通用口があった……あるはずだった。

 今、通用口とその周りは墨で塗られたように真っ黒だ。闇の中で蠢いている何かは……
 
 ゾンビである。

 鉄柵を覆い隠すように、道の端から端まで数え切れないほどのゾンビがひしめき合っていた。銃でもあれば別だが、この状況で突破するのは不可能だ。


「正面玄関へ回ろう」


 嫌な予感を感じつつ、さっきの国道へ出るため道を戻ろうとした。


「ちょっと待て!」
 

 神野君が道路沿いの畑を指差す。
 
 え? 畑を横切れってか……幾ら何でもそれは……まあ、非常時だしいいか。

 小学生の頃、この畑を突っ切ってマンションの北側へ行きたい衝動に駆られたことが何度もある。というのも、我が家は北側の部屋だったからだ。

 ごめんなさい。一応、心の中で謝りながら畑に踏み込む。……ジャガイモかな。収穫期なのにごめんなさい。ネギもある。俺はなるべく作物を踏まぬよう、畝の間を歩いた。その横を神野君がズカズカ平気で踏みつけて行く。


「ちょ、神野君、おい!」

「何?」

「何?じゃねぇよ。人様の畑の作物、踏み荒らすんじゃねえよ」

「……ジャガイモだから、上の部分踏んでも大丈夫っしょ」


 む。そうなのか……でも、何か嫌なので止めさせた。小さい子も見ていることだし。

 畑を過ぎて林の手前で曲がる。マンション側には広大な休耕地が広がっていた。その脇、道路側には田舎だった頃の名残だろう。小さな林がある。全て近所の農家の土地だが、傾斜がキツいため大部分は放置されていた。
 
 子供の頃はよくここで遊んだ。久実ちゃんとも何度か。今ぐらいの時期は桑の実が沢山なるから、指先を紫にして夢中で食べたものだ。あの頃は町がゾンビだらけになるなど、想像もしてなかったな。

 今、役立っている生き残る術は、不思議とこの頃に経験したことばかりである。フェンスを乗り越えたり、鬼ごっこで逃げたり、戦いごっこで戦ったり……
 
 マンションを囲む金網フェンスまで時間はかからなかった。
 
 裏から見てマンションの敷地は下がった位置にあり、フェンス下は切り立った擁壁ようへきだ。通用口からだと、階段を降りてマンションの敷地へ入る。フェンスは通用口の周りにコの字を描いて下がりながら、敷地を囲んでいた。ゆえにマンションの端、南北へ進むにつれて傾斜は緩やかになった。
 
 擁壁の高さは一番傾斜のきつい所で三メートル。今居るのはマンションの北端なので、擁壁の高さは一メートル程度。子供でも何とか飛び降りれる高さだが……
 
 問題はナツさんがどうやってこのフェンスを乗り越えるか、だ。ナツさんに聞くと、「ムリ」と首を振った。
 
 短い話し合いの結果、俺が先に乗り越え、様子を確認してからナツさんを受け取ることになった。
 
 ──にしても、最近よくフェンス乗り越えるな。

 普通の大人であれば、成人してからフェンスを乗り越えたりしないだろう。泥棒以外は。 

 さっき転んだせいで全身がズキズキする。いつもより体が重く感じられた。くそっ! ダイエットするか。

 ついこの間も同じことを思ったような……。とにかくフェンスを乗り越え、マンション側へ降り立つ。瞬間、足裏にビリビリッと衝撃が走った。

 うう……何でいつもこんな目に……神様、今度こそ体鍛えます。特にアキレス腱を──

 幸い、そこまで大事には至らなかった。捻挫とか最悪骨折なんかしたら洒落にならないけどな? 周りにゾンビの気配もないようだ。フェンスの向こう側で神野君がナツさんを押し上げるので、俺が受けとる。
 
 神野君に合図してから両手を上げた。自転車に乗せた時、以外と重かったから覚悟した方がいい。

 米俵二つ分ぐらいか。両手にナツさんの重みを感じた時、神野君が叫んだ。


「ガシュピン、後ろ!」


 バン!
 
 振り向くのと同時に聞こえたのは銃声だ。俺の後ろ、ほんの一メートルほどの距離にゾンビが一匹くずおれる。更にその後ろに二匹……

 それ以上、首を後ろには向けられなかった。ナツさんの重さに耐えきれず尻餅をついたからである。

 バン! バン!

 銃声はまだ続く。ナツさんから手を離し、ようやく後ろを見る。先ほどいた二匹が倒れていた。俺は視線を銃声の聞こえた方、マンションの外階段へと移した。


「青山君!」

 ライフルを構えた青山君が四階の踊場に見えた。


「早く、こっちへ!」


 青山君が怒鳴った時、角の向こう……マンションの正面側からゾンビが何匹も押し寄せて来た。
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