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七章 この世の終わり
六十六話 この世の終わり⑥
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ママチャリの後ろにナツさんを乗せたのは俺だった。さっき神野君がおんぶしたから、流れ的にそうなる。これが意外と重い……いや、幼いとはいえ女性に対して失礼かもしれないが……重い。
以前、後ろに久実ちゃんを乗せたことがある。その時より重く感じるのはなぜだろう。体が疲労しているのか、ママチャリの構造によって感じる重さが違うのか、理由は分からなかった。
ゾンビは点々といるだけで、まだ群れになっていない。自転車で充分走り抜けられると踏んだ。
昭和とか昔はこんな感じだったのかなぁ。飲食店は早々に店仕舞いし、駅前は暗い。明るいのに慣れているから駅前まで暗いと、異世界に入り込んでしまったような感覚に陥る。不安も勿論あるけど、未知の世界に対する期待感?? なんか妙なワクワク感があるな。
そんな中、高架線下にあるガラス張りの居酒屋が明るいのに気付いた。
──ああ、あそこ営業してたのか
安いし近いので、地元の友達と何度か飲みに行った事がある。暗い道に漏れ出る光は眩しいくらいだった。明るい光を前にホッとすると、嫌な考えが頭をよぎった。
「ガシュピン!」
前を走っていた神野君が強ばった顔をこちらへ向ける。店の前にゾンビが三匹いる。神野君が道の反対側へ移動したので、俺もそれに倣った。
通り過ぎる時、ガラス壁に張りついた血まみれの遺体が目の端に移った。背中のリュックを掴んでいたナツさんがしがみついてくる。
「目を閉じろ!」
思わず叫んでいた。
ガラス越しに見える居酒屋の内部は惨憺たるものだった。何匹ものゾンビが店内をうろつき、床には割れた皿が散乱。あちらこちらに残された血痕……苦悶の表情で倒れている人に集ったゾンビが、内臓を食い荒らしている。
ここが阿鼻叫喚の地獄と化したことは一目瞭然だった。
俺は自転車のペダルを踏み込んだ。店前にいたゾンビが自転車に反応して追いかけて来る。それを何とか振り切り、大通りに出た。
つい二時間前に通った時、大通りはかなり混雑していた。まだ警報は出ていなかったが、報道を見て避難しようとする車でごった返していたのだ。
今もその状況は変わらない。大通りには車が何台も連なっていた。だが、何か妙だった。
車が動いてない。
多くの車はライトが付いていなかった。エンジンも切られている。ドアが開けっ放しになっている車もある。
不安を募らせつつ、俺達は自転車を走らせ続けた。しかし、ペダルを数度踏み込んだあと、あちらこちらからゾンビの呻き声が聞こえてきた。
ああ、ここはもう違う世界だ──
片側二車線の中央線側に一台、エンジンをかけたままハイビームで停まっている車が見えた。車を囲むゾンビ達の姿がライトに照らされ、浮かび上がっている。シュールだ……
俺達はなるべく車道から離れて走行していた。歩道が整備された国道だ。下り坂の見通しいい道路なので結構先まで見渡せる。歩道の先に点在するゾンビの姿も。
同じ進行方向へゾンビは歩いていた。つまり俺の自宅マンションと同じ方角。しかも進むにつれて、ゾンビの数が増えていく。車道は動かない車にみっちり占領され、通れない。歩道までゾンビに侵食されては……
「これ以上は先に進めない」
前を走っていた神野君が自転車を止めた。
「裏道から行こう」
左折して今度は俺が先導する。細い道を通り抜け、住宅街へ入った。曲がりくねった裏通りを通って行く。外灯は少なく、家々の灯りも点いてないので暗い。自転車のライトも消している。
そうか、今更だけどゾンビは光にも集まるんだった。だから、みんな家の灯りを消しているんだ。さっきの居酒屋のように明るい場所は要注意だ。俺はコンビニでバイト中に襲われたことを思い出した。暗闇の中、煌々と光り輝くコンビニは格好の標的だったに違いない。そんなことを考えながら、たぶん油断していた……
突然、黒い何かが目の前を横切った。
「うわっ!」
声を上げた時は既に遅し。見事に転倒。
「いってぇ……」
身体の右半分を地面に叩きつけられる。無意識に肘で庇おうとしたのだろうか。擦り剥いた。凄く痛い……
「ナツさん!」
しかし、後ろに乗っていたナツさんを気遣う余裕はなかった。飛び出して来たゾンビが襲いかかってきたのである。
両腕をがっちり掴まれ、覆い被さってくる。顔の中央にぽっかり空いた大きな口は、俺の存在ごと飲み込んでしまいそうな暗黒。
「グゥオゥアアアアアアアア……」
動きはスローモーションになり、効果音が歪む。これまでか──
以前、後ろに久実ちゃんを乗せたことがある。その時より重く感じるのはなぜだろう。体が疲労しているのか、ママチャリの構造によって感じる重さが違うのか、理由は分からなかった。
ゾンビは点々といるだけで、まだ群れになっていない。自転車で充分走り抜けられると踏んだ。
昭和とか昔はこんな感じだったのかなぁ。飲食店は早々に店仕舞いし、駅前は暗い。明るいのに慣れているから駅前まで暗いと、異世界に入り込んでしまったような感覚に陥る。不安も勿論あるけど、未知の世界に対する期待感?? なんか妙なワクワク感があるな。
そんな中、高架線下にあるガラス張りの居酒屋が明るいのに気付いた。
──ああ、あそこ営業してたのか
安いし近いので、地元の友達と何度か飲みに行った事がある。暗い道に漏れ出る光は眩しいくらいだった。明るい光を前にホッとすると、嫌な考えが頭をよぎった。
「ガシュピン!」
前を走っていた神野君が強ばった顔をこちらへ向ける。店の前にゾンビが三匹いる。神野君が道の反対側へ移動したので、俺もそれに倣った。
通り過ぎる時、ガラス壁に張りついた血まみれの遺体が目の端に移った。背中のリュックを掴んでいたナツさんがしがみついてくる。
「目を閉じろ!」
思わず叫んでいた。
ガラス越しに見える居酒屋の内部は惨憺たるものだった。何匹ものゾンビが店内をうろつき、床には割れた皿が散乱。あちらこちらに残された血痕……苦悶の表情で倒れている人に集ったゾンビが、内臓を食い荒らしている。
ここが阿鼻叫喚の地獄と化したことは一目瞭然だった。
俺は自転車のペダルを踏み込んだ。店前にいたゾンビが自転車に反応して追いかけて来る。それを何とか振り切り、大通りに出た。
つい二時間前に通った時、大通りはかなり混雑していた。まだ警報は出ていなかったが、報道を見て避難しようとする車でごった返していたのだ。
今もその状況は変わらない。大通りには車が何台も連なっていた。だが、何か妙だった。
車が動いてない。
多くの車はライトが付いていなかった。エンジンも切られている。ドアが開けっ放しになっている車もある。
不安を募らせつつ、俺達は自転車を走らせ続けた。しかし、ペダルを数度踏み込んだあと、あちらこちらからゾンビの呻き声が聞こえてきた。
ああ、ここはもう違う世界だ──
片側二車線の中央線側に一台、エンジンをかけたままハイビームで停まっている車が見えた。車を囲むゾンビ達の姿がライトに照らされ、浮かび上がっている。シュールだ……
俺達はなるべく車道から離れて走行していた。歩道が整備された国道だ。下り坂の見通しいい道路なので結構先まで見渡せる。歩道の先に点在するゾンビの姿も。
同じ進行方向へゾンビは歩いていた。つまり俺の自宅マンションと同じ方角。しかも進むにつれて、ゾンビの数が増えていく。車道は動かない車にみっちり占領され、通れない。歩道までゾンビに侵食されては……
「これ以上は先に進めない」
前を走っていた神野君が自転車を止めた。
「裏道から行こう」
左折して今度は俺が先導する。細い道を通り抜け、住宅街へ入った。曲がりくねった裏通りを通って行く。外灯は少なく、家々の灯りも点いてないので暗い。自転車のライトも消している。
そうか、今更だけどゾンビは光にも集まるんだった。だから、みんな家の灯りを消しているんだ。さっきの居酒屋のように明るい場所は要注意だ。俺はコンビニでバイト中に襲われたことを思い出した。暗闇の中、煌々と光り輝くコンビニは格好の標的だったに違いない。そんなことを考えながら、たぶん油断していた……
突然、黒い何かが目の前を横切った。
「うわっ!」
声を上げた時は既に遅し。見事に転倒。
「いってぇ……」
身体の右半分を地面に叩きつけられる。無意識に肘で庇おうとしたのだろうか。擦り剥いた。凄く痛い……
「ナツさん!」
しかし、後ろに乗っていたナツさんを気遣う余裕はなかった。飛び出して来たゾンビが襲いかかってきたのである。
両腕をがっちり掴まれ、覆い被さってくる。顔の中央にぽっかり空いた大きな口は、俺の存在ごと飲み込んでしまいそうな暗黒。
「グゥオゥアアアアアアアア……」
動きはスローモーションになり、効果音が歪む。これまでか──
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